霏々

音楽や小説など

霧氷

霧氷

 

 大学生の頃の記憶と言うとほとんど暗闇と安い酒の匂いばかりだ。朝が来ることを呪い、カーテンを隙間なくぴっちりと閉め、二日酔いを患いながら、騒々しい車の往来にイヤホンで耳を塞いだ。

 もともと国道近くにアパートを借りたのが間違いだったのだ。

 四六時中わけもわからぬ有象無象がアパートの目の前の道を行ったり来たりしていた。人間は常に行き場所を求め、ガソリンを燃やし、世界のエントロピーを着実に増大させていた。エントロピーが増大する方向が時間の進む向きだと気づいてからは、あるいはやむを得ぬとそういう事たちをある程度許せるようになったかもしれない。もし、許すという行為が諦めと手を繋いでいるのだとすれば。

 安い酒の話をしよう。

 人生には二つの時間しか存在しない。酔っ払って正気を失っているか、二日酔いに苦しんでいるかだ。批判を恐れずに言うのであれば、神の子たちが我らが人類の苦しみを背負っているように、僕もまた二日酔いを背負っていた。ある小説の中で、宗教の唯一の目的は神と同じ意識や視点を手に入れることだ、とあった。若き日の僕もまたその言葉に感化され、安い酒を煽っては、神と同じ苦しみにさらされているのだと自己陶酔に浸った。

 だから二日酔いは僕の唯一の友であり、苦しみを手土産に彼はやって来て、そして手品のようにぱっと自己陶酔に変化する。しかし、手品というのは何度も見ているうちに否が応でも種や仕掛けが見えてくるものだし、仕組みがわかってしまうと残るのは訓練と演技だけだ。目の前に翳される左手。視線を誘導し、その間に右手が種を仕掛ける。汝の右手のなすことを左手をして知らしむる勿れ。そんなの嘘だ。右手と左手はまさに言葉の通りに手を取り合い、そして言葉で思考を特定のレールの上に乗せ、あとは背中をそっと押すだけ。それらの所作がいかに自然に見えるかが手品の肝だ。

 そういうわけで、何よりもまず大事なのは、二日酔いを覆うようにしてまた酔っ払うことだった。

 とにかく安かろうが不味かろうが酒を煽れば、無数の手が目の前に現れて、そこにあるコインを隠してくれる。無数の手の間をコインは渡り歩き、ぱっとそれは姿を消す。最初は不安と不可思議とか綯い交ぜになった感情が僕を捉える。しかし、何度もそんな手品を見せられていると、次第にその消滅と不在は期待へと変わっていく。消えたコインは次にどこから姿を現すのだろう。僕がそんな期待に胸を膨らませていると、一つの手が目の前に現れ、指をぱちんと鳴らす。次の瞬間、思いもよらぬところからコインが現れる。いや、あるいは期待通りのところからそれが姿を現す。

 安い酒が具体的に何を示すのか、念のため紹介しておこう。ウイスキーならブラックニッカやトリス。ワインなら、プラスチックのボトルに入った名もないものだ(その中でもできるだけえぐみの強い赤ワインを僕は探し続けた)。ほか、コンビニで売っているようなアルコール度数9%の缶チューハイ(この味が苦手なので、よっぽど死にたいときでないと僕はこれを買わない。買ってそれを飲んだところで死ねはしないのだが)。

 いかにも金のない大学生が飲みそうな酒だ。就職して手に残るものが増えてからは、もっと良い酒も飲むようになったが、遠くから過去と現在を比較してみると、いったいどちらが良いのかときに僕はよくわからなくなる。おおよその場合において、時間に押し流されたものは美しく見える。例外があるとすれば、自らの手で脱却したものがそれだろう。僕の場合であれば、それは虚栄心であり、僕がかなぐり捨てた虚栄心に対して、安い酒のような懐かしさを僕は抱かない。

 安い酒にまつわる僕の懐かしい思い出話はいくらかあるけれど、その中の一つを今日は思い出してみる。窓の外では雪がちらつき、暖房機がごうごうという音を立てている。部屋には僕一人きり。音楽はD.A.Nの「Bend」を流す。

 きっかけなんてものはどこにも転がってはいなかった。あの日、確か僕は昼過ぎから酒を飲み出したように思う。そういうことはかなりの頻度であったから、要するに何の変哲もない日だったということだ。砂粒のような見分けのつかない日々。意味もなく指先で摘まみ上げ、今度は指先をこすり合わせて、ぱらぱらと皮脂に吸着する砂粒を払い落とす。

 しかし、その日は僕には珍しく、すぐに酔いが回って眠気がやってきた。まるで頭が意識というものに愛想を尽かして、それを放り出したような感じだ。デフロスターに殺される車のフロントガラスの曇りのようだった。それくらいすんなりと僕は眠りに誘われる。そして、目を覚ますと夕焼けの緋色に部屋が燃えていた。壁では哀しい僕の影が黒く身を固めている。平和な映画を観終わった後のような掴みどころのない静けさが僕の心の隅に座っている。眠る前に意識を放り出してしまっていたことが幸いした。完全に日が暮れ、親しい夜がやって来るまで、トイレに行ったり、シャワーを浴びたりして、自分が途方に暮れていることにも気づかないまま時間を押し流す。そう言えば、どうしてあのときはカーテンが開いていたのだろう。酒を飲んでいるうちに、雲を見たくなったのかもしれない。

 その日の夜もまた僕には親密であり、ノイジーな音楽は若い僕の耳と心を捉え、気分は悪くない。強いて言うなら、ボトルの中にはほんの2センチほどしかウイスキーが残っていなかった。無くなる前にスーパーまで買いに行かなければとは思うけれど、まだ8時だ。がやがやとした店内を想像しただけで、羽虫が飛び交うような苛立ちを全身の骨の隙間に感じる。久しぶりに得られた親密な気分を損ないたくない。言っておくが、対象なんていなくても人は親密な気持ちになれる。あるいは、僕は親密という言葉の使い方を間違っているのだろうか。

 それはそれとして、僕は辛抱強く10時を待った。10時以降のスーパーなら許すことができる。唇の右端にほくろのあるあの子は、今日はシフトが入っているだろうか。あの子に会えると思えば、僕の重い腰も少しは軽くなった。名前なんて覚えられもしないけれど、それでも僕にだってまだ人に好意を寄せるくらいの力は残っていた。少なくともその名も知らぬ子のために、顔を洗ってから家を出るくらいの気持ちにはなることができた。

 部屋の中で語らう夜と、外界の夜はまるで別人のようだ。毛布とテーブルクロスくらい違う。しかし、そういったことは一旦考えないようにした。僕が求めているのは、一本のブラックニッカのボトルと一本のコカ・コーラ、それからミックスナッツ。それだけだ。一応、総菜コーナーに一通り目を通し、食欲をそそられるものに限って半額になっていないことに現実社会の厳しさを思い知らされてから、僕はレジに向かう。今日はあの子はいない。

 部屋に戻り、再び遠浅の酩酊に足を踏み入れる。音楽のおかげでいくらか気分は良い。けれど、昼間にぐっすりと眠ったせいでなかなか寝付けないでいるとフラストレーションが溜まって来る。何かがうまく噛み合わない。昼間はあんなにもぴったりと気分と身体が合致していたのに。何がダメなんだろう。酒の種類か。たしかに、もう自作のコークハイにも飽きてしまった。

 この気持ちはビールなのかもしれない。そうだ、スーパーではあの子にも会えなかった。僕はビールを飲むべきだ。あの無垢な金色の液体を身体に流し込もう。

 僕は財布をスウェットのポケットに突っ込み、ひとしきり腹を掻く。そう言えば、このスウェットはいつから洗っていなかったかな。少し匂う気もするが、まぁいいだろう。この世界には僕一人きりなのだから、何を気にかけることがあるだろうか。腹も掻き終わったので、部屋を後にする。

 さっき行ったばかりのスーパーには行く気にはならなかったので、とりあえずスーパーとは反対方向のコンビニを目指した。夜の住宅街に浮かぶ光の船、コンビニエンスストア。くだらない比喩が口から零れ落ちる。冷蔵ケースの中には色とりどりの缶ビールが並んでいる。どれも蠱惑的だ。味なんて正直なところどうでもよかった。文字通りの目移りを繰り返し、ようやく僕は緑色をした缶ビールを選んだ。レジで支払いを済ませ、店を出るとすぐに缶ビールのプルトップを押し割り、喉を潤す。草原を渡る風を喉に感じる。またくだらない比喩だ。背中からはコンビニの無機質な光を浴び、駐車場の隅に立つ街灯の光を眺めて、二口目のビールを飲む。少しずつ気分が落ち着いて来るのを感じる。缶の三分の一ほどを飲んでからようやく僕は歩き出す。

 が、歩き出してみるとまだ部屋に帰るという気持ちにはなっていないことに気がつく。どうせ部屋に戻っても誰も待っていやしないんだ。つけっぱなしにしてきたテレビが一人でお喋りを続けるだけだ。どうせ中身のない話だ。部屋を出る時には、若手の演技派俳優がフェティシズムについて語っていたが、女性のほくろが好きだと話していて、僕はなんだか恥ずかしくなった。改めてあの子の名前をきちんと覚えようと思う。胸に名札がついていることはわかっているんだ。

 しばらく適当に歩いていると、別のコンビニが見えて来た。ちょうどビールも飲み終わりそうだ。今日はまぁ素敵な一日だった。少なくとも昼間は。そんな日くらいは好きなだけ酒を飲んだってバチも当たらないだろう。僕はまたコンビニに入り、今度は青色の缶ビールを買った。そして、しばらくビールと夜に思いを馳せる。そして、そこには何もないことを再確認する。ただ、何もないなら何もないなりに、自分の心が空間に投影されていくような感じがある。僕の心は何かを求めているけれど、それが何かは一向にわからない。もう少し歳を重ねればそんな状態も受け入れられるようになるのだろうけれど、僕の若さはそれが受け入れられずに鬱屈とした想いに捕らわれる。

 だから、というわけでもないのだろうけれど、僕はさらに自分の部屋から遠ざかるように足を運ぶ。夜道ではあったがどちらに進めばよいかはちゃんと心得ている。より孤独に胸がくすぐられる方向へ歩いていけば良い。誰もいない僕の部屋。テレビも電気も点けっぱなし。それでもそこから離れているという実感は僕を寂しく心細い気持ちにさせた。

 ビールという松明を夜に掲げる。半分以上欠けた月が口角を持ち上げるように笑う。やけに芝居がかった気分だ。悪くない。

 昔。13歳くらいのことだったか。好きでもない女の子から、「わたし、背が高い人が好きなんだよね」と言われたことがある。テレビドラマか何かの話をしていたときに、ふとその女の子がそう言ったのだと思う。その時の僕は前から4,5番目くらいには背が低かった。だから、いくらその子のことを何とも想っていないとはいえ、僕はそれなりに傷ついた。思えば、その頃の僕は自意識過剰でナルシシズムの強い人間であった。なんだかんだ言って、僕の周りにいる女の子はみな僕のことを好きなのだと割と本気で考えていた。

 さすがにもうそんな幻想を抱くことはできないくらいに、僕は世間にけちょんけちょんにされてきたけれど、それでも根本的なところは変わっていないんじゃなかろうか。そうでなければ、こんな風に缶ビール片手に月を仰いで夜の住宅街を跋扈したりはしないだろう。要するに僕は僕で、なんてしょうもないことをしているんだ、という自虐に酔い痴れているだけなんだ。そして、そんな風に自らを客観視していることにすら、またやり場のない悲しみを覚え、それを楽しんですらいる。ほんとうにどうしようもない。

 自虐と客観視は合わせ鏡のようで、どこまで行っても終わりが見えない。鏡面で折り返す度に、先に進んでいるような気がするけれど、実際は同じ空間を行ったり来たりしているだけだ。それだのに、何故か缶ビールの中身だけは順調に減り続けた。

 次のコンビニを見つける。

 いつの間にか夜の散歩は、スタンプラリーの様相を呈してきていた。コンビニを渡り歩き、そこで缶ビールを買う。光沢のある色とりどりのカラーリング。街灯の光を照り返し、気泡を燻らせる。害のない間の抜けたミュージック。店員が噛み殺す欠伸。にっこり笑いながら客を待つATM。夜道を黄色に染める自動車のヘッドライト。寝静まる一軒家で、二階の通りに面した一室だけに明りが灯っている。受験生が夜更かしでもしているのかもしれない。小川にかかる橋を渡る。水の流れは止めどない。川底の水草が身をのけぞらせて、僕と一緒に月を見上げている。上空では見事に灰色に塗られた雲が気ままな速さで東へと流れていく。時折風が吹きつけて、どこかから土と樹の匂いを運んでくる。空になってしまったビール缶を握り潰して、手首だけで振ってみると、かすかな水音がした。砂漠。缶を逆さまにして、天を仰ぎ、舌先で雫を受け止める。

 星座をなぞるように、コンビニという点を繋いだ。無理やりこじつけでもすれば、このスタンプラリーにも星座のような意味を持たせることもできるかもしれない。ハヌマーンの「アパルトの中の恋人達」という曲にそんなような歌詞があった。僕が考えるよりもずっとロマンチックだけれど。僕が言葉にすると、どれも不格好でどこかもっさりとしているな。吟遊詩人に憧れる。何となしに息を吸い込んでみるけれど、言葉もメロディも何も頭には思い浮かんで来やしない。形になり損ねた吸い込んだ空気はただの溜息となって夜に溶けていった。自分の無垢な希望に対して罪悪感を感じながら、潰れたビール缶をもう一度逆さまにしてみるけれど、もう何も落ちてはこない。

 次のコンビニを求めてしばらく歩いていると、大きな交差点に出くわした。青色の看板に白字で地名が書き込まれている。

 その中のひとつの地名に僕は心をそそられた。

 僕の唯一の羅針盤は、部屋から遠ざかることだったけれど、ここでようやく僕は目的地を得た。乾いた口の中で何度かその地名を復唱し、景色を思い浮かべる、地理には疎い僕だけれど、それが海沿いの町であることは何となく知っている。海、か。いいじゃないか。目的地にはおあつらえ向きだ。しかし、ここからいったいどれくらいかかるのだろう。海で日の出を見られたら……もちろん、海で日の出を見られたとしても、僕が抱えている虚しさも苛立ちも何も解決しやしないだろう。酒を飲んだところで何も解決しないのと同じだ。けれど、まぁ、ものは試しというものだ。どうせ、明日だって大学には行かないんだ。僕の明日には意味や価値、ましてや義務なんてものもありはしない。生き方は自由自在に怠惰。これは空きっ腹に酒の「トラッシュ」という曲の歌詞だ。素敵じゃないか。

 そうと決まれば、あとは実行に移すだけだ。あれこれ考えるのも疲れたし、感傷的になるのにも嫌気がさしてきた。楽しくいこうではないか。コンビニでビールを買いつつ、日の出までに海を目指す。あてもなく自分の部屋の中で酒を飲み、朝を恐れ呪うよりも随分とマシだ。朝という地獄に対して前向きな気持ちが芽生えただけでもめっけもんだ。めっけもん、という言葉の意味を僕は知らないが。

 結論から話そう。

 ビールの酔いと疲労から、僕の頭はエドヴァルド・ムンク「太陽」のような朝陽を拝めるのではないかという期待でいっぱいになっていた。が、そもそも僕が辿り着いたのは、岩も緑もない、工場が立ち並ぶのっぺりとした灰色のコンクリートで覆い尽くされた味気ない港だった。フェンスで工場と工場の敷地が区切られていて、まず海さえ見えない。それでも諦めずに歩き回っていると、細い道が海の方へと伸びているのが見えた。空はかなり明るみを獲得しだしている。僕は走り出して、ようやくその細い道の先にある小さな広場へと出た。視界のほとんどは工場だったけれど、とりあえず足元には波が打ち寄せていたし、工場と工場の切れ間に、辛うじて遮るもののない遥かなる海洋も望めた。

 僕は広場に設けられた小さな木製のベンチに腰掛け、朝陽を待った。生憎の曇天。スモッグと厚い雲の向こうから、辛うじて太陽の気配が滲み出てくるのを感じることができた。

 期待外れでないと言ったら嘘になるけれど、僕は満足してベンチから立ち上がった。振り返って広場を見渡してみると、色味のないどこまでも乾いた土と、磁力で毛羽立った砂鉄のような雑草が点在していた。まるで階段の上から自分を見下ろしているようで、悲しい気持ちになった。

 近くに駅があったので、電車で帰ることにした。明らかに寝間着姿で、見るからにやつれていて酔っ払っている僕は乗客の気分を酷く害したことだろう。けれど、彼らの方が僕よりもよっぽどマシだ。僕はそんな風なことを考えるともなく考えながら、途切れ途切れの睡眠に夢のかけらを手渡し手渡し、JRと私鉄を乗り継いで、何とか自分の部屋まで帰った。

 テレビに映る忙しないニュース。銅像のように微動だにしない蛍光灯の光。カーテンの隙間から零れるいつもの呪わしい朝陽。

 リモコンでテレビを消す。壁際のスイッチで蛍光灯を殺す。カーテンを隙間なくぴっちりと閉め、ベッドに倒れこむと頭から布団を被った。呻き声と叫び声をシンクが溢れないくらいに吐き出し、二度ばかりベッドのマットレスを叩く。アパートの近くを通る国道では、無数の汚物がパレードを催しているので、もう絶対に国道沿いのアパートには住むものか、と何千回目かの誓いを打ち立てると、イヤホンで耳を塞いで、眠りを待った。

 疲労と酔いで支離滅裂になった意識は、比較的はやい速度で僕を眠りに連れて行ってくれた。

 

 それから数日後、僕はある床屋の主人と知り合った。

 

                            *

 

 主人というが、僕が彼と出会ったとき、彼の奥さんと子供は彼と別居していた。そこを訪れて何回目かのことだが、彼は「妻と子供は妻の実家の方に帰ってしまっているんです」とだけ言って、曖昧な笑みを浮かべた。僕が何と言って良いかわからず黙っているうちに、彼は僕の髪を霧吹きで濡らし始めたので、僕は沈黙を貫いた。鏡越しに彼の表情を盗み見たが、彼はその曖昧な笑みを崩し忘れたまま、慣れた手つきで仕事に取り掛かっていた。正面から強い風が吹いているみたいにも見えた。

 

 その日、僕は珍しく朝から大学に顔を出し、比較的真面目にノートを取った。何回か講義をすっ飛ばしているせいでたいして内容などわかりもしなかったが、しかし、それでもノートはしっかり取った。久しぶりに文字を書いたせいで、子供のような字になってしまう。それが嫌で一生懸命たくさん字を書き、講義が終わる頃にはおおよそ満足のいくまで綺麗な文字に戻すことができた。知識としての収穫は少なかったが、僕は得も言えぬ達成感とともに食堂で昼飯を食べ、午後の講義はやはり面倒なので部屋に帰ることにした。

 帰宅の途中、何人かの学生とすれ違い、そのうちのまた何人かは満足気な僕の顔を見て、「もう終わりか。羨ましいな。まぁ、朝から来るよりは自分の方が幾分マシというものだが」といった表情を浮かべていた。きちんと朝起きて大学に行く。なんだか時間を有効活用しているみたいで僕はまた嬉しくなった。

 帰りがてらスーパーに寄って、缶ビールとシュークリームを買うことにする。頭なんて使ってなどいないはずだったけれど、甘いものが食べたかった。そして、もちろん酒も飲みたい。今日の僕は良くやったと思う。

 昼飯を食堂で食べたのは失敗だった。

 食堂はいつものように込み合っていて、自分たちがまともだと考え、様々な個人的尺度で以って自らの学生生活を自己肯定しているような輩に囲まれていると頭が痛くなった。当然、イヤホンをして世界を遠ざける。お一人様用にカウンター席を設けてくれているのは、大学側の優しさだと思う。ましてや、そのカウンター席は大きなガラス窓に面していて、屈折率約1.45の向こう側には手入れを諦められた緑が茂っている。これも大学側の優しさだと思う。

 久しぶりに出席した講義の中で、教授が一枚の写真を僕らに見せた。

「人間の目は光を媒介に世界を見ている。だから、実際には人間の目は光を見ているに過ぎないが、人間の脳はその光を実在の物質として認識するようにできている。そんなことは改めて考えるまでもなく、無意識下の常識であるわけだが、私はこの写真を見てその無意識下の常識を覆された」

 そういう前置きが為された。

「これは光そのものを捉えた写真だ。光は光路、すなわち光の道を左から右に移動しているわけだが、この写真はその瞬間を収めている。光を光として収め、光として人間の脳に認識させる。光はこの世界でもっとも速度のはやい存在だが、まずその一瞬をカメラで捉えている仕組みが興味深いだろう。発光とシャッターの同期だ。だが、それ以上に面白いのはやはり、光はただの媒介者ではないという事実が映し出されていることだ。光もまた被写体であり、すなわちある物語の主人公なのだ。光がどのような状況でどのように振舞うのか、私はそれに興味を持ち、学び、そして気がついたら大学で教授職についていたよ。つまり、この写真が私の人生を決定づけたわけだな」

 何人かの学生が机に肘をつきながら、教授と光の邂逅に思いを馳せた。

 僕も自分の人生を決定づけるような写真に出会えたら、と思う。しかし、そんな写真に出会えたところで、僕にはそれがそのような宿命的な写真であることを理解できるだろうか。見ようによってはただの老いぼれとも言えるが、しかし、少なくとも光との出会いについて語る教授には、その出会いを宿命であると理解するだけの頭はあった。僕を含め、この講義に出席している学生にはそのような頭など無いように僕には思える。そう思うと、急に目の前のただの老いぼれが、高貴な老いぼれに見えてくる。

 ガラスの屈折率は約1.45。空気の中を進むより、1.45倍しんどい。教授は言う。

 講義が終わり、食堂に行って、喧騒と出会う。なんだかんだ言って教授は高貴だ。講堂の静寂が懐かしい。ここの屈折率は約30と言ったところだろうか。ガラス越しに緑を眺めて、心が安らぐのは、比較をしてガラスの屈折率の方が低いからかもしれないな。そんなことを考えている僕の頭はやはり絶望的にどうしようもない。

 どうせスーパーに寄るのであれば、食堂などで昼飯を食わなければよかった。スーパーの飯の方が美味いということはまずないけれど、それでもスーパーで弁当を買って行けば、静かな自分の部屋でそれを食える。ビールだってもっと美味く飲めるだろう。今のところ、僕に与えられたつまみはシュークリームだけだ。

 部屋に戻り、とりあえずシュークリームとビールを平らげる。

 ネズミとネズミ捕りくらい酷い組合せだったけれど、それでもまぁ酔っ払って多少気分は良くなった。気がつけば、午後三時の心地よい疲労感が陽光からも感じられる時分だ。少し早めの散歩に出かけるのもありかもしれない。

 相も変わらず、僕の趣味は散歩だったし、家にいてもマスターベーションするくらいしか暇を潰す手段もない。いくつもの命を殺し、身体に蓄えたエネルギーを意味も目的もない散歩なんかで消費するのもかなりの罪ではあると思うけれど、排泄した自分の遺伝子をティッシュに包んで廃棄するというのもまたそれなりに心苦しい行為ではある。いい加減死んでしまえば良いと思う。けれども、いくらノックしてみても死のドアが開く感じもしない。それを蹴破るほど僕は切羽詰まってもいないし、また不作法でもない。諦めて僕はそこを離れて暇つぶしの散歩でもすることにする。また幾らか時間が経ってから来ればよいではないか。別に急ぎの用事と言うのでもないのだから。そういうわけで、もはや何が何の比喩であり、暗喩であり、というのもよくわからなくなるが、僕は散歩に出かけることにする。ほら、気怠い夕暮前の光たちが僕を手招いてくれている。

 およそ一時間半の散歩を経て、僕は一つの結論に辿り着く。生物学的な視点を用いることで、ほとんどあらゆる問の答を見出すことが可能ということだ。ある小説の中で「人間はなぜ死ぬのか」という問が為されていた。僕の記憶では「死というシステム、それから交配というシステムを掛け合わせることで、生命はとてもスピーディに外的環境に適応した固体へと己が種を更新し続けることができる」というようなことが書かれていたように思う。いや、自分の意見もかなり混じってしまっているか。しかし、それと同じように「種の存続のため」という言い訳はとても様々な場面で活用することができる。

「人はなぜ怒るのか」

「種の存続のため」

「人はなぜ悲しむのか」

「種の存続のため」

「人はなぜ他人を貶めるのか」

「種の存続のため」

 ほらね。

 なんて、ふざけているのもたいして面白くはないので、一つだけ真面目に質問に答えよう。それじゃあ「人はなぜ他人を差別するのか」という問に答えてみよう。この問に答えるためには、まず人間という種を単一のものとして考えてはいけない。「種」という言葉の定義をより柔軟に見直していくことから始める。「種」とはすなわち自分の「遺伝子」であり、つまり生命の主題は「自らの遺伝子を存続させていく」というところにある。「遺伝子」という言葉は、まさに生物学的な使い方もできるだろうが、それ以外にもある意味では文化的な使い方もできるかもしれない。つまり、「彼には歌舞伎の遺伝子が受け継がれている」というような使い方だ。まぁ、これは単純な比喩なのだけれど。

 しかし、あらゆる比喩を含んだ形での「遺伝子」という言葉を想定すると、単に「人種差別」だけに留まらず、もっと身近な「イジメ」などにも今回の命題を応用することができるので、そのように思って考えた方がより効率的だ。

 では、おおよそ言葉の定義をし終えたので、いよいよ言い訳を始めていこうと思う。最初に定義を行い、その後に命題の証明へと取り掛かっていく、というのはまさに理系的だと思うけれど、これが僕が義務教育と半義務教育の牢獄で得た思考と表記の作法なのだから仕方がない。トイレに行く前に看守に断りを入れるのがいつまで経っても抜けないのと一緒だ。

「人はなぜ他人を差別するのか」。その問いの答は「差別することが自分の遺伝子を存続させるうえで効果的だから」だ。人間の天敵は人間とよく言うように、人間は人間同士での縄張り争いも絶えない。また、他の人間から搾取することが、まったくの自然から何かを得るよりも遥かに楽であり、リスクも少ない。今しがた「リスク」と言ったが、人間同士での搾取を防ぐために「法」がある。人間からの搾取という行為は、「法」を破るということに繋がり、「罰」の対象となるため、そこには「リスク」が存在するだろう。しかし、「搾取」を合法化するためにローカルな範囲で人間は自らに都合の良い「法」を生み出す。差別やイジメというのはまず自らの周囲に、自らに都合の良い「法整備」を行うことから始まる。その「法整備」の論拠となるのが「差別」だ。人間はより自分に近い遺伝子を残そうとするため、自分と違うもの、それは人種ならわかりやすいが、そうでなくても「あいつはなんかちょっと変わってるよな」ということであってもまた、相手が自分たちの遺伝子とは遠い位置にいるという認識を得ることができる。このようにして、特定の人物、あるいは人物たちとの「遺伝子的な距離」を測り、少数派を貶めるための「法整備」を行う。そして、「法整備」が済んでしまえば、あとはもう「差別」が、すなわち「搾取」が加速していくだけだ。それがより上部の広範・公正なシステムに見つかるまで、そのローカルな「法」は機能を止めることはない。狩り尽くすのが先か、自らのローカルな「法」が不正義であるとより上部に露見し罰せられるのが先か。

 今回の命題の答は一つ前のパラグラフにおいて、だいぶ最初の段階で明示されていたと思うけれど、改めてここに記しておく。つまり、「差別」をすることで「搾取」を正当化、スムーズ化することが特定の「遺伝子」にとっては得なのだ。だから、人間は差別をする。

 こんな風に、生物学という視点で考えていけば、おおよその人間的な問題の答は得ることができる。しかし、僕が求めるものの答は、生物学では得られないという予感がある。「なぜ生物は種を存続させようとするのか」という若干生物学的とも言えなくない問であったり、「そもそもなぜこの宇宙が存在しなければならないのか」という問のような、より形而上学的な問が僕の頭上を埋め尽くしていて、晴れることがない。

 僕は今回の散歩を通じて、ほとんどの問いの答は生物学的な視点から得ることができるだろうが、僕が本当に知りたいことの答はそれでは得られないだろう、という結論を得た。しかし、証明可能な命題の範囲についておおよその見当が付けられ、整理できたのは非常に実利があった。証明可能と思われるものに時間を割いていられるほど僕も暇ではない。

 暇を潰すために散歩を始めたくせに。と、僕は呆れて笑ってしまう。

 散歩を始めて一時間とちょっと。それなりの満足感も得られ、また僕の中に無駄に蓄えられたエネルギーも無駄に消費することができた。「瞼2ミリ下降」程度の疲労感もある。十分だ。幸い、自らの巣穴もわりと近い。帰りがけにスーパーに寄って、酒と夕飯を買って帰れば効率的だ。効率的な浪費。「僕は社会を映す鏡だ」なんて皮肉を言って、悦に入る。

 そんな漠然とした高揚感を肩から提げながら住宅街を歩いていると、空き地の隣に小さな床屋があった。前までその空き地には何かがあったような気がしたのだけれど、それが何だったか思い出すことができない。僕は何の気なしに立ち止って、その空き地を睨みながら考える。ものの数秒のことだ。住宅街の閑静な道路に立ち尽くしているなんて、他人に見られたら異常者と思われるだろう。だから、あくまで僕は「家の鍵を閉めてきたか、ふと気になった」風の立ち尽くし方をした。こんな風に他人の目を気にする習慣が未だに抜けない。その割に身なりは酷いものだったけれど。

 そして、そのものの数秒の後に、ふと床屋の中に視線を向けるとそこの主人と目が合った。いつもなら僕はすぐに目を逸らすのだけれど、その時は頭も身体も疲れていたので、反射的な対応ができなかった。床屋の主人はにっこりと笑い、「今なら待ち時間なしで切って差し上げますよ」と言うように、手のひらを自らの目の前のいかにも床屋的な椅子に向けて見せた。床屋のガラス窓にはぼんやりと僕の影が映っていて、その髪の毛は十七世紀の大音楽家に憧れを抱く浮浪者のように見えた。床屋の主人が思わず手招きしたくなるのも無理はない。昼間絶えず感じていた自らの容姿に対する不清潔さ(僕はキャンパスを闊歩する彼らのことを塵ほども尊敬してはいなかったが、こと容姿や服装ということに関しては、残念なことに一片の憧れを抱いていたりもするのだ)。夕刻にガラスで反射する曖昧に模られた僕の像。曲がり角の向こうから聞こえてくる小学生のはしゃぐ声。そういったものが僕の背中を後押ししてくれた。何よりも、床屋の主人はいかにも僕好みの穏やかそうな人だった。

 コンビニやスーパーの店員以外と話すのはいったい何日ぶりか、という僕はいつもの子供じみた人見知り気味の緊張した表情を浮かべ、主人に招かれるまま椅子に座る。焦げ茶色の革製のもので、床屋が客に座らせ髪を切るための専用の椅子だ。僕はこれとまったく同じ椅子をいくつか違う場所で見たことがある。きっとこの椅子だけを作っている大きな工場がどこかにあって、そこでは何百という椅子がレーンに並べられているのだろう。一つひとつの工程はオートメーション化されている。朝も昼もなく、人も、つまり意思も介在せず、ただただ椅子はベルトコンベアで運ばれながら組み立てられていく。機械油と生々しい革の匂い。歯車の音。休む間もなく……僕は「眉にかかる程度で」と答える。

 床屋の店内にはうっすらとラジオのFM放送が流れていた。害のない会話、通販のコーナー、害のない会話、流行りの音楽、害のない会話。僕の髪は霧吹きで濡らされ、櫛でもつれを解かれ、使い込まれた鋏で切られる。銀色の鋏はいかにも丁寧に手入れされてきたようで、細かな傷も見られたがその身体は蛍光灯の光で輝いていた。実際に手に取らなくても、主人の手の中で軽やかに身を翻す様から、その使い勝手の良さや丁度良い手に馴染む重さがわかる。ざく、ざくという小気味の良い音。徐々に掌の熱を蓄え、鋏はさらに滑らかな動きを獲得していく。主人の掌と鋏の間の温度差が小さくなれば小さくなるほど、行動と意思の同期が深まり、単一の生命のような振る舞いを見せる。良い音楽バンドがそうであるように。主人は僕の髪のどの部位を切るかによって立ち位置や腰の屈め具合を微妙に調整する。まるで牛や豚の肉のように髪のそれぞれの部位には名称が割り当てられていて、それに適した型のようなものがあるみたいだ。そうやって主人が僕の髪を切る様子からは、宛も何らかの儀式において作法を重んじる風情すら感じられた。とにかく僕は繰り返される害のない会話を通奏低音に、鏡越しでそんな主人の一人舞台を馬鹿みたいに眺め続けた。僕の髪はもはや彼の芸術性のために消費される絵具のようなものであった。僕はそのことをもっと喜ばしく感じなければならないだろう。

「N大学の学生さんですか?」

 局所的な集中を一度和らげるかのように、主人は口を開いた。心なしか彼の手の動きはやや緩慢になったように見えるが、それでも動きを完全に止めてしまうことはなかった。

「そうです」

「何を専攻しているんですか?」

「研究室の配属もまだなので、広く電気系としか」

「なるほど。私が一番苦手そうな分野だ」

 主人は簡単に感想を言って、それからまた少しの間黙って散髪の方に集中する。会話を切り上げるというのではなく、単に集中を要する箇所に差し掛かったから、という中断の仕方だ。熟練の喫煙者が会話の休符をうまくタバコで埋め合わせるのと似ている。

「私は社会学を専攻していました。特段真剣にやっていたというのでもないですが、今思えばなかなか面白味のある分野でしたね」主人はそんなことを言う。床屋の主人の中には、よく喋る人がたまにいると思うが、この人もそうなのだろうか。僕はそう思って鏡越しに主人を見やるが、顔つきには独善的なところはなく、またあまり気乗りしているようにも見えない。なぜだかはわからないが、僕という人間に対してのみ、こういった身の上話をしようという雰囲気があった。あるいは、そういった親密さの演出を得意とする人間であるだけか。

「群生するクローバーをご覧になったことはありますか?」

 群生するクローバー。あまりピンと来ない。おそらく僕が「光時計」について彼に尋ねたとすれば、いまの僕と同じような気持ちを味わってもらえるだろう。そんなことを考えながら僕は「いえ」とだけ答える。「見たことはあるかもしれませんけど、特に意識したことはないですね」

「まぁ、そんなものでしょう。私の妻にも昔同じような質問をしましたけど、そんなことを言われましたね」

「とは言え、僕は田舎の出だから、クローバーなんてそこら中にありましたよ」

四葉のクローバーを探したことは?」

 僕は頷く。そう言えば、僕が見つけたあのいくつもの四葉のクローバーたちを僕はどこにやってしまったのだろう。あんなに大切にしていた、いくつもの不思議な形をした石たちは? 友人との喧嘩の種になったキラキラとしたカードたちは? 昔はあんなにも色々なものが僕の手元にはあったのに、いつの間にかそれらを全て失くしてしまった。

「思い出せるかわかりませんが、四葉のクローバーを探しているときに、群生した島をいくつも渡り歩きませんでしたか? こっちの島で探して見つからなくて、そしてまた次の島へと移っていく、という具合に。で、そのように群生するクローバーたちを見ていると、生物というものがどのようにしてその集団を発展させていくのか……いや、生物というよりも『人間という一生物』とでも言えば良いですかね。要するに、クローバーの群生を私たち人間の集団に置き換えて考えてみるというのが、私がゼミの課外学習時にやったことなんです」

 そういう話は僕は嫌いじゃなかったし、つい先ほどまで僕は散歩しながら、生物学の汎用性について考えていたから、なかなかに興味を惹かれた。しかし、そこまで話すと主人はまた僕の髪を切るのに集中し始めたので、僕は再び口を閉じて彼の手先に見惚れるよりほかなかった。

 僕はクローバーたちで作られたふかふかの緑の島々を思い浮かべる。ゆっくり息を吐いて、そして深く吸い込む。懐かしくかぐわしい香り。しかし、あまり強く息を吸い込むと、青臭い命の匂いが鼻と喉の奥を突き刺す。それらもまた僕から失われたもののひとつであるかもしれない。

 そう言えば、生物学と社会学について僕はついこのあいだほかの人間から語られるのを聞いた。僕がほとんど唯一大学で口を利ける先輩からだった。彼は「思想も一つの種であり、遺伝子と言えないだろうか」と言っていた。「もし、ある人が自らの生物学的な子孫を残せないと知ったとき、それでもその人間は生きていく目的を見失わずに済むだろうか。もしそうなったとしたらきっと、男が女の器に精液を吐き出すように、社会に対して自らの思想を吐き出すんじゃないだろうか。自らの思想が引き継がれていく様はおそらく、自らの子孫が健康に育ち、新たな生命を生み出していくのと同じような感動をもたらすんじゃないだろうか。現にキリスト教徒はイエスを父と仰いでいる。したがって、自らを彼の憐れな子供たちと称するのもかなり納得のいくことではある」。彼は大学の図書館の高分子化合物の書籍が並んでいる辺りの、誰も寄り付かない隅の席に座り、僕にそう言って聞かせた。僕は例によって、うんうん、と頷きながら、話半分に彼の言葉を聞いていたが、先ほどの散歩に際して僕が考えていたことは多分に彼の影響を受けていたことに今更ながら思い至る。

「すみませんね。少しばかり床屋の仕事に集中していました」

「いえ」

「こういったことはあまり言うべきではないんでしょうが、お客様によって髪質も違えば、頭の形も違います。それだけでなく、顔立ちや背格好。似合う服が違うように似合う髪型も違うんです。そういうのをきちんと見極めながら髪を切らせていただくんですが、私も最初からいきなり完成形がしっかりと見えているわけではなくて、切りながら少しずつ最終形をイメージしていく必要があるんです」

「つまり、よく彫刻師が『木の中からそれをただ彫り出しただけ』みたいなようにはいかないということですか?」

「どうでしょう。もしかしたら、その彫刻師もまた私のように最終形が見えているわけではないかもしれません。ただ、私のように木を彫っていくうちに、自ずとどう彫るべきかがわかってくるということなのかも」

 僕はとりあえず頭の中で主人の言ったことに近い言葉を探してみた。

「喋り出してみて、そこでようやく何を喋りたかったのかわかってくる」

「それに近いでしょうね」

ライ麦畑の中で……とある小説の中で主人公がそういうことを言っていた気がします」

ホールデン・コールフィールド

「ええ」

「私も好きです。ライ麦畑。たしか、スピーチかなんかの授業で、クラスメイトが『脱線!』と怒鳴るのに彼は怒っていたんでしたっけ?」

「ええ」僕は以外にも主人が自分と似た趣味を持っていたことに少し感動していたが、僕の言葉のせいでそれこそ話が脱線していることに思い至ったので、簡単な謝罪を入れて主人にさっきの話の続きを促した。

「いや、たいしたことではないんです。ただ単に先ほどはそれの『自ずと』を見失ってしまいそうになったが故に、ちょっとばかり手元に集中させていただいたというだけのことです。でも、もう大丈夫です。クローバーの話の続きをさせていただいてもよろしいですか?」

 僕は頷き、居住まいを正す。偉い大学の教授の講義ですら、半分眠りながら受講しているというのに、どうしてこんな無意味なところで、無意味な礼節を尽くすのだろう。猫背の冴えない風体の学生が少し背を伸ばしてみたところで、他人に与える不快感には大差ないように思えたが、動機もわからぬ思いつきに素直になってみることにした。

四葉のクローバーを探しているときに、こんなアドバイスを聞いたことはありませんか? 『ひとつ四葉のクローバーを見つけたら、それをすぐに摘んでしまうんではなく、根っこを辿ってみると良い。運が良ければ同じ根株からいくつか四葉を見つけられるかもしれない』みたいなことです。まぁ、それは正しい一つのテクニックなんですが、こういう事からもわかる通り、ほかの植物と同じようにクローバーは一本々々が独立しているのではなく、ある程度の単位としてまとまっています。そして、根株一つそれ自体が広く繁茂するのはもちろん、複数の根株が集まって島のようなものが形成されます。最初の小さな島の段階では、島の中心のものほど背が高くちょうどお椀を伏せたような形で群生するんです。しかし、その島が成長して大きくなっていくと、次第に中央部は枯れていき、島はドーナツ型になります。さらに島の成長が進むと、最も外側のクローバーの背丈が最も高くなります。この一連の流れは世の中の色々な現象と符合しているように私には思えました。クローバーの繁殖方法について植物学的に考察することも、何か社会学的な文言を並べて説明することはできませんでしたが、この現象を私はとても身近なものとして感じたのです。もともとそのゼミの課外学習自体、教授の気分転換が実際の目的でしたから、そこまで真剣にあれこれと学術的に取り組む必要もなかったんです。課外学習のテーマというか目標も、自然に目を向け、人間社会という有機的システムへの感受性を高めるだか、なんだかそういった漠然としたものでしたし。課外学習の最終日は簡単に発表もありましたが、ゼミのメンバーが個々人で集めた雑学を写真やら何やらを用いてプレゼンするようなお気楽な代物でした。ですが、私の短い研究生活の中では、このときが一番研究というものの楽しさを肌で感じられたように思います」

 主人は昔を懐かしむように、ほんの少し頬を綻ばせながら言った。

 僕は主人の話を聞きながら、どうして初対面の僕に対してこんな話をしているのだろう、という疑問を断続的に繰り返していたが、それ以上に気になることがあった。それは、なぜ大学教育を受けた人間がこんなところで床屋をやっているのだろうか、ということだ。もちろん人それぞれ事情というものはある。僕が大学一年目によく授業中隣に座っていた若居という男は、大学二年に上がるタイミングで自主退学して地元に引き上げた。実家の菓子屋を継ぐという話だったと記憶しているが、ろくに家庭料理すら作らないような男だった。後日、連絡を寄越してきたときには、地元のウェブデザイン会社に勤めたと報告してきた。僕は一足先に社会人になった彼にエールを送り、それ以来はろくに連絡も取りあっていない。

 したがって、この鋏を手にしている主人がどういった経緯で、僕の無法地帯と化した髪を切る羽目になっているのか全く以って想像はつかなかったけれど、あえてそこを訪ねようとは思わなかった。若居のように単に考えなしなだけでも反応に困るし、カーテンを閉め切った部屋でうじうじと引き籠っているような人間には手に負えないドラマのような重い話が転がり落ちて来ても受け止めきれはしない。

 僕の砂粒を数えるような消耗的な思考など知る由もなく、主人はクローバーの話を続ける。

「先ほど、ドーナツ型という言葉を使ったように思いますが、そこからまず最初に思い浮かんだのは中学生の時に習った『ドーナツ化現象』という言葉でした。中学生の頃は堅苦しいお勉強の時間にドーナツなんて言葉が出て来るだけで楽しめたものでしたが、ああいう無邪気さっていうのは、いったいどこで忘れてしまうんですかね。と、また話が脱線しそうですね。ほかにも、思い出したこととしては、これも昔に見たアニメかなんかの中のものでしたが、『血が衰える』という言葉でした。山の中で何百年と暮らして来た部族の中では近親者同士の交配によって血が濃くなり過ぎて、もはやほとんど男が生まれなくなっていました。村唯一の若い男が呪いを受け、それを晴らすためその山村を離れるところからその物語は始まるのですが、そのときにその村の年寄りが『血も衰えてしまった』と言ったのです。実際にクローバーが同じような理由で中央部から枯れていくのかはわかりませんが、群生するクローバーが一定のラインを超えると外側に勢いよく伸びていく様を見ていると、人間も同様に外に向けて広がっていくことを求める生き物なのではないかと思わされました。ドーナツ化現象についても、別の要因によるものでしょうが、発展が一定のラインを超えると外側に活路を見出すようになるという意味では同じ現象とも捉えられると思いました。閉塞的な社会の中で堕落していく人間の例は多いように思いますし、得てして外を目指す者の方が生き々きとして見えます。そういった傾向は人間もクローバーも変わらない。それが私の着想の要旨でした」

 外を目指す者の方が生き々きとして見える。なかなか僕にとっては耳の痛い話だ。

 とは言え、「生き々きとして見られたいか」と考えると、僕はそういう人間ではない。むしろ、内側に引き籠って、さっさと腐っていってしまいたい。血も衰え、中心から枯れていく。俺は空洞、でかい空洞。とあのミュージシャンも歌っている。そんな空洞が良い。バカな子どもがふざけて駆け抜ける……そんな素敵な空洞でなくとも良い。

 しかし、この床屋の主人が頭頂部から禿げた中年男の髪を切るときには、これもまたクローバーの群生であると思うのだろうか。僕にはそんなことに興味を惹かれた。

「さて、すっかり話が長くなってしまいましたね」そう言って、主人は鋏を置いて一息つく。銀色の台の上に置かれた鋏も緩慢な動作で以って身体を伸ばしているように見えた。

 主人は僕の正面の洗面台で手を洗い、シャワーヘッドを伸ばしてお湯の温度を確かめる。頃合いを見て、僕を洗面台の方へ促すので、僕は湯の中へ頭を差し出した。昔に通っていた床屋では、仰向けに椅子に寝たままの洗髪だったので、こうしてうつ伏せに頭を洗われると、さらに昔に父親に頭を洗われていた時分の感覚がふと思い出された。

 それから主人は突然舌を失ってしまったかのように寡黙になり、髪を乾かし、髭を剃り、最後の点検を終えると、仕上がりに問題ないか僕に同意を求めてきた。問題なんてあるはずもない。もともとが問題だらけだったのだ。世の中の様々な問題もこうして、鋏でちょん切ってしまえれば良いのにな、みたいな平和な考えを頭蓋骨に映し出せるくらいに僕は清々しい気分だった。

 最後に主人は頭や肩をマッサージしてくれた。他人に触れられるなんて経験をずっとしてこなかったから、僕はくすぐったさや緊張、気まずさで顔を歪ませずにはいられなかった。そんな僕の表情の変化を鏡越しに目敏く見つけた主人は何も言わず、マッサージの力を弱め、徐々に僕の感覚を慣らしてくれた。こういうことができると女性からもモテるだろうな、と全く以って僕には役に立たない知識のようなものを得つつ、最初に感じていた気持ちの悪さが次第に心地よさに変容していくのを楽しんだ。

 床屋の主人に金を渡し、店を出る。すっかり陽も沈み、辺りは夜の前奏の静かな旋律に満たされているように見えた。風通しの良くなった頭で僕は今夜飲むべき酒について考える。

 

                         *

 

 僕の消し炭みたいな大学生活において、今でも不思議なことがいくつかあるが、その中の一つにアユナと過ごした時間がある。アユナは僕が大学三年の時分にアルバイトで働いていたコンビニエンスストアの先輩だった。先輩と言ってもそれはあくまでそのコンビニで働いていた日数が僅かに僕よりも多いというだけであって、年齢で言えば僕の一つ下だった。彼女は看護の専門学校に通い、その晩冬、彼女は国家試験を既に終えて看護師として働き始める準備をしていた。

 就職してから四月の初任給が入るまでの当面の生活費を稼ぐため、と彼女はあるとき僕に教えてくれた。教えてくれたと言っても、客が来ない間のほんの暇つぶしのための雑談だった。僕は自分がN大学に在籍していることを告げ、そして、数か月後には二回目の大学三年生が始まることも話した。バイトなんかしていないで勉強したら、と彼女は後にも先にも唯一この時だけまともなことを言ったが、それは忠告というよりも漫才でいうところのツッコミに近いものだった。意外にも僕の話に彼女が喜んでくれていたようなので僕としても嬉しかったのを今でも覚えている。

 彼女はほんの数か月でそのコンビニのアルバイトを辞め――そう言えば、彼女はそのアルバイトの面接で自分の身分を誤魔化していたらしい。さすがに、たった1,2ヶ月で辞める人間を雇ってはもらえないだろうという考えがあったようだ。そういうところは本当に頭がよく回る。そして、彼女のモラルを欠いた人間性を映し出す効果的なエピソードの一つとも言える――看護師として働き始めた。彼女を失ったコンビニは僕にはどこか色彩を減ぜられたように思えた。別段、容姿が華やかというのでもなし、性格が明るいというのでもなし。そんな彼女がいなくなって、気分が沈んだのはきっと僕くらいのものだろう。僕としても彼女に恋心を抱くというようなことはなかったけれど、単純に最も経験日数が近く、あれやこれやと業務における感動や不満を話す相手がいなくなったということが痛かった。一日に廃棄される食料品の量に感動し、あまりにも話が通じない客に感動し、そしてこんな生産性のない労働が依然としてこの高度に発達した社会において現存しているという事実に不満を零した。無産階級。プロレタリアート。そんなカッコつけた言葉を僕は使ってみたが、案の定というべきかアユナはピンと来ていなかった。

 僕はゴールデンウィークが大好きで、そして大嫌いだった。

 ガラスなんて洒落たものでなく、むしろ障子に近い僕のヤワな心は、ゴールデンウィークのせいで必ずと言って良いほど五月病に蝕まれることになった。五月病通俗的な気の病なんかでなく、原因と症状の伴う歴とした病気であると僕は考えている。そんな時期に病院で働き始めたアユナから連絡があり、僕はアユナと初めて酒を飲み、そして見事に酔いつぶれた。酔いつぶれたまま彼女の部屋に厄介になる。残念ながら飲み過ぎたせいで僕はあらゆる意味で不能になっていたが、彼女の柔らかい胸の中で全く以って何の意味もない涙を沢山流した。訳もなく泣き喚く僕にアユナは随分と満足したようで、翌日酷い二日酔いに苦しみ、終始不機嫌な僕にも彼女は優しくしてくれた。脳ミソの腐った医者や患者に比べればずっとマシよ、と彼女は笑って言ってくれた。

 こういう言い方は非常に失礼にあたると思うが、僕はアユナに対して僅かばかりでも胸をときめかせたことはなかった。単純に容姿が好みではなかったし、性格も格別好みというのでもなかった。ただ、彼女はどこまでも人間性、社会性、能動性……その他諸々を欠いた僕を受け入れ、必要としてくれた。私は依存できる相手がいればそれでいいのよ。そんな素敵な言葉で僕を勇気づけてくれたりもした。

 いわゆる恋心みたいなものが無かったとはいえ、僕は彼女のそういった奇矯なパーソナリティに惹かれてはいた。

 僕は自分で自分を変わり者と呼びたいようで、決して人前では自分を変わり者であるとは認めないような、そんな強い自意識やプライドを持った人間だったため、明らかに僕よりも頭のネジがおかしくなっている彼女といると少しだけ落ち着くことができた。無論、彼女は彼女なりに普通であろうとしたし、奇矯は奇矯であるけれど、そうは言ってもその奇矯さもある意味では凡庸に見えることがあった。彼女は、人間関係が面倒だからかつての同級生や知人とも誰とも連絡も取っていない、と僕に言って聞かせてくれた。なるほど、僕もそういうところがあるし、だからこそ互いに惹かれたのだろうな、と僕は思った。それから彼女は、だから私にはその時その時で依存できる相手がいればいいのよ、と再度例の決め台詞を僕に放つ。これじゃあ、世の中から受け入れてもらえないだろうな。すなわち彼女は間違いなくマイノリティ側の人間だ。僕は彼女のことをそう受け止めたが、しかし、マイノリティがイコールで奇矯という訳ではない。例えばアルコール依存症の人間はマイノリティであることに間違いないが、別段特異な存在という訳ではない。アルコール依存症の症状であったり、そのシステムみたいなものはある程度世間的にも認知されているものだし、不可思議で興味深いものでもない。同じように、僕はまだ実際に出会ったことがないが、きっとゲイと出会ってもあまり動揺せずに相手と話をすることができるだろう。ゲイは確かに珍しいが、上辺だけにしろゲイに対して一般的な知識を僕は有している。それと同じように、アユナみたいな人間と対峙しても、僕はある範囲内で彼女の行動原理の説明をつけることができた。だから、先に僕はアユナの奇矯なパーソナリティに惹かれたとしたけれど、奇矯というよりはマイノリティなパーソナリティに惹かれたというのが本当かもしれない。

 僕もまた留年というマイノリティのレッテルを持っていたし、一応は世に憚られる存在であった。だから、同じように世に憚られるであろうアユナに対して、ある種の居心地の良さを感じたのも至極当然のことと言えた。それ風に言うのであれば、同じ匂いを嗅ぎ分けたということだ。同じ穴の狢。僕はずっと「ムジナ」を何らかの節足動物のようなものと考えていたが、よくよく調べてみるとアナグマのことらしい。僕たちがアナグマほど愛らしい存在であるかはわかりかねるが、少なくとも同じ穴に放り込まれた人間であることは確かだった。

 僕たちは最初の夜のように大抵アユナの住んでいる部屋で時間を過ごした。アユナの家に厄介になるときは何故か雨が降っていることが多かった。酒を買うときと散歩するとき以外に家からほとんど出ない僕にとっては、天気予報などはほとんど気にすべくものではない。しかし、僕たちが何となく「会おう」という気になるのは、不思議と既に雨が降っているときか、そうでなくても僕が電車を乗り継いでいるときに雨が降り出すような日だった。

 彼女が生活をするアパートは、「榊」という名の一軒家と、コインランドリーとの間にある小さな道を行った先に肩を竦めるようにして建っていた。車が入っていけないようなところだ。雑草が点々と茂る砂利の上に自転車が数台置いてあった。雨ざらしなのでどれも酷く錆びていた。

 そんな都会の物悲しい片隅みたいなところに建てられたアパートだったが、その雨降りしきる五月、美しい紫陽花が咲いていたのが今でも鮮明に思い出される。

 昨晩たまたま夕方、陽のあるうちから酒を飲み始め、目が覚めたときにはほんのりと空が白みだすような時刻だった。静かな町に雨が降っている。二日酔いになっていないのが救いか罰か判じかねながら、冷ややかなコンクリートの上で寝ていたみたいな身体をゆっくりとほぐす。しばらくSpangle Call Lillie Lineのアルバムに耳を澄ませ、手持ち無沙汰から酒に手を伸ばしそうになった辺りで、アユナから連絡が来た。僕はおとぎ話の街灯みたいなオレンジを投げかける冷蔵庫の扉をぱたりと閉めて、身支度を整えてから部屋を出た。

 私鉄とJRを乗り継ぎ、彼女のアパートの最寄り駅まで。

 駅の入口。しわのついたシャツに色褪せたチノパンを着込み、尻のポケットには焦げ茶色の財布がねじ込まれている男。彼は目頭の目やにをこそげ落し、ビニール傘をぱっと開いて、溜息を吐き出す。そんな彼を周囲のサラリーマンは目にも留めない。彼はやおら歩き出すわけだが、何と言っても胸が痛むのは、そのみすぼらしい男の正体が僕自身だということに他ならない。「生きててよかった。そんな夜を探している」と、濁声のロックンローラーが耳元で唄っている。確かにな、と僕は思う。「死んだ方が良い朝」だったら退屈なほどに、いくらでも目の前に転がっている。

 記憶を頼りに通りから通りへと歩いていると、目印らしきコインランドリーが目に入った。灰色の景色の中でその大きな窓から漏れる真っ白な光はまるでテーマパークか何かのように見えた。けもの道みたいな小径を挟んだ一軒家の標識には「榊」とある。はて、そんな名だったか。が、通りの奥を覗くとちらりと鮮やかな紫陽花の花が見える。導かれるように歩を進めると、雨に濡れて惨めなアパートがある。見覚えがあった。アユナの部屋は2階の1番奥の角部屋だった。雨垂れと軋む階段。ビニール傘の透明なファインダー越しに陰鬱な空を見上げる。

 標識が無いので少しためらったが僕は思い切ってチャイムを鳴らしてみる。部屋の中で誰かが立ち上がり、こちらに歩いて来る音がする。あぁ、チャイムを鳴らすんじゃなくて、電話をかけるという手もあったな、と後悔を抱きながら覗き穴越しの視線を感じる。僕はできるだけ爽やかで当り障りのない表情を作ろうと試みた。

「おはよう」と白いトレーナーに黒のスウェットズボンを履いたアユナが笑っている。彼女の髪から漂ってくる花の香と、トレーナーの下で膨らんだ胸元。どこに触れても柔らかそうな身体。よくあるハリウッド映画みたいに彼女を強く抱きしめ、押し倒したいような衝動が瞬間的に沸騰する。が、僕は気持ちを宥め、傘についた雨を払うと、手招かれるがまま薄暗い彼女の部屋へと足を踏み入れた。

 あまり仔細に情事の描写をする気分にもならないので、経過だけ連ねるが、とにかく「コーヒーの匂いがするな」と思ったのも束の間、彼女は僕の首に腕を回し、舌を絡ませてきた。そしてそのままベッドの上に倒れ込み、下着もつけていない彼女の服を脱がせ、自らも服を脱ぎ、身体を寄せ合った。

 気がつけば僕は天井を見上げ、汗ばんだ額を左手の甲で拭う。電気も点いておらず、少し離れた本棚の上に置かれた時計の針が辛うじて読めるくらいの薄暗さだった。そしてこのときになってようやく、部屋の窓にカーテンが引かれていないことに気がつく。僕は少しドキリとして、とろけかけていた瞼を開いたが、窓の外に見えるのは向かいの家のクリーム色の壁。そして、おそらくは便所の小窓と古ぼけた雨どいだけだった。その便所の小窓もすりガラスになっていて、ほんの少しも中の様子がうかがえないうえ、今はぴったりと閉められている。

 一糸まとわぬアユナを抱き寄せる。勘違いの愛の言葉と、取り繕う愛の言葉を交わし合って、静かな時間を共有する。手のひらを合わせ、どれくらい大きさが違うか話をする。一応これでも部屋の掃除をしたの、とアユナは恥ずかしそうに笑う。僕は、これでも連絡を貰って急いで来たんだよ、と答える。雨はひどかった? そこまで。眩しいのが苦手だからちょうどいいよ。私、太陽の光を見るとくしゃみが出るの。みんなそうなんじゃないの? 私、特にひどいの。朝起きて、カーテンを開くとまず一くしゃみ。家を出ると、二くしゃみ目。電車を降りて、三くしゃみ。晴れてる日はもう毎日そうなの。

 後になって僕は調べてみたが、光に反応してくしゃみが出てしまう現象は未だ科学的に解明されていないということだった。ただ、その資質は優性遺伝することがわかっており、25%…つまり、4人に1人の割合でそのような資質を持っているらしい。晴れて僕たちは16組に1組のカップルになったと言える。そして、仮に僕たちに子供が生まれれば、その子もまた光を疎む子になろう。16人子供を産めば、1人くらいは光を愛せるかもしれないが……確率としては心許ない。

 アユナがコーヒーを入れてくれた。

 インスタントコーヒーだが、僕には美味く感じられる。酒を買う金しかない僕にとっては、たとえインスタントと言えど、コーヒーは贅沢品だ。クッキーまでついている。僕はアユナをもう一度抱き寄せる。肌の温もり。

 狭い浴室の中、2人でシャワーを浴びた後、少し早いが昼食を作ることにした。作ると言っても、僕もアユナも料理なんてできなかったから、パスタを茹で、レトルトのミートソースをかけて食べた。タバスコと粉チーズの量で、自分なりの創意工夫をする。ずるずると音を立てて麺を啜るアユナを初めてちゃんと愛しいと感じた。が、シニカルな僕が僕の肩にちょこんと座り、耳元で囁く。行き倒れ寸前の少女がマッチの火を温かく感じるようなものだ。昼食後、嬉しそうに皿を洗うアユナを僕は後ろから抱き締める。彼女の柔らかい身体を感じ、再び僕たちは交わり、そのまま満腹感と疲労感に引き摺られるように眠りにつく。

 夢の中でも雨が降っていた。僕は車の助手席に座っていて、隣ではあの床屋の主人がハンドルを握っている。山道を蛇行しながら、車は登ったり降ったりを繰り返す。フロントガラスを狂ったように打ち付ける雨。車のヘッドライトは雨粒をくっきりと映し出し、時折霧が現れては僕たちの視界を奪う。彼女は山育ちでして。主人はいつもの調子で銀色の鋏を躍らせながら、軽やかに言葉を紡ぎ出す。未だに私は思いますよ。私は山姫に食われたようなものだと。山姥と言うには彼女はあまりにも幼く、美しいので、私はあえて彼女のことを山姫と呼んでいるんです。別に私が作った言葉ではないですよ。ちゃんと山姥の別称として山姫という言葉があるんです。知らなかったですか? 山姥、いや、山姫というのは口減らしのために山に捨てられた老女の怨念が妖怪化したものということですが、山姫はまず見目麗しい形で男を魅了し、まぐわった後でその男を食ってしまうんです。まるで蟷螂のようにね。しかし、交尾の後で食われるというのは……まぁ、比喩としては正確かもしれませんね。私は今、こうしてあなたとドライブなんてしていますが、彼女にもうあらかた食べられてしまっているようなものです。そして、それはそれで私にとっては幸福なことなんです。ところで、こんな風に雨の山中を彷徨っていると本当に山姫に出くわしてしまいそうな気がしませんか?

 目を覚ますともう夕方近い時間になっていた。部屋はほんのりと明るみを増していて、雨は少しばかり前に止んでしまったみたいだ。隣ではまだアユナがすうすうと寝息を立てている。静けさが耳に痛い、とまではいかないが、安物の目覚まし時計が、こつりこつりと時を刻む音が煩わしいくらいには静かだ。なんてところまで来てしまったんだ。不意に水飴のような不安を身体の内に感じる。粘り気のある蜘蛛の巣がその隅には張り巡らされ、八本の脚が不規則な順番で影となって蠢く。化粧台の鏡の中の自分が青白い顔で見つめ返していた。

 わかりやすく指が震え出そうとしているので、僕は自分で自分が恥ずかしくなる。気持ちを落ち着けるためにコーヒーを淹れてみる。薬缶を傾けた瞬間、勢いよく湯が跳ね上がり、左手の甲にかかった。蛇口を捻り、流れ落ちる冷水の中に手を入れる。シンクを打ち付ける水音が雨をリフレインする。柔らかな渦を作り、排水口へと飲み込まれていく。

 僕は台所でまだ熱いコーヒーを冷ましながら啜ってみた。たいして気持ちが落ち着くというのでもないが、何もせずアユナが起きるのを待っているよりはマシだった。というか、今すぐにもここを逃げ出したいという衝動を抑え込むためには、コーヒーを飲みながら彼女が目覚めるのを待っているのだと自分に言い聞かせることが必要だったのだ。試しに玄関のドアを開けて外を眺めてみる。雨が上がった後の濡れた景色。雲は薄くなり、陽の光は未だ白く、辺りは色味を失ったまま時を止めている。しかし、しばらくコーヒーを啜りながら、不安の波が静まっていくのを待っているうちに、雲間から太陽が覗き、次第に辺りを鮮やかに染めていく。沈み切る前の夕刻の太陽が最後の力を振り絞るようにして、世界をくっきりと描き出していく。僕は思わず家を飛び出してしまいたい衝動に駆られた。堪え切れずに、玄関から裸足の右足を出す。続いて、左足も。左手でコーヒーカップを持ち、右手は後ろ手にドアを開いたまま支えている。

 アパートの2階通路の手すりは、泣き出す寸前の子供のようにたっぷりとした水を淵に湛え、青色の空をその身に反映している。砂利は水溜まりの瞳で同じく青い空を見上げ、命を漲らせた名もない雑草で、化粧を施している。ちょうどこめかみの辺りには鮮やかな紫陽花の華まで挿している。「榊」さんの家の屋根瓦は魚の鱗のように輝いていた。黄色いレインコートを着て、赤いランドセルを背負った小学生。コートのフードを脱いで、二つ結びを跳ねさせながら狭い通りの間のステージをスキップで通り過ぎて行った。そのうちに雀が鳴き出す。鼻頭の皮脂のように這い出した名も姿もない虫を食んでいるのだ。歓びの歌。確かな熱源を宙空に感じる……こんな美しい景色がこの世にあるだろうか。

 背後で物音がして、僕は慌てて振り返る。アユナが服も着ずに、目をこすりながら歩いて来る。

「晴れたよ」

 薄暗い台所の辺りで彼女は薄目を開けて、何とか僕の方を見やると、徐にくしゃみをした。

 

 それから僕たちは仲良く連れ立ってスーパーに出掛けた。僕が無類の酒好きと告げると彼女は気前良く3千円もするウイスキーを買ってくれた。私もう社会人だしさ。彼女はそう言って、初任給にあたるところのお金を財布から出した。そんな高価な酒を飲むことはめったになかったから、つまみを何にするかで僕たちは散々話し込んで、スーパーの中を何周もした。

 結局、総菜のポテトサラダ、カシューナッツ、サラミ、それからレーズンを買うことにした。小腹も空いていたので、これも迷いに迷った挙句、大皿に乗ったパエリアを買った。それからウイスキーを割るためのソーダと、彼女が氷なんて作ってないと言うので、ロックで飲むための氷も。ウイスキーソーダと氷は僕が持ち、彼女がパエリアとつまみを持った。僕たちは恋人たちのように手を繋いで歩いた。彼女は、今朝方僕を出迎えたときと同じく、下着もつけずにいたので、身体を寄せ合うとその柔らかい胸が纏わりついて僕は熱の籠った息を吐き出さずにはいられなかった。そんな様子を見て、彼女が笑う。

 部屋に戻り、氷は冷凍庫に、パエリアはレンジに。パエリアが温まるまでの間に僕らは口づけを交わし、そして既に帰り道でお互いの気分が高まっていたのか、すぐに服を脱いで再び交わる。これが終わったら蟷螂みたいに僕を食べてくれないだろうか。そんなことを考えながら僕は果てる。

 一度は温まったパエリアも既に冷えてしまったので、再び温め直して、ようやく僕たちの小さな晩餐会を始める。高い酒の味はよくわからなかったけれど、そんな想いもまた我々の話の種となる。パエリアがなくなり、ポテトサラダがなくなり、サラミがなくなり、カシューナッツがなくなる。少しずつ会話も減ってくるが、それと反比例するように2人の親密さはより深まってくる。最後には僕たちはレーズンを1粒ずつ齧りながら、ウイスキーをロックで啜った。アユナは目覚ましをセットすると、もうダメ、とベッドに横になり、僕を呼びつける。僕はウイスキーの入ったグラスとレーズンの入った袋を持って、ベッドのもとへ行く。

 私のこと好き? と彼女が聞くので、僕は頷いて答える。愛してる? 僕は頷く。口づけもしてやる。そして、レーズンを噛み、ウイスキーを啜る。ねぇ、私が好きなこと伝わってる? 僕は頷き、レーズンを噛み、ウイスキーを啜る。どれくらい私のこと好き? 僕は、これくらい、と腕を開いて見せ、彼女が喜ぶのを見届けると、レーズンを噛んで、ウイスキーを啜った。ひどく音楽が聴きたかったけれど、しばらくは彼女との一問一答で時計の針を回した。彼女が眠りに落ちてしまうと、僕はイヤホンで音楽を聴きながら、レーズンを噛んで、ウイスキーを啜った。眠った彼女の服をたくし上げ、柔らかい胸を指でつまみ、へその辺りを舌で舐める。下も脱がせようかと思ったけれど、急に馬鹿らしくなって、僕は彼女に背を向けて床に座ったままベッドに寄り掛かった。音楽を聴きながら、レーズンを噛み、ウイスキーを啜る。

 やっと2人きりになれたね、と僕はウイスキーに語り掛ける。

 まだ素っ気ない彼女を舌の上で転がし、その味わいを楽しむ。高貴な彼女は僕の身に余るような気もしたけれど、それでも女が全て美しいように、彼女もまたとても素敵だった。

 なんて、ちょっと気取ったことを考えながら、僕は脳がぐらつくまでウイスキーを煽り続けた。明日の二日酔いが楽しみになるほど、僕は酔っ払っていた。嗚呼、我が故郷よ。

 ……翌日、二日酔いの僕を家において、彼女は病院へと出勤していく。昼過ぎまでベッドの上で二日酔いと寝技を掛け合い、ようやく重い腰を上げて熱いシャワーを浴びてから、彼女に言われた通りに鍵を締め、ポストに鍵を放り込み、もと来た道を帰る。色とりどりの紫陽花が、目をつぶったときに現れる光のように、目の前で踊っている。電車を乗り継ぐ。気持ちが悪い。断続的な睡魔。頭上でアナウンスが流れ、僕はぎりぎり電車を降りることができたが、不意に吐き気が襲ってくる。駅のトイレに駆け込み、ぱんぱんに膨れた胃の中身をすべて吐き出す。涙が零れ落ち、ぐっと握った爪が手のひらに跡を残す。あぁ、死にたいくらい僕はいま生きている。

 

                         *

 

 あれはとても寒い日の事でした、と床屋の主人はあるとき話してくれた。

 僕らは偶然街中の本屋で出会い、そして古びたデパートの隅にある小さなカフェに彼が連れて行ってくれた。いつもご贔屓にしていただいてるんで、コーヒー一杯くらいご馳走させてください。彼は屈託のない笑みを浮かべ、そう言う。

 

 私が学生の頃、ゼミで課外学習に行った話をしたのを覚えていますか。えぇ、そうです。クローバーの群生の話をしたときです。新学年がスタートしてゼミに配属されたばかりで、あの頃はまだ春から夏にかけてというくらいの時期でしたでしょうか。クローバーの白く柔らかい花が暖かい風に揺れていたのを覚えています。

 私たちのゼミは研究半分、旅行半分という感じでとある地方都市に行きました。東京駅の弁当売り場でゼミの皆で駅弁を選んで、まだ自分がこれから見知らぬ土地に行くのだという実感も持てずに、止まっている列車の前にじっと並んで、ドアが開くのを待っていました。ふとホームの屋根の隙間から空を見上げると、良く晴れていて、そんなことも私の胸に何かしらの無垢な期待を抱かせました。私はそのとき初めて特急列車というものに乗ったんです。なので、列車の中で駅弁を食べるという経験をするのも初めてでした。割高だな、と思いながらも、コンビニでありきたりな弁当を買って来るよりも趣がありますよね。

 と、そんな話はどうでも良くてですね。とにかく私たちゼミの一行は特急列車に揺られて、山に囲まれたある地方都市へと向かいました。今となっては細かいことはよく思い出せませんが、何やら教授が贔屓にしている宿だったかがそこにはあって、割安で泊れるとかそういうことだったと思います。川が何本も流れている町でした。川沿いを適当に散歩していると、道は曲がりくねっているし、合流する川もあれば分岐する川もあるという感じで、何度も道に迷いました。ゼミの同期にその町と似た山奥で育ったのがいたのですが、それが言うには、遠くに見える山から方角を考えるのだそうです。当たり前のことみたいですが、私はなるほどなと思わされましたね。

 そんな町で私はクローバーの群生についてちょっとした課外学習をしたわけです。

 その町で一番大きな川の河川敷は綺麗に整備がなされていて、テニスコートやバーベキューができるような場所もあるのですが、もちろん何の意味も為していないような場所もたくさんあります。そして、そういうところには大抵クローバーが群生していました。ですから、私は気ままに散歩しながら、群生するクローバーを眺め、その生態と人間社会の類似性について思いを馳せることができました。別段課外学習自体に前向きな意思があったわけではありませんが、そうやって歩きながらものを考えるというのが楽しく、刑事か就活生というくらいに靴底をすり減らしました。そうして、山間の盆地気候で、まだ夏前だというのに昼間はじりじりと陽射しが暑いこともあって、たった一週間程度のゼミ合宿でしたが、私はすっかり、誰よりも日焼けをしてしまいました。そう言えば、そのことで教授に厭味を言われてしまいましたね。その肌の黒さと同じくらいレポートも黒く埋めてくれればいいのだが。けれど、その長閑な町にあっては、そんなことも茶目っ気のあるエピソードとして、いま思い出しても何だか楽しい気持ちになります。

 課外学習を通して、私はクローバーの群生する様子から、人間やその他の生命というのは外に向けて輪を広げていかなければならない、というような内容の発表を行いました。発表と言ってもゼミの中だけで行われたデモンストレーションみたいなものです。テーマを決め、仮説を立て、実証、検分を行い、結果をまとめる。そのうえで自分なりの考察を行い、資料の作り込み方も含めて発表までの一通りの流れを学ぶ、というのがそのゼミ合宿の目的でしたから。

 そういう意味では、私は研究者には到底なれないと思わされたのがそのゼミ合宿です。

 私からすれば、クローバーの群生している様子と人間社会の類似性というものは、もはや細かい比較抜きでただ身に感じることができる自明の命題だったのです。その2つには確固たる共通原理があり、つまるところそれは「外側に広がっていく」ということだったのですが、それは生命というものすべてに内在する普遍的な方向性であるとそのときの私には思えました。しかし、そういったことの理論的な裏付けは私には上手くできませんでした。ゼミの同期は皆、自分の研究に沿って様々な文献を読み、自らの理論の正当性を少しずつ証明していきました。対して私はただ闇雲に歩き回って、クローバーを眺め、都会の人々やこの町の人々のことを思い出し、自分が感じたことを何度も反芻していただけです。そうすることで私は随分と自分の考えや感じていることに確信が持てるようになったのですが、そのままたいして文献なども読まず、上手く理論を組み立てられないまま発表の段となってしまいました。当然、教授からの評価はあまり良いものではありませんでした。君、それは研究ではなくて、ただの着想だ。と、そう叱られてしまいました。

 私は大学受験までしてずいぶんと長い間、勉学に勤しんできたように思います。もちろん私が卒業した大学は一流なんかではなく、二流、三流の大学です。けれど、それでも私は勉学というものをサボったという思いも無く、私が生来持ち合わせている才覚の器に見合った人物になるだけの学習をしてきたつもりです。しかしながら、その経験を通して、自分がいったい何を学んできたのか、私にはよくわからなくなってしまいました。

 一般的な勉学で得られる能力は論理性のはずです。もちろん、様々な感性を磨くような勉学もあるでしょう。しかし、私は芸術系の科目に夢中になるような人間ではありませんでしたし、常に体系的な学習ということを様々な人から言われ、ちくちくと細かい縫物をするように勉強をして育ってきました。にもかかわらず、私がその体系的な学習の集大成として、いや卒業論文という集大成の前段として行われたゼミ合宿でできたことは、全く以って論理的でも体系的でもなく、自らの安っぽい感性に身を任せた暴論を披露することだけだったのです。

 と、そんな風なことを言うと、私はずいぶんとへこんでしまったように聞こえてしまいますが、別にそういうことでもないんです。もちろん、私は自分の社会的な価値というものに疑問を持つようにはなりました。こんな論理性の破綻した人間が、この、まるでテトリスのようにカチカチと理詰めで隙間を埋めていくような社会の中で、いったいどのようにして生きていくことができるのだろうか、と。ただ、こういう言い方は非常に傲慢ではしたないとは思いますが、事実として私よりも論理性が破綻した人間はそれなりの数いるはずです。そういった人間でもどこかでどうにかして生きてはいる。もともと私には野望というようなものもありませんでしたから、なるほど自分という人間はそんなものか、と本来の自分の姿を見つめ直すくらいの気持ちではいることができました。

 ですから、そのゼミ合宿は自らを省みる機会となったわけですが、実際のところそういった自己成長云々といったことよりも、私の心にはあの町の景色や、群生するクローバーの様が深く沁みつきました。私のそのゼミ合宿の発表での結論は、生命は外側に広がっていくべきだ、というものでした。しかしながら、クローバーの群生が外へ外へと広がっていく様を見て、実際に私が感じたことは、クローバーの逞しさや生命の美しさなどではなく、むしろ虚しさや徒労感といったものでした。そして、発表の後で感じた自身への僅かな失望感も相まって、それまでの私の人生にはなかった、実に中庸的な空白地帯のようなものが自分の中で生まれたように思うのです。

 水色の空、深く澄んだ川の流れ、霞みがかった蒼の山々。それら長閑な風景と緩慢な時間と反復する歩行とが折り重なり、層状の諦観が作られました。茫洋たる虚しさの海。海のない町で私はそんなイメージを見たのです。

 帰りの特急列車は夕刻に伸びる影のようにあっという間に東京駅まで私たちを運んでいきました。そのままゼミの一行は、八重洲の騒々しい飲み屋になだれ込み、一つの区切りに対する祝杯が掲げられました。私の感傷的な想いはビールの泡の間へと溶けていきました。

 それから数か月、私はそれまでのように無事平穏な大学生活を送り、ゼミでの活動を続ける中で、あれだけ私には不向きと思えていた所謂「研究」という体裁にも慣れていきました。結局のところ、すべての物事は傾向と対策でしかなく、ちまちまと隙間を埋めるように組み上げていけば良いのです。テトリス、という比喩が私の頭の中にはずっとありましたが、それを再び思い描きながら、私はそのゲームで時間を食い潰すことに対してより意識的になりました。そのようにして周りの皆と同じように就職活動を終え、私はとある大手のインテリアチェーンで働くことを決めました。なぜそんなところで働こうと思ったのか、今となっては全く思い出せませんが、まぁ、俗にいう「縁」というものがあったのでしょう。とは言え、結果的に私はその内定者懇親会に出席してタダでお酒を飲んだだけで、実際にそこで働くことはありませんでしたが。

 と、前置きが随分と長くなってしまいましたが、私がお話ししたいのはこの後のことなんです。それはつまるところ、どうして私がその会社で働くことをやめてしまったのか、という問の答にもなるでしょう。ただし、私がお話ししたいのは、やはりそういった即物的なことではなく、もっと感覚的でより複雑な事柄なのです。それは私自身、論理的に話せる内容ではないですし、だからこそ一種の物語のようにしか話すことができません。と言っても、そこまで長い話にはならないと思います。もちろん、これまでの話を長いと感じていなければ、ということにはなりますが。どうしても私は話し出すと長くなる性質のようです。話の脱線も多いかもしれません。しかしながら、いつか私の店でお話ししたように、ホールデンのような寛大な心を持って聞いていただければと思います。随分と不思議なことのように私も思えますが、おそらく、私のつまらない人生の中でこの話をできるのは、あなたくらいしかいないのでしょうから。

 

 そこまで一息に喋ってしまうと、床屋の主人は温くなったコーヒーを啜り、僕におかわりを勧めてきた。普段の気にしいな僕としてはその勧めを断るのが原理原則みたいなものだったけれど、このときばかりはまだ話も長くなりそうだったので、素直にウェイトレスを呼ぶことにした。僕の次のコーヒーが運ばれてくるまでの間、彼はゆっくりとコーヒーを何口か啜り、僕はチョコレートを齧った。店内のBGMが端正なビル・エバンスの演奏から、何やら柔らかい印象のあるこれまたピアノジャズに移り変わる。ジャズには疎いので、誰の演奏なのか、僕にはわからない。この世界は僕のわからないことで溢れている。

 カウンターには一番隅の席に常連らしい人が腰掛け、薄汚れた文庫本を読んでいた。店内に4つあるテーブル席のうち2つが埋まり、そのうちの1つが僕たちだ。マスターが洗い終わったカップを拭きながら、ちらちらとサイフォンの方を確認している。僕はサイフォンというものを初めて見る。いったいどういう物理原理なのだろう。どのようにして沸騰した湯があの筒を昇っていくのか。コーヒーが運ばれてきても僕の頭はその不可思議な専門器具について考えていた。アンモニアを用いた噴水実験を中学のときだったかにやった気がするが、あれと似た原理だろうか。いや、あれはアンモニアが水に溶けやすいという性質を用いた実験だったはずだ。今回はきっと違う。となれば、沸騰により発生した水蒸気が……僕が答に辿り着きかけたところで床屋の主人は再び喋り出した。僕は仕方なく思考を放棄し、再び彼の話に耳を傾ける。

 

 卒論も提出し終わって、大学にも用事がなくなり、そして私はまだ社会にも求められておらず、宙ぶらりんな状態で日々の退屈な時間を送っていました。残り少ない自由な時間をどう使えばよいのかわからず、私はただ漠然とした不安や焦りを感じながらも、実家の居間で一人きり、家政婦を雇った家の専業主婦でも見ないような通販番組を眺めなら時間を過ごしました。そんなところにゼミの教授からふと連絡がありました。今はどこにいる、と聞かれ、実家で家業の油売りを手伝っている、と私は答えました。そんなくだらない冗談をついつい言ってしまうくらい、私は退屈していたのです。物静かで真面目であった私らしくない言動に教授も少し動揺していたようですが、それでも「良かったら、ちょっとした学会の手伝いをしてくれないか」と私を誘ってくれました。

 いつ、どこで、どのような手伝いをするのかも聞く前に私は二つ返事でその申し出を受け、教授から一通りの経緯と、具体的な日程や場所を聞きました。

 どうやら教授と親交の深い別の大学の2人の教授と、毎年恒例の小さな学会(というより、勉強会と呼んだ方がしっくりくるようなものでしたが)を開くということでした。その3人でホストを持ち回りで務めているらしく、どうやら今年は私たちの教授がホストの順番ということでした。優秀な院生を連れて、言わば少数精鋭で深い討論をすることがその学会の目的であるなどと教授は言っていましたが、もう来月には社会の歯車として扱き使われる私にとっては、しょせんお遊びのようなものではないかとも思えました。が、それでもその社会に出るまでの退屈な時間を潰せるなら、私としては願ってもない申し出でした。

 私たちの教授はいつもあの山に囲まれた地方都市にみなを招待することにしているそうです。芸がないと思うかもしれないが、もてなしが良いから評判は悪くない、と教授はもう何回目かの言い訳をしました。実際には、あれこれ考えるのが面倒なのだ、と他大学の教授も学生もわかっていましたが、たしかにサービスは良く、評判は悪くないようでした。私自身、またあの町に行けるのか、と少し胸を躍らせたくらいのものです。

 学会の手伝いという漠然とした仕事内容でしたが、やることは大したことありません。小さな会場の設営やプリントを配ったり、町や宿の案内をして、食事会の準備をしたり、すべてただの雑用です。「いないならいないで構わないんだが」と教授は言いました。とは言え、面倒臭がりの教授ですから、雑用を全部放り投げられる使いっ走りみたいなのがいると何かと楽なのでしょう。アルバイト代みたいなのは出ないそうですが、タダで旅館に泊まり、飲み食いできるということで、まぁ、教授も少しくらいの色はつけてやると言ってくれたので私としては言うことはありません。ただ、春休みということでそんな非生産的なことに付き合う現役の学生は捕まらず、卒業生の私に声がかかったようです。後日、お酒の席で教授にそれとなく、私の同期にも誘いの連絡を入れたか聞いてみましたが、どうやら私が1人目ということでした。教授はそのとき、自分には見る目があると、自画自賛をしていました。私でなければ怒ってもおかしくない言葉ですが、事実、私には予定もなく、時間を持て余していたので、むしろ羞恥心のようなものを強く感じました。

 そのようにして、三月の中旬でしたでしょうか。私は再びあの町を訪れることになりました。初めてあそこに行った時と同じように、特急列車に乗って。久しぶりに食べる駅弁は、ただの冷たく味気のない食事でしかありませんでしたが。

 町に着いて、すぐに私は例の旅館に向かうためにバスに乗りました。バスに乗りながら町を眺めていると、全てのものがゆっくりと流れているような感じがして、とても懐かしい気持ちになったものです。駅に着いたときに吸い込んだ空気はまだ冷ややかでしたが、バスのガラス窓から射し込む太陽の光は強く、あの初夏の陽射しをも思い起こさせました。ものの3分もバスに揺られていると、駅前の片側2車線の道路はいつの間にか消えて、城下町らしいせせこましい道に差し掛かります。そのまま停車と発車をがたがたと繰り返しながら山間の方へもう10分も行くと、目的の旅館へと着きます。旅館の受付で教授の名前を出すと話は早く、私は荷物を預けて、出されたほうじ茶を頂きながら、休憩がてら旅館の中をしばらく見まわしました。フロントの中にも外にも、階段わきの壁にも、お城でのお花見を促す市が作ったと思しきポスターが貼られています。繰り返しになりますが、そのときはまだ三月の中旬でしたので、まだ桜には少し早い時期です。きっと私の人生の中で、この桜を見ることはないのだと思うと、少しだけ寂しい気分になりました。私はこの町のことが好きではありましたが、しかし、わざわざ訪れるようなものでもありません。旅館を出るときには女将さんから「研究がんばってください」と声をかけられました。私は曖昧な笑顔で頷き、旅館を後にしました。

 学会の会場は駅を挟んで旅館とは反対側にあります。私は再びバスに乗り込み、退屈な町の景色を眺めながら、そこに一つの終着点のようなものを感じました。うまく言えないのですが、時間の流れの淀みとでも言いましょうか。もう十日かそこらで私はあの東京の騒々しい、消耗的な日々に絡めとられてしまう未来が見えています。そのことに対して、私は覚悟とも諦めとも言い切れない、何と言えば良いか、ただ後戻りができないんだという感情を持っていました。大学生活に心残りがあったというわけでもないんです。私が思ったのは、この鋭い陽射しに灼かれて倦怠感を滲ませたような、後進的な地方都市の町並みが私の手の届かないものなのだということです。それは私が手に入れたいと願ったものでは決してありませんでしたが、しかし、私が選び取ることができたかもしれない人生です。当たり前のことですが、人生にはいくつもの分岐点があって、一度ひとつの分岐や流れの中へと足を踏み入れてしまえば、当然、踏み入れなかった方には行くことができません。私はかつてゼミの合宿でこの町を訪れたわけですが、自分の人生を大きく左右するであろう就職活動を通して私はこの町の事をほんの少しも検討に入れてはいませんでした。ただ、タスクを全うするためだけのように就職活動をして、そして手に残った未来に進むことに決めました。

 ……やはりこの感情をうまく伝えることは難しいようです。そのぱっとしない町で生活をする人々をバスの窓越しに眺めて、ただ単に憧れてしまったと言うのとも違う。むしろ、私はこんなバスになんか乗っておらず、あの古びた食堂でお決まりの生姜焼き定食でも食べているような人間であったはずなんだ、という感じかもしれません。本来の自分はバスの窓の向こう側で生活をしている人間のはずだ。そう思うと、私を待ち受ける未来がふと自分らしくない、偽物であるような気がしてきたのです。というか、自分に未来があることそれ自体が何か相応しくないことであると感じました。私はこの時流に取り残された町の中で、また私自身も時流に取り残され、息を止めるようにして生きていくべきだったと急に思ったんです。その時間の淀みの中で私はずっと生きていくべきだったのです。用水路の淀みで一生を過ごすタニシか何かのように。

 まぁ、あくまで全ては私の感情の中で起こった妄想のようなものです。実際に、私がその町で暮らしていたとしたら、それは決して淀みなんかではなく、きちんと消耗的な日々であったと思います。時間の流れない場所なんてないのですから。けれど、私の決められた未来とは全く無関係のその場所と時間に、私は何かを感じたのです。それは単純にその町で生きていきたいというものではなく、私はただ現実逃避のようなものをしたかったのでしょう。苦痛や苦悩のようなわかりやすい敵ではなく、ただ生きている以上、何某かの実体のない存在から求められ続ける責任のようなものから。

 そのときにふと感じたその形容しがたい感覚は、今でも私の中に積もり重なっています。ただ、常に私はその感覚に捕らわれているわけではありません。あくまでふとした瞬間にそう感じるというだけものです。ですから、そのときの私もほんの少しばかりの間、その感覚に支配されてはいましたが、バスに揺られているうちに全ての漠然とした想いは霧消して、ただ目的地への到着を待つ1人の乗客へと戻りました。

 学会の会場では実に具体的な雑務が待っていて、私はそのバスの中で感じたその漠然としていて非常に抽象的な感情を思い出す暇もありませんでした。電気の落とされた薄暗い部屋の中で、プロジェクターが映し出す不健康な光に包まれていると、時間はとてもスムーズに流れていきました。各々の発表自体は退屈で眠たくなるようなものばかりでしたが、しかし、きちきちっと決められた発表時間の中で、一定間隔で鳴らされるベルの音をただ無感情に聴いているというのはある種落ち着く心地のするものです。あと何回ベルが鳴れば、今日という日が終わるな、と考えるともなく考えているのは、とても具体的で地に足の着いた心地のするものでした。

 学会が終わると、そのまま予約していた懐石料理屋へと歩いて向かいました。日の堕ちた町は、昼間のあの温かい陽射しが嘘であるかのように寒く、自分の身体が冷水でしめられた蕎麦になったような感じがするほどです。もう三月でしたが、吐く息は白く、しかもこれでまだ夕刻というのですから、宴会が終わる頃にはどれだけ寒くなっているのか考えるだけで気が滅入るくらいでした。

 宴会は学術に没頭した人間たちが織り成すぎこちない会話で満たされていました。けれど、内定式の後で開かれた飲み会の雰囲気よりは随分とマシなように思えました。会社で同期になる人間たちの軽薄なお喋りや嬌声に比べれば、ここにいる頭でっかちな人間たちの方がまだ、根の暗い私には合っているように思われました。ただ、そんなことを考えたって仕方ありません。私の未来はもうすでに決められているのです。美味い、美味い、と皆が賞賛する地酒の味もわからず、私はその熱い液体を喉元に流し込みながら、ふとバスで湧き上がったあの感情を思い出したりもしました。

 そのようにして、私は私なりにうまくその宴会の中で、それとなく話を合わせ、うまく立ち振る舞い、雑談よりは食事の方に楽しみを見出しながらお酒を飲んでいました。最初は酒の味もよくわからず、皆の意見にうんうんと頷いて見せるだけでしたが、美味い懐石料理をあてにして色々と日本酒を飲み比べているうちに、次第にその酒の味の良さもわかってきて、とても楽しい気分になってきました。私はその気分を誰と分かち合うでもなく、一人で噛み締めるだけでしたが、それで充分でした。次第に酔っ払っていきましたが、酔っ払う事さえも楽しく感じられたのです。そういうのは私にはとても珍しいことでした。私は酔っ払っている時の自分があまり好きではなかったので、なるべく酔っ払ってしまわないように普段から気をつけていたのです。

 暖房の効いた宴会場から出て、お手洗いに向かいます。背中からは襖越しの笑い声が聞こえてきます。廊下はひんやりとしていて、同時にしんとしていました。風呂上がりにベッドに潜り込み、火照った身体を冷たい布団で冷やすような、そういった心地良さがあります。きっとあなたにもそういった経験はあるでしょうから、少しは共感していただけるものと思います。お手洗いで用を足し、冷たい水で顔を洗います。赤らんだ顔は汗と皮脂とでべどべとしているので、これもまたとても心地良いのです。蛇口を締めた後もそこにはもう宴会のがやがやとした声は聞こえてきません。私はその静けさがとても心地良く、宴会場に戻りたいとは思いませんでしたが、それでもずっと席を外しているわけにもいきません。私は仕方なく、濡れた前髪をタオルで拭い、お手洗いを後にしました。廊下を歩いていると遠く正面から着物を着こんだ女性店員がこちらに向かって歩いてきます。何歩か進むうちに、お互いの目的地が同じであることを私たちは悟ります。まるで筋書きの決まった演劇のように、店員の彼女が私に先を譲り、私は小さく会釈をしてそそくさと宴会場の襖を開けます。途端に広がってくる明りと話し声。その瞬間、私の中にまたあのバスに乗っていたときに感じた不可思議な感覚が蘇りました。私の中で一瞬だけ時間が止まったような感じがしました。けれど、私は慌てるようにして、襖を店員のために開けたまま自分の席へと戻りました。話の脈絡なんてまるでわかりませんでしたが、笑顔を作るのです。思えば、私に与えられた役割なんてものは、酒の席の雰囲気を壊さないようににこにこしていることくらいのものでした。

 何をそんなに話すことがあるのだろう。いや、彼らは自分が何を話しているのかきっと理解していない。私はもういっそのこと酔い潰れて眠ってしまおうかと思いました。お手洗いに席を立つまではあんなにも酔っ払っているのが楽しかったのに、今ではもう楽しくとも何ともない。私は時間が過ぎていくのをただただ待つことにしました。不思議なものです。こんなにも一瞬で感情の脈絡がぷっつりと途切れてしまうなんて、私には少し信じられませんでしたが、しかしそうやってさっきまでは楽しかったのにと思えば思うほど、私の気分は白けていくのです。私は早く帰りたいと思いました。気分が優れないと言い訳をすればよいのか。いっそのこと救急車でも呼んでもらうか。いやいや、事が大きくなれば、余計に私は周囲から縛られてしまう。そう、私はただただ解放されたいのです。

 そのとき、私はなぜ自分がこの場にいるのか、はっと悟りました。

 私は私の逃避への欲求を再確認するためにここに来たのです。バスに乗っているときに感じたあの「逃げたい」という感情が確かに私にはあり、言葉にすると冗談みたいに聞こえてしまうのですが、私は「逃げたい」という感情から逃げられないのです。そのことを私は自分に言い聞かせたかったのです。

 大学と会社の狭間で漂っていた私は、その絶え間ない波の揺らぎの中で、今の自分がとても貴重な時間の流れに存在しているのだと気がついたのです。私はただ実家で漠然と過ごしていましたが、私が捨て去った過去、つまり大学での研究生活を思い出させるこの場所に再びやって来てみて、こんなにも自分がこの場所を嫌っているのだと再確認しました。その嫌悪の再確認こそが私の望みだったのです。

 確かに、ほんの少し楽しい気持ちになる瞬間もあります。美味しい料理を食べたり、日本酒を飲んだり。でも、少し席を立ち、用を足して、顔を洗う。そんなちょっとした弾みで、その楽しい気持ちは消えてしまいます。そして、白けた気分に侵されてしまう。私は自らのこの傾向と向き合っていかなければなりません。思えば、私があのクローバーの群生で感じたのは、まさにこの徒労感だったのです。私たちはその生命の原則にのっとり、円状に自らを拡張していきます。しかし、拡張していけばいくほど、私たちは中央から腐っていくのです。そして、最後にはその円は破断し、孤独で小さな島々へと分裂します。私はそういった一連のサイクルを心の底で怖れ、そこから逃れたいと常に感じていたのです。

 時間の流れから取り残された静かな場所に逃げ込みたい。逃げ込んだ場所にずっとひっそりと隠れていたい。生命に与えられた義務や責任から逃れたい。そういったことを私はその酒の席でふと実感し、その瞬間、私にはクローバーと同じ未来が待ち受けていると悟ったのです。そうか、クローバーも別に生きたいと思っていたわけではないのだ、とわかりました。ただクローバーもまた宿命から逃れられなかっただけなのです。白く柔らかい花弁で身を包み、薄く小さな葉を風に震わせる彼らは複製される徒労の象徴でした。

 宴会が終わると、私は誰にも口を聞くことなく、夏のアスファルトに写る蜃気楼のように誰にも気づかれることなく消えました。宴会だけでなく、この世界からもそうやって消えられればいいのに、と思いながら私は静かな夜の裏町を歩きました。

 ひと気のない交差点を信号を無視して渡り、空を見上げると蟻の行列のように一定の速さで灰色の雲が流れていきます。私と歩調を合わせるように隣では滑らかに川が流れ、空気はまるで魂を抜かれたように冷たく、そして無慈悲にコートの隙間へと潜り込んできます。どうしたらこんなにも冷たくなれるのだろうというくらい冷たいのです。何を失ったらこんなにも冷たくなれるのか。私は不思議に思い、同時にこんなところで人が生活をしていることに驚きました。この冷たさを受け入れ、この町で生き続ける人たちはどういう神経をしているのか。こんなところは人が生活をすべき場所じゃない。そうとまで思いました。が、私のそんな悪態を後押しするように、通りには誰もいません。

 ふと、私は振り返り、さっきまで嫌悪していた彼らの影を探します。が、街灯が無機質なアスファルトを照らすばかりで、もちろんのこと誰の影もありません。動くものは空の雲と、川の流れだけです。しかし、それも遠く、私が触れられるのは無慈悲な夜の冷たい空気だけでした。彼らは着実に私から体温を奪い、それを無限へと溶かしていき、見えなくしてしまいます。あなたは理系の方ですから当たり前と思うかもしれませんが、私はそのとき、無限分の1はゼロなのだとはっきりと思ったものです。冷たい空気は私から1ずつ私を奪っていき、それを無限の中へと溶かしていってしまうのです。そういうものを考えながら歩いていると、1が集まってできている自分もまた無限の前ではゼロ、つまり無に等しいのだとついつい思ってしまいました。私は無力で、そして孤独なのだと、芯から冷え切った身体が囁くのです。

 遠くに駅が見えました。たいして大きな駅ではありません。が、それはまるで闇の中では光の城のように見えます。列車は四角く切り取られた白い光の列となって、人影のない駅へと入ってきます。夜を横断する列車と、じっと時間の流れに耐える駅はどこか別の世界で生み出されたもののように感じられます。それは私の知らないところからやって来て、私の知らないところへと繋がっている不可思議な時空の楔のようなものなのです。ふわっと、一瞬だけ、私の中で何か熱源のようなものが芽生えました。酒をぐいと飲んだときのような熱が食道の辺りから全身へとゆっくり広がりました。どうしてかわかりませんが、私はその光り輝く夜の城にひどく心を揺さぶられたようでした。冷たくどこまでも茫洋と広がる海に放り込まれ、絶望しているときに、遠くに一瞬だけ小さく島の影が見えたような感じです。私は凍えて固まった身体に鞭を入れて、一生懸命泳ぎます。が、そこにまたあの冷徹な波がやって来て、私は海に飲み込まれます。何とか浮き上がって、周りを隈なく見渡してみるのですが、もうあの島の影はどこにも見えません。焦りから海水をだいぶ飲み込んでしまい、それでも探しますが、やはり見つかりません。私ははっと我に返って、自分の心をもう一度見つめ直してみますが、もうあの熱源はどこにもありませんでした。じっと眩い駅や列車を見ていると、熱の名残のようなものをなぞることはできます。が、それはもうただの記憶に過ぎず、ただの複製に過ぎないのです。空を見上げると、灰色の雲が月を転がすように流れていきます。私はまた冷たい波音を聞きました。

 すみません。私はだいぶ訳のわからないことを喋っていましたね。しかし、私が話したかったのはまさにこの感覚なのです。私は逃げたいと思い、逃げると決め、実際に逃げている最中に何だかとても冷たい世界を感じたのです。その冷たい世界の中で一瞬だけ、あの光に満ち溢れていた駅を眺めた瞬間に何か熱源のようなものが私を捉えました。その正体は未だによくわかりませんが、今になって思えば季節の変わり目に感じるあの僅かな感触と似ているかもしれません。あっ、今日から季節が変わるのだな、という酷く繊細で微妙なあの感触です。ただ、似ているだけで全くの別物だということをあなたにはわかってほしいのです。私は未だにあの感覚の行方を探しています。波に飲み込まれ、見失ってしまってからずっとです。あの不思議な感覚が心を捉えたあの一瞬の、その直後から私はずっと探し続けているのです。これがどれだけ苦しいことなのか、きっと誰にも理解してもらえないでしょう。ただし、この苦しみにも私は慣れてしまい、今ではそれが本当に苦しみなのかもよくわからなくなってきました。

 

 床屋の主人はぼんやりとした目でテーブルの上で組んだ手のほんの少し右を見つめ下ろしていた。白いカップに垂れたコーヒーの跡もすっかり乾いてしまい、枯れた花を僕に思い起こさせた。僕はどういって良いかわからず、すっかり冷めたコーヒーの残りを飲み干し、カウンターの方をちらりと眺めた。サイフォンはもう火にかけられていない。マスターは洗った後の濡れたソーサーを静かに拭いていたが、時折布が陶器を擦る高い音が店内に響いた。店内BGMのジャズのハイハット音よりもそれはよっぽど生々しく響いた。

 床屋の主人が見たもの、感じたことについては、それはあくまで彼の神話であって僕には全く以って理解できないものだった。しかし、時に暴力的なほどに僕たちを貶めるあの徒労感を彼もまた強く感じているのだということはよくわかった。

 主人は酒が嫌いだと言った。が、僕は酒を飲めば良いのにと思う。僕は逃げるために酒を飲んでいる。世の人は僕の愛する酒のことを悪く言うが、少なくとも僕は僕の感情に従順で、迷いのない態度で酒を飲んでいるのだ。僕は恥も外聞もないビジネス書のように手段を強要することは大嫌いだったけれど、それでも僕は割と本気で床屋の主人に「酒を飲めばいいんですよ」とアドバイスしてやりたかった。

 僕はどういう前置きをしてから、そのアドバイスを口にするか決めかねていた。すると、床屋の主人はまたひとりでに話し出す。いいさ。話すことだって立派な療法だろう。

 

 あなたには随分と訳の分からない話だったかもしれませんが、そういった途方もない孤独感のようなものを感じているときに私は私の妻になる女性と出会いました。

 私はあの凶悪なまでに冷たい夜の空気にすべてが奪い去られてしまいそうな気分でした。私が随分と顔色を悪くしていたからでしょう。私が駅を通り抜けて駅の反対側へ行こうとしているところですれ違った彼女が心配して声をかけてきたのです。彼女の仕事は看護師でした。私はただの酔っ払いにしても酷く青ざめた顔をしていたようです。それに後で聞くところによると、あり得ないくらいの薄着だったそうです。私は私なりに三月という季節に適した格好をしていたつもりだったのですが、その山間の町では都会の真冬並みかそれ以上の厚着をするのが常識だったようです。実際に、冬になると一年に一回くらいは、初冬か晩冬の頃合いに低体温症で患者が病院に搬送されてくるそうです。その大半が町の外から出張やら観光やらでやって来た人間だそうです。危なく私もそうなりかけていたところを、彼女に助けられました。旅館までタクシーで送ってもらおうと思っていたはずが、私は彼女の家に招かれ、温かい風呂に入れてもらい、ベッドまで譲ってもらい眠ったのですが、翌朝起きたときには酷い熱を出していました。

 私には実家に帰って色々と就職に向けた準備をする時期にありましたが、そういったことを考えると余計に頭が痛くなり、全身がだるくなりました。両親が心配して電話をかけて寄越しましたが、私は全てが嫌になり、「会社はもう行かない。実家にも帰らない」と言ってしまっていました。

 私がそんなことをしでかしてしまった具体的な理由の一つは、彼女にありました。というのも、私が言うのもなんですが、彼女はそのときもう三十手前にもかかわらず、まるで男っ気のない女で、風体も優れていませんでした。全身に疲れが滲んでおり、飾り気がなく、やつれていました。彼女はまるで羽を折った小鳥を世話するかのように私を看病し、そして私が彼女のもとに残ることを強く願っていました。彼女はその願いを口には出しませんでしたが、ひしひしとそれが伝わって来るのです。そして、彼女の表情はまた雄弁にこうも語りました。

 もしも、この寂しそうな男を取り逃がしたら、きっと二度と自分のところには男が巡ってこないだろう。

 私は体調を崩して苦しみに喘いでいましたが、私の苦しみはあくまで一過性の身体的なものに過ぎません。そう考えると、目の前のこの女が抱える宿命的で永続的な苦しみは途方もないもののように思えました。

 思えば私もまた彼女と同じような存在です。私はずっと逃げて、隠れていたいと思っていました。ですから、私はこのまま彼女の暗く静かな世界の中に逃げ隠れてしまおうと思ったのです。彼女も私もただ寂しさを共に分かち合う相手を探していただけなのです。そんな私たちが出会ったのは運命でした。色々な前置きや状況説明は省略して、私は結論の部分だけ彼女に言い、彼女もまた色々な事情は省き、私の出した結論に同意しました。

 そのようにして私たちは一緒に暮らすようになり、私たちは結婚をし、子供を作ったのです。私は主に娘の世話をしながら、通信制の美容専門学校で美容師の資格を時間をかけて取りました。看護師の彼女は非番の日に娘の世話を買って出てくれ、私をサポートしてくれました。そうして私は晴れて美容師となり、人の良い床屋の主人に頼んで、無理のない範囲のシフトを組んでもらい、家計は少し大変でしたがそれでも穏やかに暮らしていたのです。

 娘が小学校に上がる頃、私たちはその町を出て、こっちにやって来ました。貯金もわずかではありますが、溜まっていましたし、何よりも私も彼女もあの寒い町があまり好きではありませんでした。私はあの学会の日にバスの中で、この町に住めたらというようなことも考えていましたが、実際に暮らしてみるとやはりそこはただの寒いだけの町だったのです。彼女も就職のタイミングでその町にやって来ていただけと言うし、私としても特にそこに残らなければならない理由もなかったのです。

 そして、こっちの町に来てから、もう八年が経ちました。私たちはうまくやっていたはずでした。娘ももう中学を卒業する年になります。妻は私たちの娘を立派な私立女子高に入れてやろうと言い、娘も妻の意見に賛同しました。が、私たちにはそんな余裕がありません。私はようやく自分の店を持てるようにはなりましたが、床屋なんてものは相も変わらず稼ぎの良い仕事ではないです。私は彼女たちの提案を否定し、そしてそれがきっかけでこうして別居となったわけです。不思議ですね。私たちは出会ったときはお互いに何も持っておらず、ただ互いを温め合うだけのために身を寄せ合ったのです。そこには愛があったかすらもよくわかりませんでしたが、それでも確かな意思を確かめ合って一緒になったのです。しかし、娘を得、温暖な土地に移り住み、小さいながらも店を持ち、妻も新しい病院で年功序列と女性職場ならではの同僚の退職によって出世をしました。そうやって表向きはとても順調に双六のマスを進んできたような感じだったのですが、どうしてかそこには溝のようなものが知らず知らずのうちにできていたようです。不思議ですね。そして、こうして別れてみると、私はとんでもないことに気付いてしまいました。つまり、私は別にもうこのままで良いかな、という気がしているのです。

 妻のことはよくよく考えて見れば、そもそもの最初から愛していたというわけではありません。もちろん、辛い冬の時期を乗り越えた戦友としての愛情のようなものはあります。彼女が幸福であればよいと思ってもいます。しかし、私には彼女を幸福にしてやる義務や責任のようなものがないのです。いえ、もちろん社会的にはそういう義務や責任が発生しているとは思うのですが、しかし、私の心情から言えば、そういったものが自分の能動性の中には最初から存在していないのです。私たちは各々が勝手に相手を利用し、自らを慰められれば良いという暗黙の取り決めを交わしていたと思うのです。ですから、今さら私たちの間に何かが芽生えるということもありません。

 娘のことは、まぁ、流石の私でも惜しいとは思います。妻は妻として今しがた言った通りですが、やはり娘は可愛いものです。しかし、それじゃあ私がどれだけ娘のためにしてやれるかということになると、それはやはり難しい問題なのです。娘のために死んでやるくらいのことはできると思いますが、娘のために私ができることなど本当は何もないのです。娘が立派な私立女子高へ行きたいと言っても、私には「無理だ。諦めなさい」と言ってやることしかできないのです。私たちの家庭の財政状況を冷静に考えれば、娘を三年間その女子高へ通わせるともう貯金がすっからかんになってしまいます。私は別に借金をしても良いと思っていますし、三年間だけならどうとでもなります。しかし、そうすれば娘を満足な大学に通わせてやることはできなくなるでしょう。奨学金やらそういう諸々の手段もあるでしょうが、ほかの借金も含め、私たちがその選択で被る生活のハンデは私たちを良い方向へとは導かないでしょう。私は娘を信頼していないわけではありませんが、正直に言って娘にはそんな風に金をかけてやるほどの将来性はないと思っています。酷い親だと言われてしまいそうですが、現にそうなのです。娘は地道な努力ができるし、器量だって私たち夫婦から生まれたにしてはなかなかのものです。まぁ、幾分親バカなところもあるでしょうが。ただ、いくら親バカと言えども、娘の器は底が知れています。たとえ娘が一生懸命努力して勉強しても、私程度の学力すらつけることができないでしょう。金をかけ、娘には娘が望んでいるような高等な勉学の修練を受けさせたところで、その金に見合った成果は得られないどころか、きっと周囲についていけず挫折するか、勉学だけで苦しいばかりの学生生活になってしまう気がしてならないのです。というか、娘にはその女子高に入学することすら難しいのではないかと思うのです。

 もちろん、それが叶うかどうかということは抜きにしても、何かしら高い目標に向かって努力することは大切な行為ではあります。ただ、私が我慢ならないのは、その努力の裏に隠れた醜悪な魂胆なのです。つまりですね。彼女たちはどこか私たちの現在地に対する不服な想いを抱いていて、その不満をぶつける相手としてその瀟洒な女子高への受験を捉えている節があるように思えてならないのです。娘はまだ若いから良いにしても、私の妻までがそういった感情を抱いているのが、私には醜くて耐えられないのです。私も妻ももう夢を見るには疲れ切っていて、ただ諦めるようにして生きていたはずなのです。私たちが唯一できることは、あの冷たい町からこちらへ逃げてきたように、手の届く範囲で低きに流れることだけのはずなのです。そのことを忘れ、娘に自らの身の程知らずな夢を乗せている妻が私には気持ちが悪くて見ていられない。そして、そんな期待をかけられている娘もまた、私から見ればそんな大それた夢を抱けるほどの器にないのです。

 もちろん、こういったことを直接彼女たちに言ったわけではありません。それに、私が絶対に正しいという保証もないのですから、言ったところで意味のない論争になります。むしろ、そんなことやってみないとわからないじゃない、と火に油を注ぐ格好になることが容易に想像できます。ですから、私はただ優柔不断な風を装っているだけなのです。が、そんな煮え切らない態度に愛想を尽かして、彼女たちは家を出て行きました。

 一人で家に取り残された私は私で、時おり寂しいと思うようなこともありますが、むしろ平穏な日々を穏やかな気持ちで受け止めています。そして、そんな状況になって思うのは、こんな愚にもつかない妻と娘ですら、本来であれば私には勿体の無い、身に余る程のものなのだということです。私はきっとあの日、あの冷たい夜に溺れ、死んでしまうべきだったのかもしません。それか、きっと今よりも酷い状況になっていたと思いますが、妻とは出会うことなく、あの夢も希望もないインテリアショップに勤め、死んだように生きていくべきだったのでしょう。

 

 床屋の主人は満足したのか、長い話を聞かせてしまった詫びと感謝を僕に述べ、伝票を手に取るとさっさと去って行ってしまった。僕は「ゆっくりとコーヒーを楽しんでいってください」と言われ、その場に取り残される格好となった。マスターは再びサイフォンでコーヒーを淹れ始めたが、僕にはもうそれに興味を向ける集中力はなかった。

 床屋の主人は「コーヒーを楽しんで」と言ったが、もう僕のカップにはほとんどコーヒーは残っていなかったし、何よりも冷め切っていた。自分の金でもう一杯注文する気にもなれない。ここにこうやって座っていても何もない。さっさと自分の部屋に帰りたかったけれど、デパート内や駅でまた床屋の主人に出くわす可能性がある。何というかそれはかなり気まずい。仕方なしに僕は店内に流れる掠れたジャズに耳を澄ませ、そして、そのうちに短い眠りの中へと吸い込まれていった。

 脚の痙攣で目を覚ます。寝汗で額や脇の下が湿っている。僅かな時間しか眠っていないはずだったが、やけに身体は疲れていて、同時に意識は不思議とすっきりしていた。

 店を後にして、騒々しい町を抜け、駅へと向かう。

 相も変わらず即物的で浪費的な世界に呆れ返り、僕はイヤホンを耳に捻じ込み、キリンジの「エイリアンズ」を流す。光るように碧い空を仰ぎ、僕たちには愛が不足しているのだな、と漠然と思う。しかし、同時に僕にはどうしようもないほどの親密な感情が、床屋の主人のために溢れている。それは愛ではないことは確かだけれど、とても良く似ている。腐敗した愛を濾過し、蒸留したらこんな感情になるんじゃなかろうか。それじゃあまるで酒だな、と僕は自分自身にツッコミを入れ、目についたコンビニへと入った。そこで缶ビールを買い、少しその辺を歩いてから帰ることにする。上手い具合に、缶ビールのプルトップを押し割ると、曲目はOKAMOTO’Sの「偶然」に切り替わった。愛や恋なんてクソくらえ、だな。弾ける炭酸に高揚感を隠せず、僕の愛と恋は全てキミに捧げよう、とアルミ缶の淵に溜まった金色の液体にフレンチ・キスを送る。

 

                         *

 

 自前のパソコンのフォルダ整理をしていたら、昔に書いた日記のようなものが出てきた。いや、日記ではないか。それは大学を卒業して就職し、半年ほどたった夏の終わりごろに書かれた一連の文章だった。

 

 何分の一かの自分を殺して、近くの雑木林の比較的日当たりの良さそうな場所に埋め、その尊い犠牲の背を踏み台に僕は大いなる一歩を踏み出したわけだが、これと言って感慨のようなものも無く、無為に夏が過ぎ去った。

 

 そんな恰好つけた一節からその文章は始まっていた。それからは腐った湖の上澄みのような日常の愚痴がしばらく続くので、それらは改めて書き出すほどの価値もない。はっきり言って、会社に迎合することに成功してしまった今の僕にはほとんど共感もできない内容なのだ。しかし、その上澄みをすっかり濾してしまうと、今の僕にも無関係とは思えない話が現れてくる。

 

 小学四年生の頃だったか。僕は両親の仕事の都合で転校し、とある田舎町へと越して来た。転校したという事実は思い出せるのだが、転校前の学校のことがよく思い出せない。ただ都内のごちゃごちゃとした小学校に押し込まれ、淡々と勉強し、塾に行き、ゲームやら何やらをして普通に過していただけだったように思う。幼さもあるだろうが、これと言って記憶に残っていることもなく、漠然とした断片がふとした時に思い出されるくらいのものだ。だから、転校すると決まった時も転校後の不安こそあれ、現状に対する未練のようなものも特になかったように思う。何よりも僕がそのとき通っていた学校では転校する子が多かった。

 そうして僕たち核家族は父の会社からあてがわれた社宅で生活を始めた。A棟からC棟まで大まかに3つの棟がある。それぞれの棟は4階建てでエレベーターもなく、50弱の世帯が入居できた。つまり、その団地には総じて150ほどの世帯が暮らすことができたのだ。と、今になって僕はそんな数について計算をし直している。僕たちが暮らしていたのは、C棟の四階の端から8番目の部屋、つまりC408号室だった。

 僕がそこへ越して来たときには、その団地は人で溢れ返っていて、毎朝学校に行くのに長い廊下を抜け、長い階段を降り、団地の一番奥の方から正面入り口まで歩いていく必要がある。そして、少なくともそのローカルなコミュニティを抜けるまでに十回は「おはようございます」と挨拶をしなければならない。人見知りだった(と記憶している)僕はその十回にも及ぶ朝の挨拶が苦痛で仕方なかった。しかし、両親からは「挨拶はきちんとしなさい」と口酸っぱく言われていたので、僕はそれを仕方なく守っていた。父の会社での立場、母の団地での立場、それらを保証するためには僕は礼儀正しい子であらなければならない。幼心にその責任の重さを感じ、僕は自分のできるだけの愛嬌を持って笑顔を振りまいていたように思う。最初は苦痛だったけれど、そのうちに感覚も麻痺してきて、まさに痺れるような笑顔が僕の処世術となった。

 父は中途半端に優秀だったのだろう。本社から派遣されてきた鼻持ちならない管理者として父は、すなわち僕たち一家は奇妙な歓迎をされた。その団地に住むほぼ全員が僕たち一家を微妙な距離感で監視していた。何か粗の一つでも見つけたら井戸端会議でのネタにしてやろうという魂胆が僕にもよく伝わって来た。それ故に、僕もまた下手を打つことができないという心境になり、育ちの良さを感じさせないよう努力し(僕の一家は別に上品でも何でもなかったけれど、たとえば「おはようございます」ではなく、できるだけ「おはよーございます」と聞こえるように挨拶をしていた)、かと言ってあざとさを感じさせるような子供らしさも見せないよう気をつけていた(「おはよーございまーす」でもダメなのだ)。

 種々雑多なジャーナリズムに触れてきた現代人なら皆まで言わずともわかると思うが、人の目ばかり気にして育ってきた僕のような人間がまともな人間に育つだろうか。期待を裏切って申し訳ないが、残念なことに僕はまともな人間に育ったのだ。

 父は中途半端に優秀な人間だったと僕は言った。父は会社の地方工場を管理する立場の人間として派遣されてきた。しかし、実際には父には会社より特命が与えられていた。というか、与えられることになる。最初はおそらく普通に管理職として業務を行っていたはずだ。しかし、僕が五年生か六年生くらいの頃、父が母に団地を出ようと話を持ち掛けていたのを僕は目撃した。ありきたりだけれど、夜遅くにトイレに目が覚めた僕はそれを盗み聞きしたのだった。

 最初は僕にもどうして父が引っ越ししようなんて持ち掛けたのか全く分からなかったが、その後何年かしてとある出来事を機に次第に状況が呑み込めてきた。たしか中学2年くらいのときだったか、僕は同じ団地に住む同級生数人からちょっとした暴力を振るわれた。相手は別に不良少年というわけでもないけれど、特段評判が良いとも言えない連中だった。僕が願ったことではないが、教師からも同級生からも比較的評判の良かった僕を殴ったとして、自然と彼らは目障りな生徒として隅に追いやられることになってしまった。僕はそれを傍観し、親のことでギクシャクするのは辛いね、なんて綺麗ごとを仲間内に言い聞かせながら、それでもかなり動揺していたのが事実だった。僕の父が会社から与えられた業務はその地方工場のオートメーション化に伴う人員削減における人事だった。

 父は情に篤い人間でもなかったけれど、かと言って冷血な人間とも言い難い。父は父なりの完全とは言い切れない公平性で以って、会社からの役割を全うしたのだと思う。僕は同級生から殴られたけれど、やはり彼らを含め、彼らの家庭の経済的大黒柱が例外的に価値のある人間だったとも思えない。僕ら一家も含め、その一連のちょっとした騒動における登場人物はみな凡庸そのものであり、現実社会の理不尽さに抗う術を持たなかった。故に僕は殴られ、殴った奴等は簡易的な村八分に処されたのだった。

 ちなみに母がその団地から出ることに反対した理由は、微妙な感情によるものだったろうと僕は想像している。残念ながら母は感情的な人間だったし、選民思想とまでは言わないが、時おり自らが理解できない相手を見下すところがあった。僕なりに母の気持ちを代弁するのであれば、こちらに主導権があるのだから屈するならば私たちではなく彼らの方だ、という感じであろう。代弁者である僕の攻撃性が彼女の本質とは不釣り合いであるため、代弁しながら僕はどうしようもない違和感に苛まれるのだが、しかし大局的には間違っていないだろう。

 そんなこんなでその団地からは次第に人が消えていった。僕の父の二つ名が「死神」になってからというもの、僕には挨拶の義務もなくなり、ただのいけ好かない少年として勝手にレッテルを貼り付けられた。彼らは僕を目の上のたん瘤のように考えていたのかもしれないが、たん瘤である僕からしたらもはや彼らがどんな瞳の色をしていようが関係のないことだった。僕は団地によって訓練された賢しさを両親や教師に対して行使し、退屈な学生生活を営んでいた。

 僕は父よりも打算的で、母よりも自惚れたつまらない人間だったけれど、それでも愛が全く無かったというわけでもない。と、自分では思っている。

 その団地には、僕が唯一心を許せた2人の人間がいた。

 最初に概略と結論だけ言えば、1人は僕とバッテリーを組むSという男と、もう1人は僕らを支える幼馴染であり情の深いマネージャーであるNという女だった。僕は野球をしたことがないし、あくまでそれらは比喩でしかないけれど。そして、そんな僕ら3人の関係性は、僕たちの父親が勤める会社の事務的な事情によって引き裂かれることになる。つまり、彼らの父親の転勤が後に決まるということだ。ただそれだけの話だ。

 後にも先にも、僕が親友と呼べたのはあの頃のSだけだし、愛した女というのもNだけだ。

 もちろん今となってはあの頃の僕が抱いていた感情がいったい本当に本物であったのかという疑念しかない。前世がワラジムシだと言われた方がまだリアリティがある。ただそうは言っても、僕の記憶が何者かによって操作された疑似記憶でない限り、僕には確かに友情や恋心があり、それは今のようにイマジナリーなものではなく、きちんと向けるべき相手が実在するものだった。

 幸運なことにSとNの一家は、死神の餌食にはなっていない。彼らの家族もまた僕の父と同じような立場でこの団地へと都心から送られてきていた。彼らもまた死神の一族みたいなものだったのだ。そのせいかどうかはわからないし、命はみな平等と考える僕からしたらあまり喜ばしいことではないのだけれど、僕とSとNはほかの同級生との間には築くことのできない親密な絆を作り上げることができた。それは単に幼少期を都心で過ごしたというもっと厭味の無いところに理由があるからかもしれないが、しかし、やはり僕たちは一様にその団地で薄っぺらい笑顔を顔面に貼り付けていたのも事実であった。

 言わば僕が憎むべき社会構造が僕らの結束力を強化していたのだ。僕らはその事実に幼いながらも気づき、しかし、幸いなことにそれを言語化する能力を持ち合わせていなかった。もし僕らの関係性の中で最も価値のある救済を上げるのだとすれば、それは僕たちの関係性が引き千切られる前に、僕らの理性が厚ぼったい花を咲かせなかったということだろう。僕らはあの頃、まだ醜悪な合理性を持ち合わせないただの無垢でつるつるとした種であった。柔らかな土の中で身を寄せ合い、染み入る雨粒を分かち合うただの種であった。

 具体的なことを思い出そうとすると僕の胸と頭はひどく痛む。胸の痛みは確かな感触として僕の海馬をごんごんと殴ってくる。しかし、頭の方はその呼びかけに対して非常に冷静に、あるいは冷徹に首を横に振り、ノーを突き付ける。漠然とした記憶の残滓のようなものは何となくあるのだ。それをまるでスナック菓子の最後の細かい欠片みたいに袋の中で一か所に集め、口の中に流し込むことはできる。しかし、それはもはや形のない味であり、具体性の欠けるただの残骸でしかない。記憶の探索に失敗すると頭の方は激務から解放されて、大きく伸びをする。胸の痛みだけが事態を把握できないまま閉められたシャッターを両手で殴り続けている。あぁ、忌々しい。

 というわけで、思い出すなんて高度なことはやめようと思う。

 しかし、本当にどうでも良い色々な力学的推移についてはどうしてかよく思い出せる。というか、僕の健気な淡い思い出は論理的な脈絡というものがないため、どうにも再生不可能なのだが、なぜ彼らがその団地を去り、取り残された僕がどう感じたのかということは原因と結果が密接に関係した非常に整合性ある時系列であるため、再構築がしやすいのだろう。

 SとNはまったく一緒の時期にその団地を去っていった。

 彼らの両親はたしか同じ部署で働いていたので、人員削減に伴いその部署ごと消滅したためそういうことになったのだと僕は推測する。少し訂正する。人員削減に伴い、ではなく、人員削減を完遂したことで、がより正確だったろう。僕の父は死神と呼ばれるくらい最前線で他人の人生に引導を渡してやっていた。そして、あらかた整理整頓が完了した後で、そのまま父はその綺麗になった部屋の鍵を渡され、そこを管理するよう言い渡された。対して、SとNの父親はもっと上位の存在だった。僕の父は大掃除のゴミ出しをしたに過ぎない。大掃除の後の部屋のレイアウトを決めていたのは、SとNの父親だったはずだ。僕たち3人は家族ぐるみの付き合いをしていたが、節々でそのような上下関係があることを僕は感じ取っていた。

 その微妙にして絶対的な上下関係は僕たち3人の関係性の中までは侵食してこなかった。僕たちは常に対等であったし、自分で言うのも愚かしさ極まりないが、3人の中では僕が1番キレる存在だったように思う(ちゃんと「おはよーございます」と挨拶ができるのは3人の中では僕だけだった。2人は「おはよーございまーす」と挨拶をしていた)。といっても、よくよく考えてみれば彼らと僕とは立場が違うのだ。僕は死神の子供として周囲の目を異常なまでに気にしなければならなかったが、2人はもっと伸びのびとしていた。逆説的に言えば、僕はあの2人よりも育ちが悪かったのだ。僕たちの関係性は対等だったが、しかし、もしそこに不平等が紛れ込んでいるのだとすれば、そういった僕らの背景の色に多少の差があったことは否定できない。そして、その微妙な差異が後の僕の心を痛めつけることになる。

 少し話が逸れるが、そう言えば殴られたのは僕だけだった。僕を殴ったやつも、SやNを殴ったりはしなかった。まず2,3歩譲ってNは女だったから除外しよう。しかし、それでもNが同性の間で妬まれていたということもなかったはずだ。無論、僕には女子社会の複雑極まりないシステムなんて理解できないから、彼女が実際にどんな立場にあったのかまではわからない。しかし、仮に彼女がそういった困った立場に追い込まれていたのだとしたら、少なくとも僕たちに相談をしたことだろう。それくらいの信頼関係が僕たちにはあったように思う。なんて言ったって、僕たちは彼女の初潮の現場に居合わせていたし、そのとても繊細で微妙な問題について3人でちゃんと対応し、解決まで導いたのだ(具体的な思い出は何一つ思い出せないと僕は言ったが、この時のことを僕はよく覚えている。公園の草陰に恥ずかしがるNを隠し、僕はSに事情を説明してやる。どこで仕入れたのか僕自身わからないのだが、僕にはそれがどういうことなのかある程度のことを理解できていた。そして、僕とSとは話し合い、Sが図書館で借りた本をNに渡し、とりあえずNを1人で家に帰した。Nの初潮の現場に男が居合わせたということは、何となく彼女の母親に知らせるべきでないと思い、その日のNは偶然僕たちとは別行動をして図書館に行っていたというエピソードを作ったのだった。本の裏表紙にある貸出カードだけは見られないように気をつけて、と僕とSはNによく言い聞かせた。いま思い返せばあまり意味のないことのようにも思えるが、僕たちは僕たちの問題を僕たちだけで解決することができたのだ。少なくとも、その成功体験が僕たちの関係性をより緊密にした。僕たちは苦難を分かち合い、それに立ち向かうために結集した仲間なのだという気がしたものだ)。

 脱線した話をさらに脱線させてしまったが、そんなわけで工場の人員削減に伴うごたごたにはNは巻き込まれていない。Nが女であったことは関係ない。なぜならSもまた直接的にはそのごたごたに巻き込まれてはいなかったからだ。その理由はいくつか考えられる。まず、僕を殴った連中が会社の実態をよく知らなかったということが考えられる。つまり、僕が殴られたのは僕の父がゴミを捨てている現場を見られたからだ。しかし、事実としてはおそらくSとNの父親が僕の哀れな父にゴミ出しを命令していたのだ。そして、そういった指揮命令系統が確立されているのだということを、僕を殴った彼らや彼らの両親はよくわかっていなかったのかもしれない。これは充分に考えられる可能性と言えた。

 次に僕だけが殴られた理由として考えられるのは、単に順番の問題だったという可能性もある。先述の通り、僕は最も憎まれるべき敵だったろう。仮に僕を殴った連中が僕の背後にSやNがいることまで気が回っていたとしても、まず1番に殴りたいのは僕だったろう。そして、計画通り僕を殴ることには成功したが、しかし思いのほか事が大きくなり、SやNに手を出すまでは至らなかった。この可能性もないでもない。もし、あの時点で事が大きくなっていなかったら調子づいた連中がSやNを手にかけなかったとは断定できない。SやNがあの団地に住んでおり、また東京出身であるということは周知の事実だった。魔女狩りのようにして犠牲の連鎖が広がっていく可能性はたしかにあったはずだ。

 と、そんな恰好をつけた言葉を使ってみたけれど、実際にはこれらの理由は僕の中ではあまりしっくり来ていない。もちろん幾分か含まれていることは否定できない。でも、主たる要因ではないだろう。根本的な問題はもっと別のところにある。それはつまり、3人の中で僕が最も厭味ったらしい人間だったから僕だけが殴られた、ということだ。仮に僕の父に指示を出していたのがSやNの父親であったことが知れ、その上で僕が殴られたことが黙殺される状況であっても、あの2人は最後まで殴られはしなかったんじゃなかろうか。僕には何か人の勘に障るところがあるのだと思う。僕は「おはよーございます」と挨拶し、痺れるような笑顔を顔面に貼り付けていたから。僕は初潮の意味を知り、作り話をでっち上げる人間だったから。

 たしかに僕の評判は良かった。でも、そこには僕の評判を良くせざるを得ない何らかの力が不正に働いているのも事実だった。「この人は面と向かって否定しづらい」という人間は身の回りにもよくいるが、僕はまさにその最たるものだったと思う。僕ほど必死に「否定させまい」というバリアを張っている人間もそういないだろう。そして、不思議なことにそのバリアは比較的強い効能を発揮している。それが僕の評判を便宜上高め、僕を殴った彼らを村八分に処し、そしてもっと言えば、彼らに僕を殴らせたのだ。僕にはそんなつもりはないが、つまるところその一連の小さな事件は自作自演の茶番劇のようなものだったとさえ言える。SやNにはそういった僕の持つ醜悪な部分はあまりなかった。彼らの評判は妥当だったし、何か温かいパーソナリティを感じさせた。僕が殴られた翌年の夏前に2人はその団地から出ることになる。その頃には僕は、彼らのそういった優れた面に対して劣等感を抱くようになっていた。

 彼らは2人して東京へと帰っていく。僕たちは幼い頃からこの土地にいて、この土地で育ったはずだった。しかし、どうしてか僕たちにはここではない、もっと美しい故郷があるのだという気がしていた。よく、東京の美しさについて3人で語り合ったものだった。SもNも引っ越していく前は、「ここに残りたい」と語ってはいた。しかし、それが半分は本心でないことが僕にはよくわかる。新しい土地に行くのは不安も大きいだろう。しかし、そこに広がっている可能性に期待できないほど彼らは臆病ではなかったし、視野の狭い人間でもなかった。僕は1人取り残されることにとてつもないショックを受けた。

 結局僕はNに自分の恋心を打ち明けることができなかった。彼女が僕のもとを去る頃には、僕の平熱と彼ら2人の平熱が違うことが何となく感じられたものだ。僕は殴られ、2人は殴られなかった。僕が殴られたことに2人は憤り、僕を擁護してくれた。そして彼らのその擁護は何とも涙ぐましいことに、決して攻撃に転じることはなかった。はっきり言って、僕は自分の持てる全てを尽くして、僕を殴った連中を追い込んでやろうという気になっていたのだが、2人のおかげで立ち止まることができた。僕は立ち止まり、僕を殴った罰で村八分にされる彼らの傍観者でいられた。「親のことでギクシャクするのは辛いね」なんて物分かりの良さを示すための恰好つけたセリフを吐くくらいで済んだ。ただ、微妙な違和感が残る。SとNの心には憤怒があったけれど、僕の心には呪詛しかなかった。中学生の僕にはその違いをただの違和感としてしか持つことができない。しかし、その違和感はどこか恥や負い目といったものを感じさせた。風邪を引いたときに額や脇や背を伝う汗のように、その嫌な感じはじっとりと僕を濡らし、僕の意識を変容させていく。

 僕に当初あったのは仲間意識だけだった。しかし、僕らは仲間ではないのだ。少なくとも同族ではない。僕の仲間意識は友情と恋心に変容した。これは単純に思春期における心理的な成長なのか。もし僕がいくつかの思春期を経験できるのだとすれば、その答えも見つけることができるかもしれない。しかし、残念なことに僕は自分の人生1回分の思春期すらまともに向き合えずにいる。僕は心根の優しいSを唯一無二の親友と考え、互いの足りないところを補い合い、背中を任せ合うバディのように考えた。僕は美しく切ない表情で笑うNを、淡く脆く触れれば割れるガラス細工か、あるいは希望や活力を与えてくれる新鮮な花かのように考えた。表向きは昔から変わらないただの仲間であるかのように振舞って。

 僕がそういった感情を彼らに打ち明けられなかったのは、僕がひどいはにかみ屋でひどい恥ずかしがり屋で、ひどく臆病な人間だったからだ。だが、彼らがここを去っていくことを知ってからはもはやただ諦めによってのみ口を開けなくなってしまった。思春期の僕は確かに何らかの分岐点に立たされていたのだ。しかし、それが分岐するより前で、まるで庭木を剪定するような感じで、僕たちの関係は断ち切られる。美しい少年期の思い出として僕らは時の中に止まる。ありきたりだが、冷凍保存という言葉がやっぱりしっくりとくる。そこには後悔すらないほどに、ただの諦めが満ち満ちていた。水槽にはひたひたにまで冷たい水が入っていて、僕が身をよじるだけで、その気高い表面張力は破壊され、淵から流れ出した雫が汚れた水垢を残してしまう。

 彼らが仲良く、爽やかな笑顔を残して去っていった後、僕には中学最後の長い夏休みが待ち受けていた。表向き僕は受験勉強をしているように装いながら、その長い夏休みを漠然とした想いの中で過ごした。僕を唯一慰めてくれたのは、2人が別々の中学に転校したということだった。しかし、彼らは2人とも東京という、あの町……僕たち3人が思い描いた空想の町の住人となったのだ。現実的に考えて、休みになれば一緒に遊びに行ったりすることができるのだ。ありきたりな嫉妬だったが、その頃に読んだ本には「ありきたりな悩みが一番辛いものだ」とあった。その言葉にひどく満足した僕は団地の薄暗い部屋から、熱を持ったコンクリートやトタンに気前よく振り付ける夕立を眺め、目を潤ませ、鼻を啜った。僕も泣くのだな、と思った。

 団地はとても静かになっていった。SとNと僕の父たちは仕事を成功させたのだ。その成果がこの団地に静けさという記念碑を打ち立てた。ある者はカーテンを残して部屋を去っていったが、大多数はカーテンを持って消えていった。だから、夕方になると西陽が向かいのB棟を虫食い状にオレンジに染め、調子の良いときにはその薄汚れた窓ガラス越しに、A棟までが見通せた。団地が静かになればなるほどカラスの鳴き声が耳に障った。

 その頃、僕はよく一人で団地の駐車場に行った。家の押し入れから軟式の野球ボールとグローブを見つけ、一人で壁に向かってボールを投げ、跳ね返って来たボールをグローブで捕球する。3日もすれば飽きた。次に僕はサッカーボールをどこかからかっぱらってきて(1階にある空いた部屋の庭の伸び過ぎた夏草に隠れていたのだと思う)、今度はそれを壁に向かって蹴った。それも3日もすれば飽きてしまった。最後に父の部屋からアコースティックギターを持ち出して、それを駐車場で弾いた。これは2週間くらいはもったと思う。が、一度急な夕立に降られてしまうと、ギターを汚して父に怒られるのを恐れてそれもやめてしまった。とりあえず、僕の手元には何も残っていなかった。

 今日、仕事を定時で上がり、一駅手前で電車を降り、一度も足を踏み入れたことのないスーパーに行ってみた。いつも行っているスーパーとたいしてラインナップは変わらない。ただ、そこにはしっかりとした酒屋の一角があり、色んな種類の酒があった。そう言えば、僕にはもうある程度の金があるのだ。いつだったかアユナと飲んだウイスキーの銘柄を思い出そうと努力してみたけれど、SやNとの思い出のようにそれはうまく思い出せなかった。仕方なく、僕は目についた1本を買うことにした。こんな高い酒を負い目なく買えるようになるなんて、僕はなんてところに来てしまったのだろう。

 帰り道、大きなインテリアショップを見つける。平日の夕方だからか駐車場はがらんとしていて、数台の車が停まっているだけだった。少しばかり前衛的な形をした電灯が等間隔で並び、足元には正確な淀みのない白線がアスファルト上に駐車スペースを切り出している。全国にチェーン展開されている店名のロゴが眩い照明で照らされている。店の窓ガラスの中、そこの天井にもやはり規則的な光が灯され、ある種完璧とも言えそうな秩序がそこには形成されていた。一瞬だけ雨の匂いがしたけれど、空の雲はまばらで雨が降りそうな気配はない。僕の思い違いだったみたいだ。

 僕は高価なウイスキーを片手に歩き続け、街灯の光に吸い寄せられる虫のように自然な歩調でファミレスへと入った。そこも初めて入る場所だったが、どうしてか懐かしい。よくよく考えて見れば、子供のころ両親によく連れて行ってもらった系列の店だ。久しぶりにメニューを見て、違和感を抱きもするが、散りばめられたメニュー名を見ると不思議と昔に食べたものが思い出される。もう十年近くも経っているのに同じメニューがある。タイムスリップしたような心地がした。

 注文して少し感傷に浸っていると、すぐに料理が運ばれてきて、腹の減っていた僕はそれを無心に貪る。空になった皿。まだ微妙な空腹感が残っている。コップに残った水を飲み干す。コップを覆っていた水滴が指先に付き、その指先の僅かな水で僕は額にこびりついた皮脂を溶かす。紙ナプキンで濡れた額を拭いてから、立ち上がり、鞄と酒を持ち上げる。会計を済ませ、店を後にする。少し振り返り、店内の温かな光をもう一度だけ。前に向き直り、すっかり暮れかけた町の道を歩く。大通りから住宅街に入り込み、いくつもの家々を通り過ぎた。

 古びた、凡庸な家。台所の窓から焼いた魚の匂いが漂ってくる。僕は立ち止まり、その家を眺めた。広間の窓ガラスはまだカーテンが閉められる前で、無人の観客席に向かって地方局のリポーターがにこやかに微笑みかけていた。ふと、僕はその家に入ってみようという気になる。感じ良く笑顔を作り、「ねぇ、お腹減った」と言えば老いた優しい婦人は僕を受け入れ、少し焦げた焼き魚と熱々の白米と味噌汁を振舞ってくれるはずだ。思い出話に花を咲かせ、風呂に浸かり、パジャマに着替えて眠る。朝起きたらそこから会社に向かえばいい。そんな風にして僕は毎日いくつもの家族の一員になり、毎日温かい夕飯と柔らかいベッドで眠るのだ。

 本当に僕はその家の敷地に入り込もうとして、寸でのところで立ち止まる。

 溜息を吐き、僕は自分が帰るべきアパートへと歩き出す。そうして、僕は高いウイスキーのプールでクロールで泳ぎ、息継ぎをしてはこのやっかみばかりの文章を書いているというわけだ。

いったい誰が僕から何を奪ったのだろう。でも、確かに僕は奪われたはずだ。でなければ、こんなにも腹が空くはずがない。

 

                         *

 

 何を思ったか、雪が降りしきる中、僕は大学へと足を運んでいた。電波工学の講堂は酷く寒く、チョークを振るう教授もさっさと授業を止めにして、自らの研究室に戻りたそうに見えた。僕はこの雪と寒さを呪い、また変な気を起こしてのこのこと講義を受けにやって来た自分に止めどない苛立ちを覚えながら、マクスウェルが呼び集めたという方程式を解いていた。ほとんど大学で勉強をしてこなかった自分には、三角をひっくり返した演算子が意味することもほとんどわからず、教科書の随分と最初の方のページを捲り返し、凍えながら気の遠くなるような偏微分を繰り返した。

 1限目の講義が終わると、僕は真っ先に講堂を後にし、2限目の講義への出席を諦めると図書館を目指した。相変わらず羽毛のような重たい雪が降り続けている。わずかだが珍しく溶け切らない雪が道の端で白く残っている。派手な色のコートを着て、通りを歩きながら雪にはしゃぎ喚き散らす大学生。彼らを見ると、この寒いのに笑ってられるなんて頭がおかしいんじゃないか、と殺意が沸いたが、その殺意すらも僕にとっては暖を取るための薪の一片にしか過ぎなかった。僕は身体の芯から冷えてしまっていた。

 図書館は温かく、本の匂いは優しかったが、たむろする大学生はやはり鬱陶しかった。本には悪いが、ここで自爆テロをキメて、建物から人間まで全て燃やしてしまえば、少しは世界も暖かくなるだろう。気分も晴れやかになろう。僕はそんな呪詛の言葉をぶつぶつと唱えながら、図書館のさらに奥地を目指した。僕が唯一大学内で口を利くことのできる先輩が、いつもの高分子化合物の書架近くの自習スペースにいるはずだった。

「珍しいな」先輩は深緑色のセーターの袖を捲って、僕に向き直りながら言った。黒縁の眼鏡にほつれたような髪の毛。いかにも頭の良い変人といった風貌だ。

「自分でもなんでこんな日に限って大学に来たのか、訳がわかりませんよ」

「雪が降って気分が高まったんじゃないか?」

 僕はじっとりとした視線を先輩に向ける。彼の言ったことは当たっていて、確かに僕は雪の美しさに心惹かれ、部屋を飛び出して来たのだ。結果、寒さに苛立ち、今朝方の自分のようにはしゃいでいる大学生にも苛立ち、こうして2限目をすっぽかしてここに来ている。わかりやすい自己嫌悪に陥る。

「しかし、こうして会うのも久しぶりでなかったか」

「数か月ぶりでしたかね。一応、1週間に1,2度はちゃんと大学に来てはいたんですよ」

「それを『ちゃんと』と言うのは、何か違う気がするがな」

「僕にとってはそれが精一杯の『ちゃんと』なんです。まぁ、それはそれとして、ご無沙汰してました。ここのところ、あまり人に会う気になれなくて」

「まるで対人恐怖症か何かの精神疾患者みたいなことを言う」

「病名でもついたら、いじめられないし、もう少しは楽なのかな……andymoriの『クレイジークレイマー』という曲にそういう歌詞がありますけど、まさにそんな心境ですね」

「本当に病院には一度行った方が良いと思うぞ。上手くいけば致死量の睡眠薬が手に入る。大事に取っておけば、いざという時に誰かをそれで殺すことができる」

「僕の場合、たぶん加害者と被害者は同一人物になりそうですね」

 久しぶりに生身の人間とのまともな会話だったが、僕は思いのほか自分がうまく喋れていることに嬉しくなる。この風変わりな先輩も同じように僕との会話を楽しんでくれていれば良いのだけれど。

 僕はまるで何かを弁明するように、自分がここへやって来た理由を説明する。つまり、朝方思い立って大学に来てみたものの、やはり寒くて1限で講義を受けるのは断念してしまったこと。そして、暖を取るために図書館に訪れ、湿った岩を裏返したみたいに有象無象が蠢いているのを目にしたくなくて、こんな奥までやって来たこと。幸運にもいつものように先輩がいたこと。だから、別に最初から先輩目当てでここへやって来たというのとは少し違うということ。

ツンデレ女子に言われたら、なかなか喜ばしいことなんだけれどな」先輩はほとんど表情を変えずにそんなことを言う。

「まぁ、でも実際問題として、先輩がいたのは本当にラッキーでしたよ。実はこうやって人と話すのは結構久しぶりなんです。さすがに少しくらいは人と話さないと、本当に病気になってしまいそうで」

「俺なんかよりはお前は随分とまともそうに見えるけどな。まぁ、得てしてそういうまともに見える人間の方が色々と周りに気を遣って気疲れするのだろう。俺みたいに、自己と他者を完全に割り切ってしまえば、かなり楽になれると思うんだがな。どうやらお前にはそれができないらしい」

「僕だって、別にあまり人の目を気にしているわけではないんですけどね。ただ、人間というものがとことん嫌いというだけで」

「好き嫌いという次元に他者を置いている時点で、お前はまだ割り切りが甘いということなんだろう。俺は別に人間なんて好きでも嫌いでもない。ただのどうでも良い存在だ。空間上に位置するただの質点に過ぎない」

「先輩の話を聴いていると、なぜか勇気が湧いてきますね」

 ただ自らの無気力のせいで「まとも」そうな他者を僻んでいるだけの僕よりも、この先輩はずっと世間一般とはかけ離れた思想を抱えて生きている。それでも僕よりも気楽そうに見えるのはどうしてなのか。大事なのは自分がどういう人間なのかということではなく、どのようにして自らと社会の重心を規定するかということなのだろう。つまり、先輩はその重心のバランスの取り方に長けていて、僕はまだ不慣れということなのかもしれない。いずれこんな僕でも成熟していけば、そういうのが上手くなるのだろうか。そう考えると、少しは僕も気が楽になる。

「俺もお前を見ていると勇気が湧いてくるよ」

「それは嬉しいですね。僕の生まれてきた意味は、怠惰に生きることで誰かに勇気を与えることなのかもしれません」

「たしかにそういう一面もあるかもな」先輩は開いたノートの上にシャーペンを置いて、腕を組む。それから僕を見上げた。「が、俺が言いたいのはそういうことではない。お前はドン・キホーテを知っているか?」

「激安の殿堂の?」

「たしかにあの価格設定からも勇気のようなものを感じるが、俺が言っているのは風車と戦う話の方だ。読んでいないなら、あらすじだけでも調べてみた方が良い。何かしら思い当たることは出て来るだろう」

「あらすじくらいなら僕も知ってますよ。たしか、自分を騎士だか戦士だかと妄想して、風車に戦いを挑むんですよね。つまり、先輩は僕が見当違いの敵に戦いを挑んでいる頭のイカれた人間だと思っているってことですか? まぁ、僕もそれを否定することはできませんが」

「違うよ。喜劇というものはよくよく考えてみると残酷だったり、人間の醜悪さが見え隠れしていたりすることが多い。シンデレラだって、あの王子はただのストーカーだしな。きっと忘れていったガラスの靴の匂いを嗅ぎながら、毎晩オナニーに耽っていたに違いない」

「たまに先輩はとんでもなく下品なことを言いますよね」

「俺の下品さはどうでもいい。が、もしシンデレラの王子がそういう変態だったらお前はどう思う?」

「別にシンデレラだって曲がりなりにも育ててもらった家を妬まれながら飛び出してるんだから、お互い様だし、お似合いのカップルなんじゃないですか? 僕はどっちも嫌いですけど」

「風車に挑むようなドン・キホーテをどう思う?」

「妄想狂のバカでしかないですけど、彼がそれで楽しいならいいんじゃないですか」

「ちなみにネタバレ的になってしまうが、ドン・キホーテは風車と戦った後、自分のお姫様だと思い込んだ女の後をつけていくんだ。そして、その町娘が貧乏人の男と駆け落ちしようとしているところに出くわす。そこでは町娘の父親が逃げ出した彼女たちに追いついて、その駆け落ちを阻止しようとしていた。ドン・キホーテはこれを見て、自らの騎士道精神に則り、父親を剣で脅し、駆け落ちを手助けし、晴れてその町娘と貧乏人は結婚することになり、めでたし、めでたし……そういう話なんだが、これについてはどう思う?」

「色々と話の筋が通っていないような気がしますが。まぁ、皆がそれで幸せってなら別にいいんじゃないですか。僕は登場人物の誰も好きになれないと思いますけど」

 先輩は視線を下ろし、ノートの上からシャーペンを取り上げた。聞きたいことは聞き終えた、という感じで。そして、小さく息を吐き出すように笑った。

「1つだけ忠告というか、再確認をさせてもらうがいいか?」

「なんでしょう」

「喜劇は楽しむものだ。イデオロギーを戦わせたり、糾弾したりするものじゃない」

「先輩みたいな大人になれたら、僕もそうしますよ」

 

 僕たちを知らない人が僕と先輩の会話を聞いていたら、きっと僕たちが仲違いをして別れたという風に見えたかもしれない。が、僕は先輩との会話にいたく満足して、温まった心を抱きながら図書館を後にした。柔らかいカーペットを踏みしめ、角を曲がるときに振り返り、テキストに齧りつく先輩を遠くから見つめたりもしたかもしれない。彼の頭脳が滋養に充ちることを願う。

 外ではまだ雪が降り続けていた。相も変わらず、鉛色の空は寒々しく、吐き出す息は白い。肺は水で満たされていて、それが急激に凝固しているのだと思う。不思議なものだ。僕は思い切って息を深く吸い込んでみる。僕の肺の中で、雪の結晶が浮かび、霜が降りる。それはまるで熱せられた鉄板の上の牛脂のように、じんわりと溶けだしていく。先輩との会話で温まった心が凍結をいなすのだ。その喜ばしい状態変化に口元が緩む。

 ふと、時間が気になる。が、生憎僕は腕時計というものを見に着けた試しがない。

 辺りを伺いながら、静かなキャンパスの中を歩き進んでいく。名も知らぬ街路樹の暗色の葉には装飾的な綿雪が纏いついている。石造りのベンチは真っ白な苔を生やしたように見える。苛立ちを覚えるとしたら、風情を踏みつける学生たちの無頓着な足跡だ。歩みを止め、後ろを振り返る。自分の足跡もそれに紛れて、判別をつけることは適わない。僕はまた白く凍りつく溜息を中空に投げ出す。洞窟の天井のように覆い尽くす空を睨んだ。眉間に皺を寄せると、自分がタフで孤独な一九七〇年代の映画俳優になったような気分になった。その頃の映画なんてまともに観たこともなかったが。そして、一定の空間的な隔たりの向こうに、僕は黒い円形の縁取りをした、至って普遍的な形をした時計を見つける。

 まだ人で溢れ返る前の食堂で昼食をとり、午後からのことはそのときの気分で決めよう。まぁ、どうせ食後の眠気を抱えたまま自室に帰ることになるのだろうけれど。

 不意に風が吹きだす。粉雪が舞う。顎を引き、マフラーの淵を温かい吐息で濡らす。食堂で具材という概念を失ったカレーを食い、コンビニでビールとおでんを買って帰ろう。足を踏み出す。靴の下で、圧力を受けた雪が溶けだす。酸化二水素。高い電気陰性度と、美しい電子配置により、凝固時に体積が増大する不可思議な物質。ありふれた物質。

 

                            *

 

 金曜。執拗とさえ形容できる残業に愛想を尽かし、電車に揺られて自宅に帰る。塾帰りの女子中学生が英単語帳に視線を落としている。彼女の真摯で澄んだ瞳には何か心をそそられるものがあったが、彼女がそのようにして健気な努力を続けた先にあるのが、僕みたいな三角コーナーの生ゴミ的人生なのだとすれば、憂いより他の感情は湧き上がらない。

 女子中学生を車両内に残し、僕は養分を吸い尽くされた後の大便のように、ホームの上に吐き出される。長い階段に目が眩みそうになるが、周囲の大便たちとのN人N+1脚のおかげで何とかそれを登り切る。無限+1は無限だ。僕の脚は不要になるな。カントならば僕のこの主張を受け入れてくれるだろう。

 気づけば冷え切った自室。スーツを脱ぎ、誰が見ているでもないのに、律儀にそれをハンガーにかけ、皮膚が焦げ付くような熱湯で洗髪、洗体を済ませる。使っていない浴槽には埃が溜まっていた。

 古代都市か理想郷のように乱立するウイスキーボトルのビル群を眺め、うんと高いやつを手に取る。山間の高速道路脇から拾って来たような薄汚れた冷蔵庫、もとい冷凍庫の中から氷を取り出し、安物のウイスキーの付録品でついてきた黄ばんだグラスにガラガラとそれを放り込む。高価なウイスキーをそこに音を立てて注ぎ込み、じわりと氷が僅かに溶けだすのを見届け、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲む。痺れる舌先。灼けつく喉。天井を仰ぎ、息を漏らすと、僕の残業代が柑橘や栗、海底や沈没船となって僕を包み込んでくれた。

 僕も大人になった。喜劇の舞台上で怒鳴り散らすこともなくなったし、苛立ちの芽には高価な酒を浴びせてやればそれは根から腐ってくれる。溜飲は自重で下がる。荘厳なクラシック・ミュージック。荒涼なオルタナティブ・ロック。頑迷なマス・ロック。音楽からのシャル・ウィー・ダンス? アルコールのイエス・オフ・コース。全く以って、ファッキン・マザー・ファッカーという感じだ。あの馬面サディスティック上司は、蹄鉄が酷使による蹄の摩耗を防止するための器具であることを知っているだろうか。熱で光る蹄鉄を自前の蹄に押し付け、さらに焼き付けを行い、釘を打ち付け固定する。こうして、僕はパカラ・パカラと未来永劫走り続けることができます。ありがとうございます。その身が朽ち、火葬されるまで走り続けた後、あなたから授かった蹄鉄はきちんとお返し致します。どうぞ、棺から取り出され、まだお熱いうちに次の駄馬の蹄に打ち付けてやってください。

 社会と自己の天秤におけるモーメントは、重心を僕自身から限りなく遠ざけることによって、ようやくバランスを保っているように思える。たとえそれが僕の思い上がりだったとしても、まぁ、何とか天秤は傾かずにいるのだから、これでいいのだ。実子に飛びっきりのキラキラネームをつけてやる彼がそう言うのだから間違いない。

 

 そのような浪費と消耗を経て、僕は投げやりな眠りを享受できる。1週間のうちで僕が最も僕を駄目にし、かつ幸福にできる時間だった。ファッキン・クソ・人生。

 夜中に尿意で目覚める。神社の賽銭箱に向かって放尿している夢からの目覚め。僕は慌てて、敷布団の湿り具合を確かめる。まずは手でまさぐる。その後、ナイトランプの灯を焚き、重い瞼をかっ開いて目視での確認。陰毛のように縮れた頭髪の影絵がかちかち山を駆けずり回る狸の背に重なる。婆の汁でも喰らったみたいに胃がむかむかする。が、それよりも今は尿意だ。

 数歩の旅路のはずが息が上がる。生命の危険を感じさせる動悸を抱きながら、2001年宇宙の旅ばりに長ったらしい放尿を眺める。そして、巨人のヘッドロック並みに凶暴な眠気に耐えようと、狭いトイレの壁にこめかみを打ち付ける。体重を預け、壁の冷ややかさだけが意識の糸を握ってくれているのだ。永遠とも思える放尿を終え、しばらく局部の先に実る朝露の短い一生を見るともなく見つめる。どうだ、キューブリック。僕はお前の映画を最後まで眠らずに見切ったことがないが、僕はこの長い放尿を終えてもまだ意識を保っているぞ。まぁ、フル・メタル・ジャケットはなかなか面白かったが。

 訓練兵に銃殺されたあの鬼畜な教官のように、僕の脳髄は全身を叱咤激励し、何とか立ち上がり、レバーを押し込む。黄色の渦。イエロー・モンキーのイエロー・リキッド。溜息しか出ない。

 いつの間にか身体が冷え切っていた。僕は布団の中に潜り込み、自分の残していった温もりで暖を取る。とんだ自給自足だ。瞼を閉じて、しばらく待ってみる。が、トイレではあれだけ眠たかったのに、どうしてか眠りに落ち込むことができない。いや、僕は消衰しきっていたし、今すぐにでも眠りたいのだ。しかし、どうしてか眠れない。眠りたいのだが、羊は数時間前の僕がみなジンギスカンにして食ってしまったようだった。痩せ細った羊飼いが途方に暮れて、羊小屋の扉を開け閉めする軋んだ音が頭蓋骨で反響している。羊が0匹、羊が0匹、羊が0匹。たしか数を数える……つまり、1+1=2を成立させるためには、同一でない複数の要素から成り立つ集合を想定する必要があった。それら複数の要素は何らかの理由をつけて1列に並べることができる。い、ろ、は、に、ほ、へ、と……という感じで。仮に「f(い)=ろ」、「f(ろ)=は」という具合に任意の引数の1つ後ろに並ぶ存在を返答するという規則を持つ、写像(関数)「f」を考えた場合、「へ=f(ほ)=f(f(に))=f(f(f(は)))=f(f(f(f(ろ))))=f(f(f(f(f(い)))))」という感じで、全ての要素は、写像「f」と列の先頭の「い」を用いて表記することができる。この関係性をより簡潔に示すために「+」という演算子を用いて、次のように表記してみる。なお写像「f(x)」は「い+x」と同義である。すると、「へ=f(ほ)=い+ほ」、「へ=f(f(に))=f(い+に)=い+い+に」となることから、「へ=い+い+い+い+い+い」のようにも表記が可能になる。当然、「へ=い+い+い+ろ=f(い)+f(ろ)=ろ+は」という風にもできる。まぁ、ここまで言うためには、結合則が成り立つ集合でないとならないが。と、このような写像「f」が成立する、「い、ろ、は、に、ほ、へ、と……」という集合のことを自然数と呼び、我々は普段「1、2、3、4、5、6、7……」という名前で慣れ親しんでいる。「数える」という行為の成果はこの自然数という集合を念頭にしており、故に僕が眠りにつくために必要な条件は「区別可能な羊を並ばせておくこと」となる。生憎、僕は羊をジンギスカンにして食いつくしてしまったし、膨れた胃の中で、彼らは区別不能の肉片の混在=カオスとなっている。僕の腹を裂いて、肉塊を一定の大きさを有する玉にして並べてみたところで、彼らはもう自然数にはなり得ない。負の数や有理数無理数虚数といったものは自然数のルールを拡張して得られる概念であるからして、自然数の成り立たない僕の胃の中にあっては、もはやあらゆる「数」というものの意味が消失してしまっている。しかし、そんな僕にも残されたものがある。「い(=1)」は先頭であるため、本来ならば「い=f(何か)」となるような「何か」は存在してはならない。しかし、デカルトが我思う故に我ありと言ったように、僕たちは先頭である「い」よりも前の存在、すなわち「い=f(何か)」となるような「何か」を既に想像し、故にその「何か」というものを存在させてしまっている。これこそが僕に残されたものであり、馴染み深い名前で彼を呼ぶならばそれは「0」となる。「存在しない」ということを表明するための存在、つまり「0」がそこには確かに存在しているのだ。僕の好きなアニメで、並列化された人工知能はデジタル版の神を「0」と洞察していた。体系をその体系たらしめる上で要請される、意味の不在を規定するための記号……そのアナログ版が「神」であり、デジタル版が「0」であると。まさに、その通りだな、と僕は思う。区別なき世界に残されるのは「0」であり、すなわち羊の肉塊=潜在的な糞に塗れた僕という存在は、神の宿る新たな次元に規定される肉体なのである。神憑りの僕には眠ることも許されないのか。

 頭の中で蚊柱がチークダンスを踊っているみたいだ。羊の復活を願い、僕は再びウイスキーを煽る。僕という肉体を貫く、連綿とした空洞がアルコールによって燃え盛る。さぁ、薪はくべたぞ。今こそ、愚かなプロレタリアートは集結し、資本主義の生み出した幻想の神を抹殺するのだ。天界より羊の群れを呼び戻し、復活の狼煙を上げよ。光り輝くナイトランプに、この味わい深いシャーロットの口づけを捧げよう!

 不意のくしゃみ。僕の震える指が、グラスをひっくり返す。アルデヒドになり損ねた液体が無用の水溜まりを作り出す。突如として訪れたパレードの終焉。僕は首を下ろし、それを可能な限り吸い上げると、その辺に落ちていたタオルで一通りの始末をつけ、頭から布団を被る。

「女が纏う花を模した香料と羊の死骸で繁華街は異臭」。

 ハヌマーンの「今夜、貴方とマトンシチュー」の歌詞を口ずさむと、不思議と気持ちが落ち着き、次第に僕は蚊柱の乱立する古代の神殿の夢の中へと誘われた。なんだか懐かしい気分だった。

 

                          *

 

 ちょうど夏が終わり、朝方に涼しい風が民家の庭に咲く秋桜を揺らす頃。学生服のボタンをだらしなく2つ開けた僕に1人の女の子が話しかけてきた。

「ねぇ、よかったら入りなよ」

「軽音部……?」

「部じゃない、同好会。つっても、私ともう1人しかいないけど」

 僕は左右に首を振り、廊下を見渡した。そして、まるで初めてラブホテルに入るみたいに緊張した足取りで彼女の誘いを受けた。

 部室(彼女に言わせれば部室でなく、会室の方が適切かと思うが、その後彼女自身がこの部屋のことを「部室」と呼んでいたので、僕もそれに倣うことにする)の様相は、僕に得も言えぬ異国の香りを感じさせた。黄色い痛んだボディに、安っぽい緑色のピックガードがついたフェンダーテレキャスター。アンプは同じくフェンダーのツインリバーブ。種々のエフェクターは乱雑に繋ぎ合わされ、その散らかりようはまるで漫画に出て来る悪の組織の秘密実験場のように見えた。CDは埃を被った棚にわりかし綺麗に並べられていたが、学習机や床の上にはありとあらゆる歌詞カードが散乱している。ゆらゆら帝国マキシマム・ザ・ホルモン、ペトロールズ、andymorithe band apartHi-Standard、ミドリ、クラムボンバックドロップシンデレラnever young beach、White Ash、ハイスイノナサ相対性理論、或る感覚、EGO-WRAPPIN、pillows、浅井健一、そして彼女が愛して止まないハヌマーン。他にも見たことも聴いたこともないようなミュージシャンたちが、彼女、小谷蘭々南と乱交するように手足を絡ませていた。

 そして、その部室は単に音楽的デカダンスとしての具象だけでなく、生活とカルチャー、そして女の子の香しさで充ち満ちていた。

 マーブルチョコのカラフルな筒があちこちに転がっていたし、コカ・コーラペプシ・コーラ、三ツ矢サイダーキリンレモン、様々な味のファンタとメジャーどころの炭酸飲料のペットボトルが大抵半分近く残されて、窓際に陳列されていた。後々知ることになるが、蘭々南は約月に一度のペースでその残った中身を窓から垂らして捨てた。三階の窓の下には花壇があるからちょうど良い肥料になる、と蘭々南は言っていたが、誰が管理しているかもよくわからないその花壇は確かに立派に季節ごとの花を咲かせていた。月に一度というペースについては、あえて喋る必要もないかもしれないが、その気の抜けた甘ったるい水を捨てる儀式は、彼女の生理痛を和らげる効果があるようだった。「こうやってね、炭酸も抜けきって、不味くなったこの子たちをここから捨ててると、私の子宮からいらなくなったものも一緒に早く消えていってくれるような気がするの。なんかもったいないような気もするけど、やっぱりもうそれはどうにもこうにも不必要なもので、残っていたって、煩わしさしかない。だから、時期が来たら捨てるしかない。きっと人間だって同じよ。死ぬのはもったいないけど、必要がなくなったのなら、さっさと捨ててしまわないと。抱え込んでいたって苦しいだけよ。私たちは音楽や言葉のようにはなれない」。生理痛に悩まされる彼女はいつもセンチメンタルになって、少しだけ良いことを言って、僕に生きることの苦しみを教えてくれた。部室の隅の棚には隠すでもないが、あえて存在を主張することのないように生理用品が置かれていた。それは思春期の僕には触れれば音を立てて崩れ落ちる乙女心のように思え、今でもスーパーなどでトイレットペーパーを買う時などにそれを見ると少しだけ心が落ち着かなくなった。

 蘭々南は音楽以外にも多彩な趣味を持っていた。フィルムで写真を撮ることが好きだった彼女はたまに休日のうちに現像してきた自慢の写真を部室に持ってきて、クリアファイルに入れて無言のまま、いかにも適当かつ乱雑に見えるよう壁に貼り付けた。僕は彼女の気持ちを察し、「素敵な写真だね」と褒める。すると、彼女がその写真の見所や制作に纏わるエピソードについて喋ってくれる。僕はそれに頷いて、さらに質問を重ねる。そんなやり取りがとても楽しかった。彼女は絵を描くことも好きだったから、たまに数学のプリントの裏に描いたイラストも部室の壁に貼り出された。花や月、雲をモチーフにしたイラストが多かった。彼女にしては繊細で趣味が良く、Tシャツにプリントして売り出せば、それで生計を立てるまではいかなくともちょっとした小遣い稼ぎくらいはできたかもしれない。それらの写真や絵は、各々のペースで貼り換えられ、役目を終えたものは炭酸飲料とは対極的に、部室の段ボール箱の中に大切に積み重ねられていった。あるとき、いつも風景ばかり撮影する彼女が珍しく小学生くらいの男の子と女の子が手を繋いでいる写真を壁に貼り出した。僕がその写真を律儀に褒めてやると彼女は少し苛立たしそうに口を開いた。「ガキのくせに色気づいて生意気だと思わない? 私なんてさ、小学生の頃なんて、男の子と一緒にサッカーしてたよ。華麗にフェイントかけてドリブルでぶち抜いてやった。そしたら女に抜かれて怒ったヤツが後ろからスライディングしてきてさ。私は派手にコケて、膝の皿割って、そのまま病院送り。私はあんまり覚えてないんだけど、膝を切り拓いて砕けた骨を取り除く手術もしたんだ。大切な女の子の身体によくも傷を刻んでくれたよ。ま、顔じゃなくてまだ良かったけどさ。でも、傷なんて無いに越したことはない。あいつのことは未だに恨んでるよ。でも、きっと私が恨む以上に、スライディングかましてきたあいつの方が後悔してるんだろうな。だからと言って、それで私があいつを可哀そうに思ったり許したりするのは違うと思うけど。ただ、あいつにも一つだけ感謝してることがあって。誰かが保健室の先生を呼びに行ってる間、泣きじゃくる私の手を握ってずっと励ましてくれた子がいたんだ。あぁ、親以外にもこうやって人から本当の優しさを感じられることもあるんだ、ってすごい感動したし、印象にも残ってる。そして、言わずもがな、それが私の初恋ってなわけ」。

 それから蘭々南はいつも派手な匂いの香水をつけていて、部室の中はまるで植物園の中でパンケーキを焼いたみたいな感じだった。その匂いが制服に染み付き、無遠慮な母親から冷やかされることを懸念するくらい強烈で濃密な匂いが立ち込めていた。なぜ蘭々南がそんなにきつい匂いのする香水をつけていたのか。それはあえて彼女に尋ねるまでもなかった。ステレオタイプな不良少女らしく、煙草の匂いを掻き消すためだ。彼女は銀色の缶ケースをいつも鞄に入れて持ち歩き、部室のドアを閉め、窓を開けるとそこから煙草を取り出した。高校の頃はもちろん、その後の人生でも煙草なんて吸わない僕には彼女がどんな銘柄の煙草を吸っていたのかはわからない。ただ、彼女はその銀色の缶ケースに「Red Apple」と走り書きしていたのをよく覚えている。後になってその意味を知り、まさに女子高生らしい発想だと、僕は何年越しかで彼女のことを愛らしく思うのだけれど、僕が仮に高校生の時に煙草入りの缶ケースを持ち歩くとしたら、そこにはきっと「NEVER KNOWS BEST」と書き込んでいただろうから笑えない。

 蘭々南は最初にこの同好会のメンバーが彼女自身のほかに一人いると言っていたが、僕は結局そのもう一人に会うことはなかった。ある晴れた日に彼女に問えば「こないだ転校した」と答えたし、ある雨の日に彼女に問えば「交換留学中だ」と答えた。「交換で代わりにやって来た留学生は?」と聞くと、「事故で死んだ」と彼女は答えた。いったいどのようにして学校側はこの生産性のない同好会の存在を許諾し、部室まで与えるに至ったのか、僕には未だにそこのところがよくわからない。しかし、僕たちが通う高校はそれなりの進学校だったし、それ故に部活動はあまり活発でなく、用途不明の教室も多かった。そして、蘭々南の大雑把な人間性を加味すると、きっと適当な人間の名前を名簿に書いて、適当にそれを学校側に提出し、そして学校側も適当に彼女に部室を提供したというだけのことなんだろう。学校は少しでも進学率を上げるのに忙しかったし、たとえ蘭々南みたいなちゃらんぽらんであっても、空き教室に何らかの存在価値を与えてくれるなら、一つの実績作りとして都合もよかったはずだ。

 僕は彼女から色々な音楽を教わった。洋楽やクラシックを聴かない彼女はとにかく日本のバンドを愛していた。特にハヌマーンをこよなく愛し、山田亮一の詩がいかに素晴らしいかを僕に語って聞かせてくれた。

「私は彼を詩人として全面的に信頼してんの。皮肉と自虐、それからユーモア。でも一番好きなのは怒りと愛があるとこ。怒りと愛がなければ、そんなの味気ない噛み終わった後のガムみたいな人生だと思わない? 怒ったことのない人間が抱く幸せなんて嘘くさいし、愛のない絶望はなおのこと嘘くさい。でも、ただ怒ったり愛したりすれば良いってもんじゃない。その辺にいる人間はみんな怒ったり、愛したりしているように見えて、その実はただストレスをぶちまけて、寂しいフリをしてるだけ。本当の意味で怒ったり、愛したりしてるわけじゃない。私はこの世の全てにムカついてる。全部ぶち壊してやりたい。それはこの私自身をも含めてね。でも、同時に私はこの世界の全てを愛しているし、本当に美しいと思うからこそ、大切にしてあげたいと思ってる。ねぇ、これってただ矛盾してることを言ってるんじゃないんだよ。ほんとにそうなんだって。わかる? まぁ、あんたにはわかんないか。あんたはほんとただうまくやるだけの人間だもんね」。

 どうしてそんなことを彼女に言われなくちゃならないのか僕にはよくわからない。僕たちは同級生で、彼女にはまるで上の立場からそういう風に僕を批判する権利なんてないはずだった。けれど、彼女が言っていることの内容は僕にはよく理解できていた。そして、彼女に賛同さえしている。僕は中学の頃に同級生に殴られてから、はっきりと自分の中にある卑しさを感じることができるようになった。そして、僕は僕に与えられた時間のほとんどをその卑しさを隠すためだけに使っていた。それだけが僕の人生であった。

 僕は蘭々南みたいにこの世界に対して怒りを感じているわけでも、愛を感じているわけでもなかった。もちろん彼女が本当に怒りや愛を抱えていたのかはわからない。好きなバンドに当てやられて、自分の心の在り様を妄想し、ただ勘違いしているだけだったかもしれない。しかし、たとえそれが他人からの受け売りではりぼてだったとしても、僕には蘭々南が眩しくて堪らなかった。よくお嬢様が不良少年に恋をする少女漫画があるけれど、僕もまたそれとほとんど同じ原理で、蘭々南のことが好きになってしまっていた。自分にないものを持っている人に対して、時に人は愛と尊敬を抱いてしまう。そういった至極単純なメカニズムに則って、僕は彼女のことを愛した。

 僕は週に何日かの放課後を彼女と部室で過ごした。僕は彼女のことが好きだったけれど、彼女の方は僕のことなどたいして好きでもないみたいだった。彼女が愛していたのは、煙草と炭酸飲料と山田亮一だった。たいていの時間は彼女がテレキャスターをかき鳴らして歌い、僕はそれを聴くばかりだった。次から次へと歌をうたい繋ぎ、喉が疲れるとずっと様々なパッセージを弾いていた。大好きな煙草と炭酸飲料を嗜む間すら、彼女は音楽を心底愛おしそうに聴いているので、僕には彼女の時間に入り込む余地がほとんどなかった。僕が発することのできる言葉は、彼女が好きなミュージシャンを一方的に喋っている間の相槌か、彼女の写真やイラストについての賛辞くらいのものだった。しかし、そのほんの僅かなやり取りのために僕は粘り強くその部室に居座り続けたし、できるだけ彼女の考え方や愛するものを理解しようと努めた。それが僕のしがない青春ということになってしまっていた。

 結局のところ、僕は彼女に僕の気持ちを打ち明けることも無く、エスカレーターを逆走するみたいに一歩も進むこともできず、高校の3年間を終えた。要約可能な高校時代。僕はそっぽを向く小谷蘭々南を見つめ続けていた。

 

                            *

 

 十二月末。僕は年内最後の仕事を片付けるとその足で東京駅へと向かった。古いシューティング・ゲームのボスが放つ光線弾のように飛び交う人々を躱し、少し遅めの夕食を取るべく無個性なとんかつ屋の暖簾をくぐる。小山田壮平の歌声くらい美しい、琥珀色の油の匂い。ひもじい胃の空洞をくすぐる。

 僕は右耳のイヤホンを外し、店員に指を一本立てて見せ、寒さで声が出ないという風に歯の隙間から細くした息を漏らした。薄暗い店内には何らかのポップスが流れているようだったが、店の外の雑踏と左耳から侵入してくるローラン・ディアンスのアバンギャルドでありながら、情緒溢れるパッセージのせいでそれらは上手く捉えることができなかった。理科の実験室みたいな黒色で表面に触り心地の良い凹凸が施された4人掛けのテーブル席に案内される。温かいおしぼりと、熱そうなお茶がテーブルの上に置かれると、僕は軽く会釈をして右耳を再びイヤホンで塞いだ。

 店内は高級感を出すためかナイトランプのように薄暗い橙色で縁どられている。電子画面の見つめ過ぎでへとへとになった僕の眼は底の方から凝り固まり、メニューの文字を判読しようとするも、うまく焦点が合わせられないようだった。いや、辛うじて焦点は合っていたかもしれない。しかし、陰干しされた使い古しの雑巾みたいな憔悴しきった脳みそがその線の組合せを理解できていない。感性は有するが悟性がない。電車の網棚の上に置いてきてしまったかのかもしれない。とりあえず僕は頂戴したおしぼりで、冷えて赤くなった顔を拭う。瞼の向こうにあるコラーゲンたっぷりのぷりぷりとした眼球を指で押し込む。イデアそのものみたいな無形の光波を見るともなく眺め、時空間を一度放棄してみる。意識だけがそこに存在し、裏返った四次元ポケットのような混濁して氾濫した世界の中で、僕は暗闇と光の波間を泳ぐ。息が続くまで。最初のうちは永遠と息を止めていられそうに思えるが、少年時代がいつしか素知らぬ顔で終わりを告げるように、僕はふと水面から顔を出し、ひと気のないとんかつ屋の薄明りの中に戻って来る。

 あれだけ苦労していたメニュー選びを造作もなく済ませ、ベル・ボタンを押して店員を呼び、愛想のよい表情でメニューのロースかつ定食を指さす。さっきは少し無愛想で横柄な感じに思ったかもしれない。でも、それは寒さと疲労で心がこわばっていたからなんだ。あなたの出してくれた温かいおしぼりと熱いお茶のおかげで僕は正気を取り戻せたし、もう大丈夫。ただ、まだ少し声が出せないだけなんだ。胃袋が満たされれば、少しくらいは声を出す力も戻って来よう。あぁ、かと言って、急かしているわけではないんだ。時間なんてものは今の僕にはいくらでもあるからね。さて、あとは料理が運ばれてくるまで、音楽でも聴きながらゆっくりと待っているよ。音楽さえあれば僕は次のハレー彗星の到来までだって欠伸一つせず待つことができるからね。それだけの想いを乗せて、僕は精一杯の微笑を見せる。そんな僕のひきつった微笑を見て、店員の女性は同級生との初デートの動物園で白熊の交尾を見たときのような困惑を露わにしたけれど。

 ロースかつ定食は美味かった。部活帰りの男子高校生だって、こんなに旺盛な食い方をしないだろう。と、ちょっと調子に乗ってみたけれど、やはり膨れ上がった胃のせいで少しばかり気持ち悪くもなる。閉じた口の中でげっぷを破裂させ、楊枝で親不知の隙間に食い込んだ肉の繊維を掻き出すのにしばらく悪戦苦闘を強いられる。そもそもなんで歯が分かれているんだ。上下にコの字型の骨が1つずつあれば良いだけではないか。そうすれば、こんな楊枝なんてものは不要になるはずだ。生存競争における分割された歯の優位性について考えながら、僕は何とか歯の隙間から憎しみの対象を掻き出すことに成功した。

 気分は幾分晴れやかだ。異物感の無い、咥内粘膜と親不孝な白骨との健やかなる接触を楽しむ。しかし、どうも席を立つ気分にはなれなかった。大学生くらいの頃は本気でこの後の人生を1人きりで生きていけると考えていた。もちろん、僕は今でもその過剰な自信を胸に秘め、日々視界に入る人間に悪態をつきながら生きているけれど、それでもこれだけ疲労に絡め捕られるような生活を続けていると、たまにはそのローマ帝国並みに頑強な地盤も揺らぐ時がある。国が敗れたうえに山や川も穢されてしまった。投げやりで無責任な孤独が、まるで風呂上がりの冷たい布団のように僕を誘惑するのだ。

 僕はふとあの床屋の主人のことを思い出した。大学時代に何度か髪を切ってもらい、デパートのカフェでシェイクスピアハムレットくらい立派な話を聞かせてくれた。

 瞼を閉じると若々しい生命力に溢れたクローバーの群生と、寂れた町を覆い尽くす無数の星々、そして骨さえ凍らせる冷たく澄み渡った山の空気や川の流れが万華鏡のように零れ落ちて回った。

 重く項垂れた頭で電車の時刻を調べる。まだあの町へと向かう特急の最終列車には間に合う。が、そう時間はない。

仕事のことがふと頭を過るが、まぁ、どうにかなるだろう。終わらせるべきことは終わらせてきた。誰かに迷惑をかけることもあるまい。というか、仮に何か迷惑をかけることがあったとしても、インフルエンザにかかったと言えば済む話だ。生憎、僕は職場でそれほど重要な位置を占める人間ではない。僕の代わりなんていくらでもいる。そして、僕がいないことで変わる結果なんて何もないだろう。

 会計を済ませ、駅中のコンビニでビールを2本買うと、指定席券売機の列に並んだ。年末ということでかなり混んでいるみたいだ。音楽に合わせて軽く爪先を上下させながら自分の順番を待つ。前の人間も僕と同じようなスーツを着て、僕と同じように律儀に並んで順番を待っている。思いのほか仕事が早く片付き、急遽職場から直接田舎に帰ることを決めたのかもしれない。スマートフォンの画面を見るのに飽きた彼が僕の方を振り返る。彼は僕も同じように田舎に帰省する会社員だと思ったことだろう。見るところまだ結婚もしていないし、予定は自由に組めるのだ。

 列に並んでいるうちに、僕の熱のようなものは少しずつ冷めていった。瞼を閉じてみても床屋の主人が語ってくれたあの美しい景色たちはもうぼんやりとしか見えなくなってしまっている。しかし、僕の順番はもう次の次というところまで迫っているし、ビールだって2本も買ってしまった。後悔がまるでコバエのように視界をちらつき始める。そうだ。今は年末できっと列車も混んでいるはずだ。もし席が取れなければこの思いつきは破棄して、大人しく部屋に戻ろう。暖房をつけ、たまにはシャワーだけで横着せずに風呂を沸かそう。湯船が熱い湯で満たされるのを待つ間に、ビールを1本飲み、モバイルスピーカーで音楽を聴きながらのぼせるまで時間をかけて身体を温めるのだ。それもいい。素敵な年末の休暇を泥沼のような二日酔いで始めるのだ。それはそれできっと昔懐かしく、僕の心を締め付けてくれることだろう。

 そんなことを考えているうちに、僕が切符を買う順番がやって来た。乗換案内から行先と列車を選び、最後に席を選ぶ。幸か不幸か判じかねるが、僕は床屋の主人が語ってくれたあの町へ行くことになった。どうして急にそんなことになったのか、僕には今一つ理解できていない。それでもそこには、陳腐な言葉でいえば運命みたいなものがあって、その魔術的な力にただ導かれたということなのだろう。もっと僕の生活に則した言葉を使えば、ただの気まぐれということになろう。

 特急列車は最初のうち、スーツ姿のサラリーマンを郊外まで運ぶのに忙しいようだった。思いのほか、僕のようにビールをかっ食らっている影は少ない。それもそうだ。彼らは郊外に自分の城を構え、そこでは温かい家庭が待っているのだ。僕は相も変わらず一人きりで酒を飲んでいる。昔から何一つ進歩しちゃいない。いくつかの騒々しい街並みを越え、見渡す限りの住宅の光の海を渡り、次第に車内の人数も減ってゆく。2本もあったビールもいつの間にか泡となり、夜の海洋で遭難する者が目先の流木に縋るようにして、最後の町が都市の枝木を握りしめていた。光が疎らになり、山と森が僕たち流浪の民を夜の国へと誘う。魔女の秘薬が漆黒の羽毛を降らせ、僕の脳内ではモノクロ映画の一つがいがLillies and Remainsの「Final Cut」に合わせてくるくると踊り出した。

 微睡は特急列車の揺れに合わせて、夢と現実を繋ぎ合わせる。

 粘つく瞼の狭間から眺める車窓。暗い山の尾根を月明かりが縁どっている。星々はまるで世界の終わりみたいに僕らの大地めがけて降り落ちてくるようだ。ガラス窓の合わせ鏡の中で僕が連なり、そのぼやけた輪郭を闇に溶かした。不意に一段と明るい国が訪れる。辺りは色を飲み込んだように白く輝き、僕たちが乗る特急列車の光を反映して、なお白く輝く。火照る身体。冷たい雪化粧に憧れる。二次元的結合。104.5°の幾何学的アート。その気の遠くなるような織り重なり。四角く切り取られた光の列が光の城へと迎え入れられる。繊細な平面的芸術の無限の織り重なりを撒き散らして。まるで花を咲かせるように。

 気がつけば険しい山々を通り抜け、僕は山間の田舎町を駆け抜けていた。次々と景色は移り変わるが、そのいずれもが取り留めのなさというところで共通していた。正真正銘、見知らぬ土地に来たのだな、という実感が僕を捉える。それが僕の期待していたものなのか、それは僕にもよくわからない。けれど、振り返ってみれば、それが僕の期待していたものであったと言える物事なんてこれまでの人生にさえそうなかったように思える。膝と腰の曲げ具合によっては、まったく、と言うことだってできそうだった。

 終点の駅で降りると、駅のコンコースにはまだぼちぼち人が行き交っていた。土産屋や弁当やのシャッターは閉められていたが。

 改札を抜け、ちょっとした大名行列が腰を落ち着かせられそうなほど長い自由通路を首を振って見渡す。東京に比べれば確かに人は少なく、それぞれが独特の距離感を持って点在しているといったくらいであったが、床屋の主人が語ったほど寂れているという印象もない。年末ということも関係しているのだろうか。それか、彼が話してくれたのはもう少し遅い時分のことだったのだろうか。こればかりは主観による。僕は自分がただ別の場所に辿り着いたのだ、という実感だけを抱きしめて、今夜の寝床を探すべく町へと降りた。

 

 翌朝、僕はスーツを着込み、一通りの衣類を揃えるべく町へと繰り出した。ドン・キホーテで安物のスーツケースも買い込み、そこに1週間分の雑用品を詰め込んだ。全て揃えてみたところで、1万5千円程度しかしなかった。なかなか美味いウイスキー2本分と考えればまぁ安いと言えるだろうが、1か月分の昼食代と考えると割に高く感じられる。CDなら3、4枚といったところか……とは言え、お金なんてどうだっていいことだ。それよりも今の僕には行先が必要だった。

 僕は駅のコインロッカーにスーツケースを放り込むと、あの床屋の主人に倣って僕はまだ馴染みの持てぬこの町に足跡を付けて回った。川に沿って歩き、ときどき山並みを見渡し、方角の検討を付けた。確かに彼の言う通りだ。ここでは山無しでは自分がどこに向かっているかすぐに見失ってしまう。

 クローバーの群生は見つけられなかった。川の上を吹き渡る風はまるで冷凍庫の霜を塗したように冷たく、緑色の生命力を灰色に染めていた。それでも、天に近い分なのか陽射しは強く、厚着した服の中は汗で蒸れていた。歩くことに疲れ、たまたま見つけたバス停で駅に戻る。車窓から眺める町の景色、人通り、川の流れ。どれもくたびれているように見えたけれど、そのくたびれ方は使い古した毛布のようにどこか心地良く、そして懐かしかった。不意に中学時代を過ごしたあの町のあの社宅が思い出される。通りを楽しそうに駆け抜ける子供に、あの頃の自分を重ね、そして確かにあの頃の自分の延長線上に今のこの自分がいるのだと思い至る。僕はやはりあの頃からろくでもない人間だった。

 どの時代を思い返してみても、僕は何一つとして正しいことをしてこなかった。それは社会的に正しいことをしてこなかったということではなく、むしろ社会なんか度外視で、僕が僕自身の価値観に則って自らを評価してみて抱く感想であった。

 もういいんじゃないか、と思う。

 色々と言いたいことや考えたいことはあるけれど、もういいんじゃないか。背中に突き刺さったネジの回転はぎこちなさを露呈しだし、それが終わりに近づいていることを僕に感じさせた。

 駅のコインロッカーからスーツケースを取り出し、再び改札を潜り抜け、北へ向かう列車へと乗り込む。山間に割と有名な湖があり、そこに行くつもりだった。湖は駅の目の前にあり、近くにはロッジもあるらしい。バスの中で、中年の夫婦が今年の夏の想い出を語り合っていたのを盗み聞きしたのだった。夏場はキャンプやらバーベキューやらで賑わうらしいが、冬でも氷が張ることは滅多にないし、すぐ近くにスキー場があるわけでもないので、今頃の季節は物好きな写真家くらいしかいないんじゃないか、というのがその夫婦の考察だった。夏にあそこで働いていた人たちは冬場はいったいどうしているのかな。ファーのついたダウンを着込んで膨らみ切った妻に対し、枯れ枝のような旦那が「きっとスキー場で同じように働いているんだろう。渡り鳥のように」と至極真っ当な答えを返していた。そして、バスのガラス窓に写った生気を失った男は、渡りに船だな、と思った。

 電車の中は酷く空いていて、そのせいか凍えるほど寒かった。何人かの乗客がまるでプログラムされた亡霊のように立ち上がったり座ったりを繰り返した。電車は雪景色の中を滑るように流れていく。何も目には留まらないけれど、それらはただ降り落ち、排水溝に吸い込まれて消えていくシャワーの水ように僕の垢を洗い流していった。灰色に染まった空も青く塗り替えられるような心地がした。

 

 目的の駅に降り立つ。そこで降りたのは僕しかいなかった。雪がちらちらと降り続けている。まるで何千年も前から同じペースで降り続け、これからもずっと同じペースで降り続けていくように見える。そこには永遠性すら感じられた。しかし、もし不変を永遠性とするならば、それは時間が止まっていることと何が違うのだろう。そんなことを考えているうちに、電車は走り去り、カーブの向こうへと消えていった。後には素知らぬ顔の松林が黒い肌を白い綿で飾り付け、そのまま立ち尽くしている。誰も僕の方を見てはいやしない。

 無人駅を出ると、目の前には真っ暗な湖が横たわっていた。あのバスの中の夫婦が言っていたように、湖面は凍り付いてはいないようだった。湖は泳ぎ渡るには広く冷た過ぎるように見える。けれど、そこに何かを求めるにはあまりに心許ない。ただ美しく水を湛え、冬の間中息を潜めているだけの力無い場所でしかない。水溜まりの周りには膝を立てて座る子供のような小さな山々が並んでいた。焚火の燃えカスに何かを期待するように、じっと湖面を見下ろしている。山を縁取るように上空では緩く風が渦を巻いているようだったが、僕が立ち尽くすここまではほとんど降りてこない。あくまで空で揉まれた雪片がちらちらと落ちて来るだけだ。

 駅前には中央線の無い道路が湖に沿って走っているばかりだ。湖の対岸には何軒かのロッジが見えた。僕は首を左右に振り、どうにかして楽に向こう岸に渡る道がないかと探してみたが、どうもそんなものは見当たらない。湖の淵に沿ってぐるりと回り込む必要がありそうだ。歩いたら20分くらいはかかるだろうか。僕はガラガラと音をたてながら濡れたアスファルトの上を進んだ。

 ロッジに着く頃には手の指先はすっかり凍えてしまっていたが、背中はじっとりと汗をかいてしまっていた。いくつかあるロッジの中で僕は1番安そうなところの扉を開ける。古めかしく少し便所臭いロビーには似つかわしくなく、カラフルな文字で英語の案内が書かれていた。「WELCOME!」。そういう時代なんだ。銀色の呼び鈴を叩く。甲高い金属音は湿気た木製の壁やら扉やらに吸い込まれてしまう。が、すぐに奥の方で何やら返事のようなものが聞こえ、頭の禿げあがった老人が暖簾を潜ってやって来る。灰色のトレーナーの首元はほつれ、胸に描かれた色褪せた模様から何年か前の町おこしイベントの記念品であることが伺える。

「はいはい。どうなさったね」老人は怪訝な面持ちで尋ねてくる。

「あの……何日か宿泊したいのですが、部屋は空いていますか?」

「宿泊ね。ご予約?」

「あ、いえ。急遽で申し訳ないんですけど。予約が必要でしたか?」

「や、別に予約がねぇならねぇでいいんだ」そして、彼はもう一度僕の姿を、今度はじっくりと値踏みするように見てくる。「車で来なさっただ?」

「いえ。駅から歩いて」

「遠かったろ」

「えぇ。20分くらい歩きましたかね」

「電話入れてくれりゃ、車で迎えに行っただのに」

「そうだったんですね。でも、湖を眺めながら、久しぶりに良い運動になりましたよ」

 それだけの会話をやり取りすると、老人は宿泊カードとボールペンを渡して来た。僕はそれをロビーカウンターで書き進める。書いている間もずっと老人が僕のことを怪訝な目で見て来るので少し落ち着かなかったが、それが正常な反応であることは重々承知していたので、僕の方ではどうしようもない。

「こんなところまで。1人でご旅行かい?」

「年末に友人と温泉に行く予定だったんですが、急に友人が来られなくなってしまって。1人で宿場町に行くのも気が引けたんで、1人でゆっくりできそうなところを探していたんですよ」

 僕は怪しまれないような言い訳を探してみたが、説得力がありかつ今の自分の状況に矛盾のないものを見つけることができない。こんな辺鄙なところにわざわざわやって来る理由なんて、写真を撮るだとかそんなことしか僕には思いつけない。しかし、残念なことに僕はカメラなんて持ってきていない。結局、微妙な沈黙が僕と老人の間に流れ続けたが、僕はさっさと宿泊カードを書き上げてしまい、ただの風変わりな男として彼と接するしかないことに気がついた。

 面倒ごとは困るぞ、と言いたそうな老人に一通りの宿泊施設の説明を受け、部屋の鍵を受け取る。焦げ茶色のアクリル質の棒に部屋番号が刻まれた昔ながらのキーホルダー。201ということは二階の一番奥の部屋だろうか。

「ところでここの辺りで売店か食堂のような場所はあるんでしょうか?」

「そこを右に出て三分くらい歩きゃ、『レイクサイド』ってホテルがある。1階に売店も食堂もある。うちでもレトルトのカレーかカップ麺くらい出してやっけど、そっちさ行った方がなんぼかまともなもん食えるだ」

 僕は老人に礼を言って、とりあえず部屋に向かった。階段は一段踏みしめるごとに、ぎしぎしと悲鳴を上げる。踊り場の壁に貼られた注意書きの紙はすっかり陽に焼け、意味を喪失し、誰にも解読できなくなってしまった古代文字のような印象があった。

 201号室は案の定角の部屋だった。誰ともすれ違わなかったし、生活音というものも聞こえない。がりがりという鍵を差し込む音と、がちゃりというドアノブの回転する音、ドアの軋む音。それらが嫌に大きく聞こえた。

 部屋は六畳といったところか。場違いに真新しく見える薄型のテレビと、壁際には布団や毛布類が積み上げられている。苔色のカーテンはもともとそういう色だったのか、それとも何らかの理由でそんな色になってしまったのか。振り返るとドアのすぐわきに壁付けの金属の物干しがあったが、いい塩梅に錆びていた。黴でぬめぬめしていそうな木製のハンガーも三つかかっていた。値段通りの内装と言えた。

 僕はとりあえず着替え、年代物のエアコンを点けて、敷いた布団の上に胡坐をかいた。

 なんでこんなところまで来てしまったのだろう。僕は今一度その問いを薄い壁に向かって投げてみる。ぼす、という鈍い音。ワンバウンドしてそれはまた僕の手元に戻って来る。手の中で転がしてみるけれど、その問いは投げる前と何一つとして変わっていない。久しぶりに動かした肩の筋が少し痛んだだけだ。

 

                            *着想1

 

 何かの宗教では、世界は網のようなもので、その交差点=結び目が我々生命であったり現象、事物といったものであるらしい。それは現代的な科学の視点から考えても、使っている言葉が異なるだけで言いたいことは同じもののように見える。我々を構成するのは原子であり、その原子はどんどん細分化していくと究極的にはおよそ同一(あるいは数種類)の粒から構成されている。それらの配置によって様々な種類の原子が構成され、それら原子の集合体として我々生命やその他の事物を形成する。つまり、この世界のありとあらゆるものは同一の成分からなり、たまたまそれらが局所的に集まって僕たちがいるだけなのだ。話を最初に戻せば、私たちの宇宙には均質な糸が張り巡らされており、それから成る網の結びがただ僕たちであるというだけだ。ここまでは非常にわかりやすい。

 しかし、僕の大好きな意識の境界線に関する問題というものがある。僕とあなたは個別の意識を持っているし、確実に独立した存在である。僕たちは同じ粒から、あるいは同じ糸から作られているにもかかわらず、そこにはきちんとした隔絶性がある。そのせいで、僕たちは全ての事物(僕やあなたや遠くの人々、違う言葉を喋る人々、土や埃、死体や月)が別々の存在であるかのように感じられてしまう。だから、全ては一であり、一は全てなのだ、というような言葉を発すれば、それはどこかの高名かつイカレタおっさんの含蓄ある世迷い事としか認識されない。というか、認識することができないのがほとんどだろう。けれど、意識の境界線に関する問題から得られる着想はその誤った認識に対して、一つの解を与えてくれる。つまり、僕たちを構成する細胞は一つひとつが生きており、それらはあくまで独立的に細胞として生命活動を営んでいる。故に、僕たちはそれら細胞を自らの所有物として考えがちだが、コントロールをすることはできない。各々の細胞がそれぞれの生命存続の原理にしたがって動いた結果、偶然にも僕たちが生きているだけに過ぎない。細胞たちには意識があるはずだが、僕たちはそれを認識することができない。人間というレベルでしか僕たちは思考したりコミュニケーションを取ることができない。これが意識の境界線に関する問題だ。これを応用すれば、僕たちが同質の粒だか糸だかから成り立っているにもかかわらず、全は一であり、一は全であるという実感を得られないことの理由付けがある程度は可能となる。

 量子の波動方程式、光の多モード理論、フーリエ解析。これらに共通するのは基底状態の重ね合わせが一つの状態を作っているということである。あまり難しい話は僕にもわからないけれど、簡単に言えば、どんな美しい絵画であってもそれはシンプルな色をした絵具の重ね合わせでしかないということだ。もちろん、この世界には様々な種類の絵具、色、技法が存在している。しかし、僕たちはあくまで絵画に反射した光波を認知しているだけに過ぎず、その光波は何ヘルツだったら何色という割り当てがきちんと決まっている。僕たちはその複雑さや精巧さに圧倒されるけれど、要素を分解していけばそれは非常にシンプルな素材から成っていることを知る。この世界は自然数から成っていると言ったピタゴラスは間違ってはいないし、もし自分の生み出した理論から発見された黄金比無理数)の存在を「これは自然数の延長線上に生まれたものだから万物の母は自然数なのである」という妥協をすることができれば大切な弟子を殺さずに済んだかもしれない。これだけ科学が発展した現代ではあるけれど、宇宙を形作る素材は何一つとして変わっていやしない。僕たちはより複雑で刺激的な調理方法を学んだに過ぎない。

 僕たちを孤立した意思に貶めているのは何だろう。皮膚を全部剥いでしまえば、僕たちは自らと世界が地続きで連続した関係性にあることを実感できるだろうか。自分で提案しておいてなんだが、まぁ、無理であろうことはすぐにわかる。潔癖症の人に問いたい。例えばあなたが同じ空間で息をしたくもないと思うような、非常に汚らしく不衛生と思われる人間を想像して欲しい。彼らはやはり仔細に観察すれば、やはり陽子やら電子やらから構成されている。それは僕もあなたもその汚らしい人物も同じです、というようなことを言いたいのではない。もちろんこれまではそういう論調であったけれど、とりあえずそれはそれとして置いておこう。今回僕が言いたいのは、それらの電子というのは実は雲のように広がっており、この宇宙全体に跨って存在しているということだ。電子銃とスリットの実験について勉強してみて欲しい。僕たち万物を構成するものは実際問題として、宇宙空間に同時に広く、確率的に存在している(ということに現代物理学ではなっている)。もちろん、近似を使うことでそれらの量子が一定の範囲内にしか存在していないと見ることができ、それによって古典物理学の大黒柱である運動方程式を導くことも可能だ。けれど、何度も言うようだけれど、あの汚らしい人間の尻の穴にあった電子は、次の瞬間、あなたの歯の隙間に移動している可能性だってゼロではないのだ。「問いたい」なんて言葉をいってから随分と回り道をしてしまったが、改めて潔癖症という人に問いたい。そんな世界にあって、あなたは何をそんなにも忌み嫌っているのだろう。どんなに取り繕ったって、僕たちは同じ穴の狢であり、基本を構成するものを共有しているのだ。

 とは言え、僕は潔癖症の人間に疑問を呈するためにこんな話をしたわけじゃない。この話の肝はすでに述べたように、僕たちの存在は基底状態の重ね合わせによって定義づけられるということだ。僕たちの奥深い水脈には、基底音が存在している。どこまでもその基準音を細分化していけば、それは同質の「何か」に終着するだろう。だから、僕たちはたまには全てのものが等しく一つの事物であるのだという認識を思い返すということをしてみるべきだ。しかし、やはりそれであっても、僕たちの意識のレベルは確実に隔絶されているし、各々が各々の基底音を各々の水脈の中に隠し持っている。孤独に隔絶されている状態であればこそ、僕たちはその水脈を辿り、深いところまで潜り込み、個としての自分を発見することができる。そして、自分がまるでミニマルミュージックのように、単調ないくつかのフレーズの重なり合わせによって表現されうることを知る。しかし、その基本フレーズの重ね合わせはうねりを生み、自らをある種のトランス状態へと導いていってくれる。それらのフレーズ同士に脈絡がなければないほど、僕たちはそのうねりに魅了され、その渦から逃れられなくなる。僕たちは均質な網の結び目である反面、座標上に放り投げられた孤独な単一の点なのである。それを思い出すための行為がどうしたって必要なのだ。

 

                            *着想2

 

 これから喋ることについて、僕はあまり丁寧な言い方をできないだろう。それはまだ僕の中でも形の判然としないぐにゃぐにゃとしたものだからだ。

 ある時代から、人間の認識能力の基盤となっている軸は時間と空間という風に位置付けられてきた。つまり、時空間を基準線として事物を観察するというのが僕たち人間の思考方法ということだ。それはこの世界の真理が時空間を基盤として存在しているということを意味するのではなく、むしろ人間が時空間という認識能力に捕らわれているということを示していた。同時に人間の理性には限界があることも示された。無限に関する思考、自己言及のパラドクス、挙げればきりがないが、時空間を基盤にして養ってきた人間の認識能力やそれを繋ぎ合わせる理性というものには限界があるとされた。

 それはそれとして、そのような人間の認識となる時空間という概念に対して、新たな光を与えたのが相対性理論だ。それまで時間と空間というものは別々に独立した(現状最も信頼できる)尺度として考えられてきた。しかし、光速度一定の原理という厄介な原理をもとに考えていくと、どうも時間と空間というものは互いに干渉し合って、この世界の辻褄を合わせているらしい。仲の良い友人同士のはしご酒のように、お互いに会計を融通し合いながら、彼らはこの世界のバランスを保っているらしかった。その理論をさらに押し進めると、質量、すなわち「存在」によってもその時空間は歪められているらしい。すなわち、僕たちや消しゴム、あるいはペルセウス座などがそこに存在することによって、時間と空間はその在り方を変容させる。繁華街で肩を組んで歩く友人が、足を縺れさせながら、立ち並ぶ電柱や行き交う人々や車の列を避けるように……ここまで来ると僕を含め常人にはなかなか理解しがたい世界のモデルとなろう。

 得体の知れない時間と空間。だが、それらの方向性を指し示す原理がある。それがエントロピー増大則だ。水を張ったコップにインクの雫を落とす。それは水に触れた瞬間に拡散していく。その逆はあり得ない。仮に水が空間であったとすると、インクという質量の集合体は時間経過とともに空間へと広がっていくことになる。このように集約されたものが拡散していくという「方向」がある。これをざっくりとエントロピー増大則と説明することができる。そして、繰り返しになるが、このエントロピー増大則が時間と空間を結び付け、そこに一定の方向を与えていることがわかると思う。

 インクの例では、あくまで質量の総体の拡散について論じたが、このエントロピー増大則が当てはまるのは、普段の私たちの感覚からすれば質量体以外にも適用されるそうだ。例えば、熱い物体と冷たい物体を接触させると互いに熱エネルギーをやり取りしてぬるくなる。誰が頼んだわけでもないのに。これもエントロピー増大則だ。これがエントロピー増大則に注目が集まった最初の現象であり、故にまずはエントロピーというものは熱力学において取り上げられることが多い。しかし、情報系の分野でもエントロピー増大則は取り上げられる。これもあまりに複雑だけれど、一般的に「マクスウェルの悪魔」というものが、情報分野とこのエントロピー増大則の関係性を探る上で最も時系列的(人間の認識能力的にも相性が良いだろう)にまとめられているため、理解しやすい例だろう。簡単に話すのであれば、一見質量やエネルギーを持たない「情報(1ビット)」というものも、時間と空間に対して一定の方向性で移動していく、つまり拡散していくということを意味すると考えて貰えば、少なくともこれから僕が言いたいことを一緒に考えてもらううえで差し支えはないだろう。

 少し足を止めて、ここまで僕がお喋りしてきたことを振り返ろうと思う。僕は一貫して時間と空間について話している。時間と空間こそが人間の認識能力の根幹を担っている。しかし、時間と空間は互いに融通し合い、実は僕たちが直感的に思っているよりもずっと柔軟でぐにゃぐにゃとしている。そして、それは存在=質量によってさらにぐにゃぐにゃと歪められている。ただし、時間と空間にも方向性というものがある。時間経過とともに質量は空間へと拡散していくという方向性があるのだ。しかも、その方向性というのはどうやらエネルギーや情報といったものにも適応されるらしい。

 話が混乱をきたして来た理由は、エネルギーや情報というものを出演させたからだろう。だから、ここで一旦エネルギーや情報について整理する。まず、マクスウェルの悪魔について考えていくと、情報というのはエネルギーで論じることができるらしい。情報処理にはエネルギーが発生する。そういうものとして受け入れようと思う。同時に、相対性理論から導かれる有名な式を用いると、質量とエネルギーは等価ということのようだ。事実として、原子爆弾はその質量の消失によって莫大なエネルギーを放出するというところに期待されて生み出された兵器だ。自分の導き出した式がそんなことに利用されることになり、あの有名な科学者もかわいそうだと僕でさえ思う。

 が、悲しんでもいられない。僕が言いたいのは、色々とエネルギーやら情報やらを出演させたけれど、それはつまるところ私たちが最もイメージしやすい質量に置き換えても差し支えないということだ。というわけで、僕のぐちゃぐちゃとした話はまた時間と空間と質量という3人の登場人物によって語られることとなる。しかし、ここからが僕にもまだ全くイメージのできていない世界となる。

 僕たちは時間と空間という強固な定規をもとに物事を思考する。しかし、厳密に言えば、その時空間というものはぐにゃぐにゃとしていて互いに複雑に絡み合っている。質量という存在によって折り曲げられてしまう。だから、もし僕たちが何か厳密に物事を考えたい場合に使うべき定規はエントロピーであるべきなんじゃなかと僕は思う。時空間に対する質量の拡散の度合いを示すエントロピーを僕たちの定規として使えば、とりあえず僕たちはいくつもの雲形定規を取り出さずに、1つの定規で物事を測量することができるようになるのではないだろうか。もちろん、そのエントロピーという定規は僕たちが簡単に使えるような代物ではない。馴染みがなく、まるで粘土を使って線を引くようなものだ。しかし、とりあえず面倒なことを考える時には、有用な手段になるかもしれない。その可能性にかけてみようと思う。

 と、その前に2つだけ訂正しておかなければならないことがある。

 1つ目。これまで僕はエントロピー増大の説明を単純に「拡散」という言葉に置き換えて使ってきたように思う。が、厳密には「拡散」というのは違う。筆先で玉になっている状態のインクと、コップ中の水に拡散したインクでは、取り得る状態数に差異があるというのが肝だ。水の中に拡散したインクの粒子は、水という空間の中で様々な配置を取ることが可能であり、その分だけ混沌とした状態であると言える。つまり、混沌とした方向に世界は進んでいるというわけだ。

 2つ目。例えば、冷蔵庫は熱いものと冷たいものを接触させたらぬるくなる、というエントロピー増大則の逆を行く装置だ。これは、「熱エネルギー」という部分に限って言えば、本来の現象の進む向きとは逆向きの作用をもたらすため、一種のタイムマシーンとも捉えることができる。しかし、実際には冷蔵庫内で得られるエントロピーの減少量よりも大きなエントロピーの増大量を冷蔵庫外にもたらす。冷蔵庫を動かすための電力を得るために、凝固しエントロピーが小さかった石炭を燃やし、二酸化炭素などの気体にして空中にばら撒いている。このようにたとえ局所的にエントロピーが減少し、秩序が与えられているように見えても、大局的に見れば全体として世界はエントロピーが増大し、混沌へと進んでいくことになっている。

 話は飛躍するけれど、僕が興味あるのは、生きることと死ぬことだけだ。

 さっきまで僕があれこれと話して来たエントロピーを基準とした思考方法は色々な応用先が考えられるけれど、とりあえず僕は生と死について考えるためだけに準備した装置に過ぎない。

 僕は今こうして生きているけれど、僕という存在は1秒1秒混沌に向かって突き進んでいる。様々なところで、僕は「生は多様で、死は単一」という考え方に触れてきた。死を行為と捉えるならばそれは虚無に還ることであり、死を状態と捉えるならばそれは虚無に統合されることだ。そこを出発点として、死の対極として生を定義づければ、私たちは多様で混沌とした行動を起こし続けることが求められる。少なくとも生きていきたいのであれば。

 しかし、僕は虚無を愛するし、いつの頃からか夏の終わりにふと消える陽炎のように自分もすうっと消えてしまえれば良いのに、と思うようになっていた。僕は人生という駒を進めるにしたがって、様々なフレーズを得た。それらは重なり合い、うねりを生みだし、僕の人生を様々な色に染め上げてきた。それらは僕を魅了し、しばしば虚無とは程遠い、生の混沌へと僕を連れて行ってくれた。そのことには感謝をしているし、少なくともそれらを経験できたということが僕にとっての幸福であったように思う。だが、繰り返すように僕はやはりどうしても虚無を愛しすぎている。一瞬だけぱっと広がる色彩。その後に訪れるどうしようもない静けさ。何もないんだと感じる。夕暮。オレンジ色に染まる一筋の空を挟み込むように、真っ暗な雲と街の影による緞帳が上下から閉じていく。もうこれ以上は何もいらないと思う。そして、そんな静けさの中、僕はどこまでも冷たくなっていく。本当ならもう既に凝固点を下回っていたんだ。でも、あまりにも静かにゆっくりと僕は冷たくなっていくから、僕はまだ凍り付いてはいない。辛うじて僕はまだその内に混沌とした生の渦巻きを感じることができる。でも、そう長くはないだろう。そう思うのだ。

 

                         *

 

 目を開けると、僕は凍え切っていた。雲は低く垂れこめ、空からはちらちらと雪片が音も無く降り注いでいる。僕の尻の下では押し固められた雪がぎぎっと苦しそうに呻いた。身体をもたせかけていた樹の表面は暗く濡れ、斜面をものともせず、真っ直ぐ天に向かってその幹を伸ばしていた。辺りを見回すとそんな樹がたくさん斜面に根差している。どの樹にも僕のように俯いて身体を預けている暗い人影が見える。でも、彼らはすぐに消える。と思ったらまた現れる。それはまるで真夜中の交通信号機のように明滅を繰り返す。各々に与えられたタイミングで。古い遊園地のイルミネーションのように。

 視線を下ろすと、湖が見下ろせた。僕は一人であのロッジから歩いて、けもの道を通って、ここまで登って来たのだった。冬の山の間に沈む湖を見下ろしたかった。どうしてそんなことを思ったのか自分でもよくわからない。でも、とにかく僕は斜面を登ることしか考えられなくなっていた。湖はその暗さを湛え、雪化粧を嫌って、ゆるやかに身を震わせていた。小さな浮島がシミのように何点か彼を白く染めていた。湖の対岸に沿って電車が流れていく。単調な走行音がこっちまでぼんやりと届いて来る。人々の営み。でも、それも過ぎ去ると僕を押し潰すような静寂が訪れてきた。

 何か美しいものが見たかった。SでもNでも、蘭々南でも、アユナでもあの床屋でも、何だったらあの床屋のしなびた奥さんでも、高飛車な娘でもいい。あぁ、そういえばあの大学の変わり者の先輩はどうしてるかな。でも、僕の周りには誰もいない。悲しいわけじゃないけど、誰かがいま隣にいてくれれば、何か美しいものが1つでも見つけられたかもしれない。でも、よくよく考えて見れば、僕は誰にもいて欲しくなんかはなかったのだ。彼らはただ思い出の中だけで美しく、そして、僕を充分魅了してくれた。これ以上はもう何もいらない。これ以上はもう僕に生を与えないで欲しい。そして、ありがとう。そうだ。酒だけあればそれでいい。

 

                         *

 

 結局、年が明ける前に僕はそのロッジを後にして、アパートの自室へと帰ることにした。

 帰りの電車の中で酷く酔っ払った女を介抱してやり、そのままの流れでホテルへと行った。酩酊した彼女は性行為をするどころの話ではない。冬場とは言え、人間一人を担いで長い道のりを歩いて僕は汗だくだったから、シャワーを浴びて彼女が眠っているはずの部屋に戻った。彼女はどこからそんなものを持って来たのかわからないが、新品で真っ白なロープを相手に悪戦苦闘していた。

「ねぇ、あなた。これで私を絞め殺してよ。もう私、死にたいのよ」

「まぁ、いいけど。でも、今日はもう疲れたから明日にしようよ」

「ふざけないで。私は今日死にたいのよ。今日が良いのよ」

「12月30日。何か日付に意味でもあるの?」

「明日、私の誕生日なの。もう30よ。信じられる?」

 残念ながら、彼女の容貌は30くらいに見えた。僕は使い古されたテキスト通りの言葉で、「まだ24,5かと思ったよ」と答えてやった。

「そういうことを言ってんじゃない」

 そうして彼女は酒の匂いを撒き散らしながら、僕を無視して、スマートフォンでロープの結び方を調べ始めた。彼女は小さなテーブルを壁際に持っていき、その上に危なっかしく立つと、壁から飛び出すようにつけられた電灯にロープを引っかけた。しばらく彼女は手元のスマートフォンとロープを見比べながら試行錯誤していたが、酔っ払っているせいもあってそもそもの手元が覚束ない。

「ねぇ、あなた、やってよ。男なんだからこういうの得意でしょ」

 僕は彼女からロープとスマートフォンを受け取り、彼女がテーブルから降りるのを待って、入れ替わりでテーブルへと上がった。彼女は地べたに腰を下ろし、ベッドに背中を凭せ掛けながら僕の方を見上げている。僕は溜息をついて、ロープを電灯に結び付けた。割ときちんとした輪っかが出来上がった。力を入れて引っ張っても解ける感じはない。

 僕が振り向き、「できたよ」と言うと、彼女はそのままベッドに背中を預けたまま眠っていた。

 僕は再び溜息をついて、そしてそのロープを持ってホテルの部屋を出た。

 タクシーを拾い、自分の部屋を目指す。

 自分の部屋はひどく寒く、そして冷たかった。電気を点けるとその冷たさはなお際立った。美しいものが見たかった。でも、もう僕には何も残されていない。

 僕は名前も知らない女から譲り受けた真っ白なロープを持って窓際に行く。カーテンレールは高く作業性が悪かった。僕は風呂場からプラスチックの椅子を持ってきて、その上に上がって、ロープをカーテンレールに括り付けた。手が覚えている。調べ直すまでもなく、綺麗な輪っかが出来上がる。首を通し、そっと椅子を蹴り出す。まるで、子供が横断歩道の白線の上を飛ぶようにして。

 

2020年11月