霏々

音楽や小説など

適応障害と診断されまして…  vol.79

適応障害と診断されて780日目(2022年12月3日)にこの記事を書いています。次第に肌寒い季節になってきましたね。これからまた長い冬がやって来ると思うと気が滅入る部分もありますが、季節の移ろいを楽しんでいこうと思います。

 

前回

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前回はようやく「自分が発達障害なんじゃないか」という発想をもとに、「そういった発達障害的な部分をカバーしようとし過ぎて疲れているんじゃないか」という推測を行いました。そのような前提があることで、自分という人間をより正しく見積もり、より生活が楽になる方策を見定めることができると考えています。

今回のvol.79もまた喋る形でYouTubeに動画を投稿させていただきましたが、主たる内容は以下2つです。

 

①転院

②カウンセリング(9回目)

 

①の転院に関しては、細々とした事情や思うところはあるのですが、ざっくりと理由を書いてみると、「発病から2年経ち、未だ日々がしんどいのに、治療が頭打ちのようになってきた」ということがあると言えるでしょう。その他、諸々私の生活上の事情やカウンセリングルームとの兼ね合いもあり、転院に踏み切った次第です。転院したことにより、診断名が「双極性障害」に変わるかもしれないというところと、処方されるお薬が炭酸リチウムと睡眠導入剤エスゾピクロン)に変わりました。適応障害は一般的に2年も長引くような状態に対しては適切な診断名ではないと、私も素人ながらに思いますので、双極性障害というのもまぁ妥当な感じかなと思います。周囲から見て、はっきりとわかるほどの躁状態ではないにせよ、やはり自分の中でアクセルを踏み過ぎてしまい、その反動でしんどくなる傾向があることはこの2年でよくわかりました。そういう意味では自分としても納得のいく診断ではあります。

どちらかと言えば、②のカウンセリングが個人的には発見が多かったです。カウンセラーの方も治療の過程で自尊心を傷つけないようずっと配慮してくれていたのか、「発達障害」と明言することはなかったのですが、この度自ら発達障害である可能性を訪ねてみました。話の流れ上、その申告のタイミングがカウンセリング終盤だったので、発達障害に関するテストのようなことはできなかったのですが、カウンセラーの方もこれまでの9回のカウンセリングを通して、私にADHDの傾向があることを感じていたようでした。今後はその発達障害の度合いなどを確かめつつ、発達障害を前提とした対応策を一緒に検討していくことになりそうです。

私の仕事はマルチタスクかつ締切などもあることが多いので、頭の中で不安が膨らみ過ぎてストレスを強く感じてしまいます。そういった状況と自分の状態(つまり発達障害を抱え、まだ適応障害から立ち直り切れず、神経の衰弱や自信の喪失があること)を踏まえ、どのように日々の仕事を進めていくか。とりあえず簡単に取り組めることとして、ブレインストーミング的なタスク管理と、マインドフルネスの重要性について教えてもらいました。

ブレインストーミング的なタスク管理と言うのは、つまるところ議論や検討の後回しです。私はどうも1つのタスクに取り掛かると、それに没頭してしまい、次から次へと検討要素を想定してしまう傾向があるようです。例えば、旅行について考える時、行先や時期、最低限の巡りたい場所をリストアップすればそれで充分と言えるかもしれません。特に、飛行機やホテルの手配を余裕をもって行う場合には、それくらいの情報で良いはずです。しかしながら、私はその旅行先にある観光地をほぼ全て出し尽くし、それらの評価を1つひとつ調べ、その中での見どころや歴史的背景、どれくらいの時間をかけてホテルから行くかなど、そういった要素まで検討しきらないことには飛行機やホテルの手配に移れないのです。そしてそういう検討をしている間にも頭の隅には漠然と「飛行機とホテルを早く手配しなきゃ」という不安が渦巻いており、それによって目の前の検討すらままならなくなり、気がつけばぐったりと疲れ果て、酷い場合には「もう旅行なんて行きたくない」となってしまうわけです。

こういった問題は、カウンセラーに言わせてみれば、まずやるべきことをブレインストーミング的にリストアップして、完成度60点のところまで各項目を持っていくよう心掛けると良いとのことでした。大事なのは各項目を完成度60点以上まで持っていくことではなく、むしろその逆で完成度を60点以下に留めておくことだそうです。1つの項目に対して検討をずんずん詰めていくのではなく、例えば飛行機とホテルをとりあえず決めてしまえれば、逆説的に巡れる場所が限られてくるわけです。タスクは互いに関連しているので、各タスクを少しずつ進めることで必然的に選択肢の幅が狭められていき、最終的な余白の中で自分の好みに合うようなチョイスをするイメージでしょうか。

仕事含め、色々なやり方があって良いと思いますが、私は特に目の前のことに没入してしまい、その反面未検討の事項から齎される不安の香りに苛まれやすい傾向があるので、そこを補完することが必要なのかもしれません。逆に、様々なタスクに追われて、本質を掴めずに苦労している人は、私の傾向を取り入れる方が良いということになるでしょう。何事も過剰になり過ぎず、バランスが大事というのはカウンセリングを受けるたびに感じることです。

長くなりましたので、もう1つのアドバイスであるマインドフルネスに関しては割愛します。簡単に言えば、呼吸に集中している状態を自分の安全基地とすることが目標ということでした。ボディスキャン瞑想や、マインドフルネスはこれまでも取り組んできましたが、ルーティーンのように安全基地=軸を作るというイメージはあまり持っていなかったのでこれから気にかけてみたいと思います。

 

というわけで、少し前に投稿した動画なので、上記に記述した内容とは乖離もあるかもしれませんが、よろしければお聞きいただけますと幸いです。

 

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適応障害と診断されまして… vol.78

適応障害と診断されて767日目(2022年11月20日)にこの記事を書いています。今日は雨が降っていて、肌寒いです。日曜日なんですが、最近は疲れが溜まっていて今日もずっと寝たり起きたりを繰り返していました。

 

前回

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前回のvol.77はこれまで自分がどのように考えて生きて来たのか、ということを話しました。「虚栄心」に振り回されて…つまり、人に良い格好を見せることに終始してきた人生を省みるのが私の人生であるというようなことでした。小・中・高は自分の能力を誇示し、その能力で他者を煙に巻いて、とにかく自分が傷つかないようにしてきたわけですが、それでは当然人生がうまくいくはずがなく。そこで、大学生になってからはとにかく自分のそんな傾向を省みて、他者に支配されない自己を確立するために新たな価値観を求めてきたわけです。しかしながら、過去の自分を否定して、それまでの生き方を否定するということは、社会そのものを憎むという事でした。つまり、「社会」と関わる以上、私の「虚栄心」は刺激されるわけで、私はあっという間に嫌いである小・中・高時代に戻ってしまう。それを避けるために私は「自分の嫌いな部分=社会」という風に位置付けて、苦しい気持ちで生きていました。

 

今回のvol.78では、一旦そういった自分自身の尺度による見識ではなく、もう少し医学的と言いますか、「発達障害」的な視点で自分を振り返ってみました。

結論から言えば、私は「発達障害」的な自分の要素をカバーするために多大な労力なりコストなりを支払って来たということです。現在でもそれがこびりついていて、普段社会生活を営むうえでとんでもなく疲れてしまう…段々とそういうことがわかってきたわけです。

例えば「忘れ物が多い」ということで、私は幾度となく周囲から注意されてきて、そのことが自分の「自尊心」…既出の言葉を使えば「虚栄心」が傷つけられてきました。それを回避ために、私は私なりにかなりの労力やずるい手法を使って生きてきたわけですが、それが大人になるにつれてキャパオーバーになっていったわけですね。「虚栄心」を傷つけられないようにあれやこれやと手を尽くすわけですが、それで酷く疲れてしまったり、逆にそれが他者を貶めることになったり、そういうのが嫌で私は「虚栄心」を憎むようになったんじゃないかと思ったわけです。すなわち、これこそが私が「社会」を憎む理由なんじゃなかろうか。

発達障害的な部分を指摘されることも嫌。発達障害的な部分を指摘されないために神経を張り詰めたり、他者を貶めたりするのも嫌。だから、私は社会とは関わらずに生きていきたい。でも、社会と関わらずに生きていくなんて無理。であれば、私はもう生きていくのが辛いので、できるだけ早く死んでしまいたい。

そういう風に考えると割といろいろなことが腑に落ちたのです。

そんなことを喋ったのがvol.78の動画になりますので、もしよろしければ。

 

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ここのところ色々考えることが多いので、更新頻度が上がっていますね。良いのか悪いのかわかりませんが、それでも前に進もうとしているのだと思い、無理なくやっていきたいと思います。

 

次回

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適応障害と診断されまして… vol.77

適応障害と診断されて759日目(2022年11月12日)にこの記事を書いています。すっかり秋めいて、過ごしやすい日々が続いているように思います。

 

前回

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前回からYouTubeでの音声(動画?)による記録をメインとするようにしました。適応障害のブログを書き始めて2年経ったということもあって、気分転換というのが1番の理由ですね。文章を書くよりも個人的には気軽にできるような気もしますが、やはりあらかじめ話す内容をある程度考えておかなければいけないということは変わらないですね。

 

今回もYouTubeの方に動画を上げております。動画自体は2週間前くらいにあげていたのですが、こうしてブログに記事を書くのが遅れてしまいました。YouTubeに動画をあげるのは寝ながらでもできるのですが、記事を書くのはPCの前にしゃんと座らなければならないので自分的には結構ハードルが高いのです…

そんな感じでタイムラグもありますが、vol.77の動画へのリンクも記事に貼り付けさせていただきます。

 

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話している内容は、これまでの自分の人生を振り返って「なぜ、自分はこんなにも生きるのが苦しいのか」ということがメインです。小中学生くらいの愚かな自分を省みるために私は色々と考え、考え、考え過ぎた結果、気がつけば「生きづらい」と感じるようになっていました。そうして20歳くらいの頃にはもう「30歳くらいまでには死ぬだろうな」という予感、というか希死念慮を抱くようになっていました。

人間は「虚栄心」を持っているから苦しむ。

それが私が戦ってきた世界観であり、結局、その世界との戦いに打ち勝つことができずに、気がつけば相当追い詰められていました。今ではもう少し広い視野でものを考え、世界を捉えられるようになったと思います。そうして狭くて、がちがちに凝り固まった世界から抜け出すことで、多少は息がしやすくなったでしょうか。相変わらず生きづらさも沢山感じていますが、その生きづらさを緩和していくことが自分の残りの人生でやるべきことなんだろうと思い、今はそういう意味では前向きに生きています。

ときどき逃げ出したくなってしまいますが…

そんなようなことをだらだらと1時間程度も喋っているので、もし何もすることが無くてお暇な方がいらっしゃいましたら、この駄文と合わせて聞き流していただければ幸いです。

 

次回

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適応障害と診断されまして… vol.76

適応障害と診断されて733日目(2022年10月17日)にこの記事を書いています。気がつけばもう2年経っていたんですね。2020年の10月16日にvol.1の記事を上げていたようです。

 

初回

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ちなみに前回記事はこちら…

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2年経ってもまだ治っていないという実感です。まぁ、この記憶は一生消えないでしょうから、当たり前と言えば当たり前なんでしょうが、ぶっちゃけ数週間前にも涙が止まらなくなって2日ほど会社をお休みしてしまいました。

 

そして、こうして久しぶりに記事を書いているのですが、今後はですね、文章を書くのが面倒になってきた(ほかにも色々と理由はあるのですが…)ということもあり、YouTubeに音声を上げることにしました。

 

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まぁ、本当にスマホを枕の上に置いて、画面を真っ暗にしたまま喋っているだけなので動画としてのクオリティは終わってます。別にチャンネル登録もいいねも催促しないですし、これまで同様もちろん広告も何もないので、気が向いた方はご覧になっていただければと思います。

 

気が向いたらまた文章でも書くかもしれません。もちろん文章で書いた方が良いだろうなと思えば、文章で書こうと思います。でも、とりあえずは動画ベースになると思います。喋る方が楽ですし、面倒くさいことに私は文章を書くことにちょっとしたこだわりを持っていたりするので、書くからにはそれなりに自分が楽しんで書きたいんですよね。でも、最近はそんなに目新しい考え方や価値観のパラダイムシフトを体験できておらず、文章にするハードルを超えてこないんです。なので、適当にだらだらと喋ることにしました。

会社のトイレとか、文字の方がありがたいという場面もありますが、音声なら聞きながら目を休ませてられるとか、アイロンをかけながら聞けるといった利点もありそうです。まぁ、それはどうでも良くて、とりあえず毎回5000字くらいは書いているつもりなので、vol.75ということで少なくとも380000字近く…400字詰め原稿で言えば950ページくらいなので、それなりの長編小説くらいにはなりますでしょうか。なので、一旦はもう十分だ、ということで動画にシフトさせていただきます。

気分転換も兼ねてますし、更新頻度を上げられたらと思っていますので、ぜひともよろしくお願い致します。まぁ、誰がこんな文章を読み、誰がこんな低質の動画を観てくれるのかは知りませんが笑。

そうは言いながらも時折コメントをくださる方もいますし、評価ボタンを押してくださる方もいます。なので、これからもぼちぼち頑張っていく所存です。改めてよろしくお願い致します。

※また次の動画をアップしたら、こんな感じでちょっとした文章を添えて、はてなブログにも投稿しようと考えていますので(現時点では)。

 

次回

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気晴らし 1

 こめかみの辺りにピリピリとした痺れを感じる。揺れる車両、汗を吸い込んだシートが湿気でムッとする匂いを放っている。ガラス窓にはいくつもの水滴が貼り付き、四隅は白く曇っている。水滴と曇りで歪んだ景色は、暗緑色の森と寒々しい田園風景。見知らぬ土地を走行する鉄塊。窓は閉まっているはずなのに、容赦なく冷気が染み出してきていた。ふくらはぎの辺りが旧式の暖房機から吹き出される熱風で暑い。淫靡でメロウな音楽が鼓膜を湿らせる。
 何年か経ったとき、僕はこの景色と感覚を思い出すことになるだろう。あるいは頻繁に。何かで、どこかで読んだ。生まれてすぐに死んだ赤子も、老衰で死んだ老人も、その死の瞬間に感じる「何か」があれば、それは等価な人生だ。僕の人生はクソみたいな代物だ。それでも、もし死ぬ瞬間に今まさに僕が感じている全てがフラッシュバックするのであれば、それだけで僕の人生はあらゆるものと等価になるだろう。いや、フラッシュバックとは違うのか。要するに、自分の中にそういう抱えている景色や感覚、その「何か」があればそれだけでいいのだろう。
 美しい、という言葉の定義を考える。アドレナリン的な感動、センチメンタルな感情、鎮静や陶酔、麻痺、安堵の吐息。僕が今抱えているこの感覚はどれに当てはまるか。そういう細やかなことはわからない。しかし、何年か経ったときにふと思い出されるもの。それが美しさなのかもしれない。あるいは何年か経ったときにふと思い出してほしくなるような「何か」。ずっと抱えていたいもの。主観的に「価値がある」と思えるもの。
 瞬間的に感じられる様々な刺激がある。それらも美しさと呼べるものがあるかもしれない。しかし、やはり時の流れで磨き、削られた残滓。それこそが美しさの本質だろう。もちろんそこには現実的な時間が与えられるという仮定が必要だが(本来は美しいものであるはずなのに、それが然るべき時の流れを経る前に当事者がこの世から消えてしまうという可能性もある。それを補償するためには、然るべき期間が与えられるという仮定が必要だ)。美しさは事実でなくて良い。それは主観であり、ただの移ろう感覚だ。逆に言えば、感性こそが美しさを定義できる。定義という言葉は不適切か。規定……これも違うか。感性こそが美しさを発現させ、存在を担保する。想像力で増幅することも重要なことであるかもしれない。
 言語化能力というのは商売になる。表現力もある程度商売になる。でも感性を増幅する想像力というのはそれだけでは商売にはならない。でも、仮に赤子のまま死ぬことよりも、より長く生きることに意味を見出せるのだとすれば、それは想像力を養えるというところにあるだろう。想像力を養うということは、様々な角度から様々な刺激を美しいものへと増幅させることが可能である。例えば、本文の最初のパラグラフでの描写。あれらから僕は自分のプライベートな記憶を遡り、然るべき時間が経過した上でもより熟成した感覚を味わうことが可能だ。自分の内側に自分だけの美しさを創造する能力。それこそが想像力と言える。金にはならないが何にも代えがたい価値はあるかもしれない。
 長く生きることは様々な痛みや苦労、虚無や失望を伴うだろう。それらを補って余りある価値が、想像力にはあるとは言い難い。というか、想像力ではそれを補うことができない。いわば、我々の苦悩はどちらかと言えば、実軸方向の問題である。美しさは虚軸方向の話だ。ベクトルが90°違うのだ。虚数にも正負がある。美しさと聞くと、普通はプラスのものを思い浮かべるかもしれない。しかし、僕が喋っている美しさはマイナスのものも含んだ虚数世界全てを指す。実軸から離れて虚数世界に思いを馳せる。その能力を想像力ということになる。赤子であれば、意図的にその虚数世界へ意識を飛ばすことは難しい。感覚的にはそれを知覚できるだろう。しかし、年齢を重ね、術を身に着けることができれば、割と意識的に虚数世界へと飛び立てる。先に行ったようにそのことに経済的な価値はない。人生における価値とも言い難い。しかし、生きることの価値を考えたときに、様々な割に合わない苦悩を孕みながらもまだ何かを見出そうと生きていくのは、想像力を鍛えることに何らかの個人的な価値を見出しているからではないか。僕はその想像力を養うという可能性に期待をしている。
 もちろん若い頃のように僕の感性は鋭敏ではないだろう。僕の抱く虚数世界もだいぶ固定化されてきてしまった。しかし、その凍り付いていく虚数世界の中でも、僕はわずかな火種に空気を送り込み、大切な灯をまだ見守り続けている。それが美しさを糧に生きるということなのだろう。生きることが美しいのではない。また、美しさが生かしてくれているというのでもない。ただ、生きている以上は、美しさの灯とともにある。
 ガラス窓の外では日が暮れ、森も田んぼも隠れて自分のつまらなそうな顔がガラスに反射している。首を捻り、額をガラス窓に擦り付けるようにして、それでも外を見ようと試みる。遠く、ここがどこかもわからない土地に、民家のオレンジ色の光がぽつんと光って見えた。

「有線ピヤホン3」レビュー

クラウドファンディングがかなり白熱した有線ピヤホン3ですが、本日8/20に手元に届きましたので早速簡単なレビューをさせていただこうと思います。

 

有線ピヤホン3 外箱

ピヤホンシリーズですが、まず箱からカッコイイですよね。これだけで「良い買い物をした!」という感動があります。

取り出してみると、これが結構ずっしりとした重量があり、高級品という感じもありますね。

 

有線ピヤホン3

 

 

1.音質~強み~

一聴して、「おぉ!ボリューム感がすごい!」という感じがありました。低音がかなり重めで、それでせせこましくなく、非常に広がりというものを感じます。ただ低音が大きく鳴っているというのでもなく、しっかりとクリアに聴こえてくるので感動しました。

低音に関しては、まず「粒立ち」から確認していきます。あまり良いイヤホンでないと、ベースの音が潰れてしまって16ビートなどが曖昧にしか聴き取れないということが結構あります。それを確認するための音源として、私はたいてい「シュガーサーフ(おいしくるメロンパン)」のベースを確認することにしています。

 

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はい。ちゃんと聴こえますね。ほかのイヤホンとの比較は最後にまとめて行うつもりですが、無線ピヤホン5と比べると、よりベースの音が生々しいです。無線ピヤホン5の方が若干音に加工・補正が入っているような感じがあり、マットに聴こえます。マットな分、「粒立ち」という観点では無線ピヤホン5の方がはっきりしている感じもありますね。とは言え、やはり有線は情報量が多く、いい塩梅で雑味もあり、それが生々しさを引き立たせています。にもかかわらず、音が潰れずにしっかり一音一音聴こえてくるのは、やはり解像度の高いイヤホンなのでしょう。

そして1番、有線ピヤホン3で聴いて感動した(相性がめちゃくちゃ良いと感じた)のが「D.A.N.」の最新アルバム「NO MOON」ですね。

 

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アルバム表題曲の「No Moon」では約1分あたりからのベースの低音の存在感がエグイです。

 

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アルバムの中でもかなり攻撃的な「The Encounters」もめちゃくちゃカッコ良く聴こえます。

この「NO MOON」というアルバムの音像は、

・低音が太く、よく響き、味わい深い

・多彩な装飾音(中音域~高音域)

・甘く、生々しいボーカル

という特徴があると思っているのですが、それらの良さが有線ピヤホン3によって最高潮にまで引き出されている気がします。逆に言えば、有線ピヤホン3の強みが上記のような点にあると言えるでしょう。

 

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なので、意外とピアノの独奏なんかでも音が痩せ細りしなく、豊かな音像を楽しむことができます。

このように総じてかなり迫力が出るイヤホンであると思います。

 

2.音質~苦手分野~

苦手分野というか、これは単純に好みの問題という気もしますが、「一長一短だよね」ということを簡単にご紹介させていただければと思います。

 

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以外なところで、個人的には「凛として時雨」や「TK from 凛として時雨」における私の楽しみ方とはちょっとマッチしていないなという印象でした。もちろん、低音を含めた音全体の迫力は素晴らしく、いつもよりも骨太な音像を楽しむことができます。しかしながら、どうしても私は鼓膜に突き刺さるような攻撃性の高いものを「時雨」に求めてしまいます。

有線ピヤホン3は長時間聴いていて疲れないイヤホンを目指したとのことなので、耳に刺さるような音域はあえて抑え込んでいるそうです。そう考えると、確かに「時雨」の音楽でも長時間聴いて疲れないので良いですよね。私は散歩しながら「時雨」を1~2時間爆音で聴き続けるというストレス発散をたまにやるのですが、大抵最後の方は鼓膜が疲れて、人の声なんかがまるで何重もの膜を通して聞こえてくるような感じになってしまいます。有線ピヤホン3ではそういった事態にはなりにくそうです。

なので、一長一短なのですが、どうしてもそういった刺激が欲しいときはいつも使っているイヤホンを使おうと思います。ちなみに、この点に関して言えば、無線ピヤホン5よりは有線ピヤホン3の方が攻撃的な音をしているように思いますね。というか、有線の方がやっぱりかなりタフな音像だと思います。より「生(なま)」です。

 

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そして、これは完全に強みの裏返しなのですが、「No Buses」のようなある種のローファイ感、チープさを楽しみたいときには、有線ピヤホン3は若干迫力が出過ぎるという部分があるかもしれませんね。バスドラムやタム、ベースが骨太になります。まぁ、でもこれは気にならないと言えばそこまで気にならないかもですね。むしろ、YouTubeとかの広告に迫力が出てしまう方がちょっとイラっとします笑

 

3.装着感

耳掛け式の有線イヤホンという意味では、私は普段オーディオテクニカ(オーテク)で耳掛け式のものを使っているので、そっちに慣れています。オーテクのものは耳にかける部分が針金のようになっていて、一度曲げたらその角度を維持してくれるような硬さがあるのですが、有線ピヤホン3のケーブルにはそういったものがなく、柔らかいです。なので長時間かけても耳が痛くなりにくいというメリットがありそうです。が、ちょっと使った感じでは、ケーブル自体にも結構重さがあるので、安定感は若干オーテクに劣りますかね。

あとはケーブルにはツイストがかかっており、その分ノイズは乗りにくくて音質は良くなると思いますが、耳掛け部の装着感と合わせて、ごてっとした重さがやはり気になりますね。もののけ姫でエボシが「やはりちょっと重いな」と言うくらいの感じですかね。慣れれば大丈夫だと思いますし、慣れない中でも別に扱えないわけではないので。

 

4.まとめ

私自身、オーディオマニアというほどではないので、細かいパーツの役割などはよくわかりません。わからないなりに、「良い音質で音楽を楽しみたい」と思って来たのですが、この有線ピヤホン3と出会うまでは基本的にオーディオテクニカの中で少しずつ高価なものを買うようにしてきました。

現状、私が使用しているのは、

ATH-E70

というやつで、だいたい4万円ちょっとの値段です。解像度が高く、前述の通り、結構耳に負荷がかかるような帯域までそのまま出力してくれるので刺激的です。このイヤホンを使うまでは、

ATH-LS400

まで、LSシリーズの中で徐々に値段を上げて来た感じです。リケーブルもしてみて、計5万円ほどかけたものを使用していたのですが、故障を機にE70の方を買ってみたら、そちらの方がリケーブル無しでも解像度が高く感じられたので、今ではE70をメインで使用しています。

人にイヤホンを貸してもらう機会もたまにあったのですが、中高音を含めた全体のバランス感が良いイヤホンが好きなのか、オーテクばかり使ってきました。

ただ、普段使いではどうしても利便性の観点から無線ピヤホン5ばかり使用しているという状況です。無線ピヤホン5もとても良いイヤホンですが、やはり情報量の多さと全体的な音の広がり、生々しさという観点では有線に劣る印象があります。なので、休日などに散歩をしながら音楽に没頭したい!というときには、大抵上記の有線イヤホンを使用しています。

そんな私の音楽生活の中に現れた有線ピヤホン3。33,000円という価格から考えれば上記のオーテクイヤホンよりも若干劣るかと思っていたのですが、全然そんなことはありませんでした。むしろ、私はこの有線ピヤホン3にめちゃくちゃ感動しましたね。正直、高音の突き刺さり具合以外は、有線ピヤホン3の方が「音の広がり」、「迫力」、「解像度」という様々な面で優れている印象です。高音の突き刺さり具合についても、裏を返せば「疲れにくい」という長所でもあるので、「ピエール中野さん、めっちゃいい仕事したな」と改めて感心させられました。

あとはどうしても装着感だけ慣れない(現状、やや不便と感じる)ので、そこだけ克服してこれからの音楽生活により楽しみを見出していこうと思います!

 

最後に…

一聴して「良いイヤホンだ!」と感じますし、細かく聴いていくとその豊かでバランスの取れた音像の素晴らしさにも気づかされ、本当に良い買い物をしました。今までイヤホンも好みがあるし、音楽へのお金のかけ方も人それぞれだから、と他人に自分の気に入ったイヤホンを勧めることなんてなかったのですが、これは他人に勧めたくなるイヤホンですね。今のところはまだ一般発売されていないみたいですが、一般発売されるようになったら、ぜひプレゼントにもしてみたいイヤホンです。

改めて、感動をありがとうございました。これからいっぱい使っていこうと思います。

適応障害と診断されまして… vol.75

適応障害と診断されて656日目(2022年8月1日)にこの記事を書き始めています。

 

前回

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また前回から2か月ぶりくらいの記事ですね。先週は結構しんどくて、今回の記事ではその振り返りと、多少回復に至った現在について書いていこうと思います。

 

 

1.出力を上げていく

次第に仕事で任されるところが増えてきました。周りからの期待も感じます。そうなると弱いのが私なんですよね。ついつい張り切り過ぎてしまうし、それに上手く応えられていないであろうことを自覚してしまうと、「あーあ」と苦しくなってしまいます。他人から期待されると自分で自分にも期待してしまう。思えば私の人生は常にその自分自身への期待と失望との荒波の中だったとも言えるでしょう。

適応障害を通じて、いや、適応障害という診断が下される前から私はずっとそういう自分が嫌で改めたいと思っていました。そういう期待と失望の間を行ったり来たりするだけの人生には疲れ果てていたし、苛々させられていて、私は他人からの評価だけに振り回されないよう自分自身の中に強固な価値観を作ろうと躍起になってきました。それが私にとって本を読んだり、音楽を聴いたり、こうして物を書いたり、散歩をしたりということで、そういう時間を大切にできているときは自分の中に平穏や安心というのを見出せている気がするのです。そういう意味では、私は大学生活を通じて、苦しいことも多々ありましたが、おおよそ大切なことを身につけられたようにも思うのです。

しかしながら、やはり私が社会に思い描くのは「点数」というものなのです。それなりの点数を取っていれば社会は自分を攻撃して来ないだろう。安心して本や音楽やに没頭するためには、社会が齎すノイズを極限まで減らしたい。そんな考え方が抜けきらないので、私にとって社会というのはどうしても怖くて、その怖さに負けて頑張らざるを得ない局面なのです。

病気の診断は私にとって良い免罪符でした。「病気なんだからできなくて大丈夫」という免罪符があればこそ、私はできない自分でいることを受け入れ、赦すことができていました。けれど、1番上にも書きましたように、もう診断が下ってから600日以上も経っているのです。となれば、もはやこの免罪符の効き目はほとんど消えてしまい、丸一日経過した後の虫よけスプレーくらいの効き目しかないんじゃないかと思ってしまうのです。

 

「自分のペースでやればいい」、「うまくできなくていい」、「会社なんて人生のほんの一部」、そのほか何でもいいですがそういう風にとにかくブレーキを踏み続ける1年を過ごしてきました。それである程度うまくバランスを取りながらやれてきた部分は大きいです。もちろん、何度かエンストしたり、コースアウトしかけたり、大変なこともありましたが。

免罪符の効能が効いているうちは、割とブレーキを踏むことに満足感を覚えることができていました。しかし、免罪符の効能が切れてきていると感じたとき、私の中にはやはり不安が芽生えたのです。周りから「さすがにもう大目には見ていられないよ」という声が聞こえて来るようでした。張り切ると体調が悪くなる。でも、頑張らないと社会から抹殺される。そんなどっちつかずの恐怖感に苛んでいたのが、4~5月くらいだったでしょうか。

GW明けにカウンセリングに行き、そこでそういった悩みを相談したところ、「ブレーキを踏み過ぎでは」という指摘を受けました。いやいや、何よりもまずブレーキを踏むことを覚えろ言うたんは、あんたやないですか。よっぽどそういう指摘をしようとも思いましたが、しかし痛いところを突かれていたのはわかっていました。そうですよね。私はブレーキを踏むことばっかり考え過ぎて、スピードを出すのが怖くなっているんですよね。そして、スピードを出していないことで、色々な人に抜かれ、周回遅れの視線を浴びることにも恐怖しているんです。だったら、ちょっとの勇気を振り絞ってスピードを出してみればいいんですよ。

「ブレーキを踏むことの大切さ、ブレーキの上手な踏み方、あなたはこれまでそういうのをちゃんと学んできました。真面目に学んできたからこそ、あたなはいまブレーキを踏むことばかりに目が行っている。今度はもう少し視野を広げ、アクセルの踏み方も勉強していきましょう。ブレーキとアクセル。極端ではダメです。上手くバランスを取りながら、丁寧なドライビングテクニックを身につけましょう」

そうか。私は極端過ぎたんだ。

目から鱗という感じで、そのカウンセリングを機に、私は中庸を目指すべくアクセルの踏み方を勉強してみることにしました。少しずつ出力を上げてみる。すると、思ったよりも自分がスムーズに、効果的に業務をこなせるようになっていることに気がつきます。もちろん同じ職場で1年近く働いてきた経験も大きいです。しかしながら、それだけでなく、今までは体や脳味噌に与える負荷を軽減するために、容量の30%くらいしか自分を酷使しないよう気をつけていた「たが」のようなものが外れた気がしたのです。最初はおっかなびっくりでアクセルを踏み込み、徐々に自分の容量60~70%くらいまで出力を上げられるようになってきました。思い切って、80~90%くらいまで頑張ってみちゃおうかしら。そんな風に7月の上旬までは、ある意味では健康な時の自分に戻りつつある実感を得て、結構満足感高く過ごせていました。このまま私は完治するんだろうな、と。

 

しかし、物事はそう上手くはいきません。仕事が壁にぶち当たり、またプライベートでもあまり好ましくない人間関係に巻き込まれて、疲弊してしまいました。すると、もう80%を保つことなんて苦しすぎて、生きているのが嫌になってきます。もう都会で生きていくのは無理だ。会社でやっていくのは無理だ。やっぱり向いていなかったんだ。そうだよ、私らしい生き方ってもっと別にあるはず。回復するまでは頑張ってみようと思ってここまで来た。回復してもやっぱり辛いじゃないか。だったら、もう潔く諦めてしまおう。それがいい、それがいい。

いつものようにそんな思考に囚われてしまいます。

 

2.初心に帰る

適応障害になって、私には色々な問題があることに気がつきました。

私はよっぽどの目に見える優位性がない限り、自分の苦しみ度合いでしか、自分を評価することができません。もしかしたらだいたい皆そうなのかもしれませんが、根本的に社会に対する怖れがあるので、「ほら、こんなに苦しんでるんだから許してよ。もうボロボロだよ」という免罪符を欲しがってしまうのです。運良く成果が出ているときはまだ良いのですが、成果が滞ると「上手くいかなかった分は、ボロボロになるまで頑張って取替えさせていただきます」という感じで自らを酷使してしまうのです。このような状態になると、私にとって指針となるのは、つまり計量の針を担うのは自分の苦しみ度合いになってしまうのです。

それは言い換えるならば、先ほどお話した「出力」という言葉になるかもしれません。仕事の成果は置いておいて、自分の出力を100%近くまで持っていけるか。あるいは、120%を超えるところまで。

ちょっとアクセルを踏み込んでみて調子づいた私は、いつの間にか適応障害発症当時と同じ「120%」を目指して日々奮闘しようと息巻いていました。結果、また体調を崩しかけ、週末はとにかく寝続けないと…という約1か月を過ごす羽目になりました。本当に自分って学ばないなぁと呆れてしまうのですが、どうしてかすぐに私は周りが見えなくなってしまう人間のようです。

自分がこれまで使って来た「出力」みたいな指標は、はっきり言って「針」が狂っている。そのことを再認識しました。もしかしたら私は自分に期待し過ぎているのかもしれません。出力を「120%」まで上げれば問題は解決できると思っているのです。そして、それはもしかしたらある意味では正しく、ほとんどの意味において間違っているのです。つまり、実際に問題が解決できるかは時の運によるでしょうが、出力「120%」まで出し切れば、それが免罪符になると考えているのです。免罪符さえできれば、実際的に問題が解決しなくても私にとっては構わないのです。なぜなら、私が頑張る理由は社会から攻撃されないためだからです。しかしながら残念なことに、私にとっては出力「120%」を出すことそれ自体が問題なのです。そんなに神経を焼き切るような出力は毒でしかなく、自分を壊すことでしかありません。

適応障害になる前までは、自分を壊すことで免罪符を得ることが何より重要でした。破滅願望というほどカッコの良いものではありませんが、早く壊れてしまいたいと考えているのが以前の私でした。

しかし、適応障害を経て、「壊れるのはやめよう」と今では思えます。漫画NARUTOで腹の中の九尾が暴れ出したら自動的に九尾を抑え込む術式が発動するように、「もういっそのこと壊れてしまいたい」と思ったら、自動的にブレーキを踏んで止まることを私は学びました。

昨日は日曜日。蓄積した疲労を少しでも癒すため、結局昼寝も含めて13時間くらいは寝ていました。カーテンを閉め切った部屋の中で。確かに、極力刺激を減らして寝ているというのは、体を休めるのにかなり効果的です。適応障害を経て、私はそのことを身を持って学びました。しかし、それだけ寝ても身体も心もすっきりとしない。そんな感覚が今朝はありました。それでテレワークでちょっと仕事をサボりながら、精神医学系の動画を観ていました。このあまりにも強い眠気はどこから来るのか。うつ病の回復期に眠くなると紹介されていました。おそらく今の私は一般的なうつ病の回復期よりはずっと回復した状態にあると思います。なので、その動画がとても参考になったというわけではありません。ただ、そういう動画を観るというのが、まさに適応障害からの回復期に私がしていたことで、必然的にそのときの心境が思い出されました。

ちゃんとブレーキを踏もう。

また、先日会社の健康診断があり、休職の際にお世話になった産業医の先生とお話をする機会がありました。「だいぶ出力を上げられるようになってきたんですよね」とちょっと得意げに話し、「だいたい80%くらいですかね」とカッコを付けて、ちょっと低めの数値を言ったりしました。すると、さすがはお医者さま。「100%なんか出さなくていいですからね。80%を維持することだけに全力を捧げてください。頑張り過ぎないように努力してください」と釘を刺されました。

なるほど。

 

いま、こうして文章を書いて頭の中を整理しています。

繰り返しになりますが、相も変わらず私のドライビングは酷いものです。ギッタンバッコン、まるで幼稚園児のシーソーのように乱暴に、急加速と急ブレーキを繰り返しているようです。それでも、まぁ、今回はぶっ壊れる前にブレーキを踏めました。今まさにブレーキを踏んでいます。まだ正気があるうちに。

昼間に見た精神医学の動画で、正気が無くなる病気がうつ病ということも言われていました。確かにな。ブレーキを踏めなくなる、アクセルを踏めなくなる、そういう異常な状態が病気の一面なのでしょう。アクセル…ブレーキ…アクセル…ブレーキ…これを上手にできるようになり、燃費が良く安全性の高いドライビングテクニックを身につけたときこそ、私はうつ病適応障害)を克服できたと言えるのでしょう。

 

3.価値観の再構築と持続的なアップデート

適応障害を機に、私はいくつか価値観を再構築してきました。

まずは、「死に向かって生きること」をやめました。やめようと思ってすぐにやめれるものではありませんが、とりあえず「やめた」ということにしています。それから、社会ともちゃんと向き合うことにしました。今でもちゃんと向き合えているかはわかりませんが、とりあえず「向き合う」と決めました。

自分が生きやすいと思える環境を自分の手で(他人の力を借りるにしてもちゃんと借りに「出向く」のです)、地道でも少しずつ構築していく。観葉植物を置く。誰かを食事に誘う。「あなたと過ごせて嬉しい」という気持ちを伝える。寒いときは靴下を履く。温かいお湯で手を洗う。薬を飲む。きちんと寝る。浴槽に浸かる。美味しいものを食べる。素敵な服を買う。散髪に行く。朝、体操をしてみる。よく笑う。人と話す。

小さなことから、これからも社会で生きていくために必要であることを少しずつできるようになってきました。

果てが見えないのが苦しい。いつまで頑張れば生きやすい土地に辿り着くのか。そう考えるとなかなかきついですよね。でも、考えてみれば、社会は常に変化していきますし、自分という人間も時間とともに変化していくのです。とすれば、いつまでもイタチごっこのように、私は自らをアップデートさせ続ける必要があります。1秒前の自分はもう既に古くて、今の自分に適した存在ではない。私は今の1秒、1秒を常に最良のものを目指してアップデートしていく覚悟と勇気を持たなければなりません。

それが強迫観念のようになったら苦しいでしょうが、少なくとも「勇気」を持って取り組んでみようと思っています。それが生きるということなのだと思います。

 

最後に…

まほろ駅前番外地」というドラマを久しぶりに見返しました。多田と行天の自由気ままな、それでいてどこか真面目臭くて、愛情にあふれた生き方が好きです。そういう風に生きたいと思います。今の私はなんてつまらない、不自由な仕事をしているんだろうと悲しくなってきます。私も自営業をやってみたいな。もちろん、自営業には自営業の苦しみがあるとは思いますが、自分にはそっちの方が向いているんじゃないだろうか。隣の芝生は青く見えると知っていても、そう考えずにはいられません。

仕事を、生き方を変えるべきかはまだ迷っています。考えてもわかりません。すべてはタイミングと言う人がいます。臆病な私はタイミングを逃し続けているのか、そうも思います。

それはそれとして、「まほろ駅前番外地」で主人公の多田は、多田便利軒の宣伝文句に「依頼は極力引き受けます」という文言を使っています。作中、何度も「何でもじゃない、極力だから」と仕事を断ろうとします。が、結局なんだかんだと言いながらどんな仕事も引き受けてしまいます。「極力」というのは「限界ギリギリまで頑張る」という意味です。それがいかに無茶なことなのか、適応障害になった私はわかります。多田もそのことに気づき、最終的には「極力」という文句を改めます。「何でも」に。

「極力」よりも「何でも」の方が無理難題なわけですから、普通に考えたら余計に苦しくなるだけのような気もします。けれど、何故かわかりませんが「何でも」にすることで清々しい気持ちというのも生まれてくるのです。

「極力」という言葉には、「受けたからには、きちんと責任を持って成果を出せる」という裏の束縛を感じます。そこには「うまくやらねば」という強迫観念のようなものもあるかもしれません。しかし、「何でも」にすると、どこか「失敗したって仕方ない」という雰囲気が漂います。それはある意味では自分への赦しのようにも思えます。これは私だけの感覚かもしれません。しかしながら、「カッコつけてないで、とりあえずすべてを受け入れて生きていこうよ」という気構えは私にとってはとても好ましいものです。あまり肩肘張らず、よくわかんないけど、何でもやってみたいとは思います。もちろん、ブレーキとアクセルに気をつけながら。

 

次回

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