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音楽や小説など

アンジュルム「全然起き上がれないSUNDAY」レビュー ~曲名の魅せ方~

アンジュルムの27th single 「全然起き上がれないSUNDAY」のレビューをさせていただきます。

 

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◆ 前置き

近年のつんく♂さんらしい、静かにどっしり聴かせるEDM系の楽曲となっていますが、編曲は江上浩太郎さんという方になります。EDMと言えば、大久保薫さんというイメージもありますが、江上さんはJuice=Juiceの「Dream Road ~心が躍りだしてる~」のようなEDMを手掛けている方でもあります。ほかにもハロプロで言えば、℃-uteアダムとイブのジレンマつばきファクトリー「デートの日は二度くらいシャワーして出かけたい」の編曲も手掛けている方で、いずれも結構私好みの曲です。私は基本的に気に入った楽曲が集まったCDしか買わない、ヲタとしては最悪のヲタではあるのですが、偶然にもいずれの楽曲も購入してありましたね。

 ※ここからは個人的な話が続きますので、そういうのが不快な方は読み飛ばしてください。

今回の「~SUNDAY」はその中でも屈指で気に入ったため、こうしてレビューさせていただくことにしました。アンジュルムのレビューは、私が初めてレビューをした「46億年LOVE」以来ですね。たしか、あの時もモー娘。の「自由の国だから」と抱き合わせみたいなタイミングでレビューもしましたが、今回もモー娘。の「KOKORO&KARADA」のレビューと抱き合わせみたいなタイミングでレビューさせていただくことになりました。

 

と言っても、レビューが遅くなってしまいました。というのも、まぁ、理由には仕事が忙しかったから、というのもあるのですが、何というかレビュー執筆に踏み切る気概が私になかったから、という部分も多分にあります。「書こうかな。でも、疲れるしどうしよっかな」と思っていたところに、モー娘。の「KOKORO&KARADA」が発表され、「あ、2曲を比較しながら分析してみたら面白いんじゃないか」ということでようやく執筆に踏み切った次第でございます。

どちらも良曲ではありますが、どちらかと言えば「KOKORO&KARADA」よりも「~SUNDAY」の方が個人的には好みですかね。なので、「KOKORO&KARADA」の方を先にレビューしてみました。

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そして、「KOKORO&KARADA」のレビューを書き上げた現段階では、「『KOKORO&KARADA』すげー! こっちの方が好きかも!」となっている現状であります。

さて、私はこの「~SUNDAY」のレビューを書き終える頃にいったいどっちの楽曲を好きになっているんでしょうか。

そんな個人的な意気込みも踏まえて、レビューを始めていきます。

 

◆ 楽曲の構成

まずはざっくりと楽曲の構成を書き出してみます。

 

intro (8) ⇒ A1 (8.8) ⇒ B1 (8.8) ⇒ C1 (8.8)

inter1 (4) ⇒ A2 (8.8) ⇒ B2 (8.8) ⇒ C2 (8.8)        *inter1 = intro

inter2 (2.8.8) ⇒ D (8.8)⇒ B3 (8.8) ⇒ C3 (8.8)

ountro(4)    * outro = intro = inter1

念のため説明しておくと、「intro=イントロ」、「inter=間奏」、「outro=アウトロ」です。後々書きますが、本楽曲では「B, Cメロ」の両方がサビとして機能しています。また、(8)とあったり(4)とあったりするのは、そのブロックの小節数を現しています。「inter2 (2.8.8)」とあるのは、2つ目の間奏が「2小節+8小節+8小節=計18小節」で構成されているということになります。また、「*inter1 = intro」は1つ目の間奏がイントロと同じメロディであることを示しています。

 

さて、このように書き出してみるとA⇒B⇒Cと繰り返され、またその小節数も8小節×2回し=16小節が1ブロックとなっており、かなりスタンダードで規則的な構成となっております。

構成上気になるところとしては、2番で小節数カットが為されていないことですね。前回レビューの「KOKORO&KARADA」では、A2, B2にあたる箇所の小節数がA1, B1の半分になっていることで、楽曲の中弛みを防ぐ形になっていました。これについては、「KOKORO&KARADA」のレビューでも引用しましたが、Juice=Juiceの「『ひとりで生きられそう』って それってねぇ、褒めているの?」のレビューで詳しく書いています。

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対して、この「~SUNDAY」ではそのような小節数のカットがなされていません。これは逆説的に「じっくり、どっしり聴かせよう」という意図があるからにほかならないでしょう。実際この「~SUNDAY」を聴いて強く思うのは、音・ビートの少なさです。モー娘。の「冷たい風と片想い」や「A gonna」もビートが少ないで有名ですが、この「~SUNDAY」はそれ以上のような気がしますね。このビートが少ないが故の、ダークでシックな感じが、最初に私が「KOKORO&KARADA」よりも「~SUNDAY」の方が好きだなと思った最大の理由であります。

次に気になった箇所は、inter2(2番終わりの間奏)の小節数です。単純に「多い、長い!」、そして「最初の2小節はなんだ!?」というところですね。モー娘。の「KOKORO&KARADA」の2番終わりの間奏は、スタンダードに8小節でしたね。対して、この「~SUNDAY」では2小節+8小節+8小節=計18小節で倍以上です。「KOKORO&KARADA」のサビにかけている小節数と同じだけです。しかしながら、何度も言うように、この楽曲の軸は「じっくり、どっしり聴かせよう」です。そういう意味ではこのやや冗長的な間奏が、楽曲の重厚感を強調し、また全体的に重い構成の中で、さらに重心をわずかに規定位置からずらしてくれる素晴らしい役割を担っています。規定位置というのは、つまり「サビ」です。もちろん「サビ」も素晴らしいですが、やはりこの楽曲を物語る上では、この間奏は外せないでしょう。むしろこの間奏が「サビ」だろう!くらいのインパクトがありますね。MVでも、このサビのタームはかなりカッコ良く、それでいて美しく、刹那的な印象があります。

そして、そんなサビ…ではなく、間奏が終わった後にやって来るのが「Dメロ」です。

またこの「Dメロ」が素晴らしいのですが、ここでは構成上の「Dメロ」について触れるまでにしておきます。まず、何度も言うようにこの楽曲の軸は「じっくり、どっしり聴かせよう」です(「3、かい、め」C.V. アンガールズ田中)。それ故に、A, B, Cメロがいずれも8小節+8小節=計16小節で、短縮もないという構成になっているわけですが、間奏がやや特殊と言えども、それでももしDメロが無ければ、相当重たく執拗で、ちょっと飽きが来る楽曲になっていたように思います。しかし、Dメロを入れて味変を少し挟むことで、「ただ重いだけ」という事態を回避することに成功しています。この「Dメロ」によってほかの良さが引き立たせられるだけでなく、この「Dメロ」自体もかなり印象的で、目立ちながらも楽曲をさらに深く展開させていく上で重要な役割を担っています。2番終わりの間奏だけでもかなりの聴き所になり、上述の通り楽曲の重心を分散させてはいますが、さらにこのDメロが楽曲としての幅と深さを押し広げ、「~SUNDAY」を良曲たらしめていると私は強く思いますね。

まとめると、「重厚にしよう」という想いが音像だけでなく楽曲構成からも見て取れる本楽曲ですが、「inter2=間奏」と「Dメロ」のおかげで質点を分散させられ、ただ重くのっぺりとした楽曲ではなく、うまく見所を作りながら、全体的にバランスの取れた聴き心地にさせられている…ということになりますね。やや1文が長くなりましたが、まぁ、上手く私の想いを汲み取ってください(笑)。

 

さて、ここからは例によって、歌詞ベースでより掘り下げていこうと思います。

 

>intro(8) 

>A1(8.8)
口付けじゃないわよ
認めない あんなの
私も同い年 悪ふざけ 許さない
爽やかはカッコだけ
性格は最悪
誰にもチャラチャラと いいカッコボーイ

皆さんお気づきだとは思いますが、この楽曲はイントロで提示されたテーマが常時裏で鳴り続けるタイプの楽曲です。「じっくり、どっしり」をやる上で重要なのは、つまるところ「一貫性」です。もしかしたらその一貫性は「ビートの少なさからくる、ダークさ、シックさ」というところになるのかもしれませんが、この「イントロフレーズの繰り返し」もまた強い「一貫性」です。

A1の前半8小節は、本当にintroのフレーズを同じ音色で繰り返しているので(3拍目に「カッ」というビートが僅かに入ってきますが…)、かなり掴みやすいと思います。後半8小節に入ると、少しそのフレーズが後ろに下がってしまいますので、ほんのちょっぴり聴き取りにくいかもしれませんが、それでもずっと後ろでそれが鳴っていることはきっと感じ取れるはずです。

歌に関して言及し始めると、とんでもないことになりそうなので、色々と言いたいことはありますが、とりあえずは「爽やかはカッコだけ」「け」の扱い方が素晴らしいですね。1番の「け」はかななん(中西香菜)、2番の「勝手に膨らませ」の「せ」はりかこ(佐々木莉佳子)というところを見ると、ディレクションが素晴らしかったんでしょうね。そういう小さなところにこだわれるのは、良曲を生み出すうえで非常に重要ですよね。本当にアップフロントさんはしっかりしてらっしゃいます。

 

>B1(8.8)
一瞬たりともキュンした 私がバカだな
こんな出会いがあることに トキメイてバカだった
絶対このまま許さない 何も許さない
あんなにはしゃいだ あの気持ち返してよ 返してよ (ね)

>C1(8.8)
ね こんなにも ねぇ? ムカつくのはなんで?
そう かすかに mm 嘘だと思いたいから?

B1に差し掛かると、ややintroのフレーズが聴き取りにくなりますが、フレーズの担い手がシンセ?に代わりながらも、きちんと鳴り続けてくれているおかげで、楽曲の「一貫性」が保たれています。またC1に入ってもこのフレーズは鳴り続きます。おそらくB1と同じ楽器を使用しているはずですが、他の楽器やビート、コーラスとの関係性の中で若干聞こえ方が変わっているようにも聴こえますね。まぁ、そこまでいずれにせよ大きな変化ではないと思うので、ここは掘り下げなくて良いかと思います。私も耳が良いわけではないので…(笑)

さて、このB1, C1で何よりも重要なのは、「B1からサビじゃん!」というところです。そもそもC1よりもB1のビートの方が激しいのがおかしいわけですが、「サビっぽいBメロ」という話で言うと、モー娘。の「KOKORO&KARADA」でも引用した、sora tob sakanaの「knock! knock」がすぐに思い浮かびますね。

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このsora tob sakanaの「knock! knock!」では「最後でBメロと思っていたのが、サビになっている!」というトリックが使われていましたが、それよりはこの「~SUNDAY」では「2段構成のサビ」と考える方がしっくりきますかね。

ということで、そんな楽曲を1曲紹介させていただきます。

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凛として時雨というバンドの「Beautiful Circus」という楽曲です。曲の質感はまるで違いますが、サビがわかりやすく2段構成となっています。1段目は結構キメが激しく、2段目でちょっとスピードダウンするような印象がありますね。

基本的には「サビ=終盤に近付くにつれて盛り上げていく」というのが音楽の展開を構築する上ではスタンダードだとは思いますが、このように後半の方に柔らかい感じを持って来るのも、なくはないです。こういった構成にする効果については、私もまだ結論を出しかねてはいますが、何となく楽曲全体の印象が「骨太」なイメージになりますよね。「一筋縄ではいかない」とか「より大きな黒幕の存在を感じさせる」とか…すみません、まだ上手く言語化できません(笑)。

そうは言っても直観レベルで思うのは、「~SUNDAY」の軸である「じっくり、どっしり聴かせよう」という考え方に、この「サビの2段構成~後半はスピードダウン~」という手法は、思想レベルでマッチしているように思います。ですから、色々なディティールを見ていっても、それらのベクトルがすべて1点に集約されている感じなので、きちんと意図を持って、作曲・編曲されているのだな、というのが良く伝わってきますね。そして、そういう楽曲を聴いて、こうして素人なりに分析するというのは、非常に勉強になります。感覚的に「こういう感じ」と思っているところの裏付けがきちんとできるというのは、まさに勉学の世界です。私の話になりますが、私は物理学が大好きです。物理というのは、感覚的に・経験則的に予測可能な現象世界を数式で紐解き、要素を細分化し、そこから世界の背景=ルールを見定めていく、という学問だと私は思っています。つまり、今まさに私がこの「全然起き上がれないSUNDAY」という楽曲を通してやっていることそのものであるわけですね! はい、話が逸れました(笑)。

 まぁ、色々と喋りましたが、重要なのは本楽曲においては、「B, Cメロが2段構成のサビとして機能している」ということです。そして、さらに言うと「本来のBメロであるべきものがない!」ということになります。つまり、楽曲の半分以上が「サビ」として機能しているわけです。これはむしろ「じっくり、どっしり」とは逆のテクニックではありますが、しかしながら、約4分半という時間の中で、「じっくり、どっしり」を感じさせながらも、アイドルの歌うポップスとしての効能を失わせないために必要な手法だったとも言えます。「もし、この楽曲にちゃんとしたBメロがあったら…?」と考えると、それこそちょっと冗長的になり過ぎたとは思いませんか? まぁ、そのような差し引きの中でうまくバランスを取りながらも、様々な工夫を凝らすことで「じっくり、どっしり」なアイドルソングを構築していって出来上がったのが、この「全然起き上がれないSUNDAY」ということなのでしょう。

 

>inter1(4)        * = intro

>A2(8.8)
付き合ったわけじゃない
約束もなんもない
ただあの頃は毎日 話したり ふざけたり
勝手に信じて 勝手に膨らませ
勝手に君の事 独占してた

>B2(8.8)
一瞬たりとも未来像 描いたバカ子ちゃん
真面目に生きてりゃ良い事も あるんだと思ったな
ダメだな このまま戻れない もう立ち直れない
心の底から 笑ってた 純真を 返してよ (ね)

>C2(8.8)
ね こんなにも ねぇ? ムカつくのはなんで?
この失恋を mm 認めたくないから?

ここで改めて特筆すべきことはあまりありません。前述の通り、Juice=Juiceの「ひとそれ」だったり、モー娘。の「KOKORO&KARADA」では、1番よりも小節数を少なくして楽曲の展開を早めることでよりポップにするという手法が用いられていましたが、本楽曲ではあえてその手法を用いていません。これによって、「じっくり、どっしり」を強めて、よりのっぺりとした印象を楽曲に与えています。

今しがた、「のっぺり」という言葉を使いましたが、「じゃあ、どうやったらのっぺりしなくなるのか?」という質問をされるとちょっと困ってしまいますね。ただ、その答の1つになるのは「緩急」だと思います。参考までに「緩急」の付け方が優れた楽曲を紹介してみます。

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おいしくるメロンパンというバンドの「シュガーサーフ」という楽曲です。楽曲の途中でブレイクが入ったり、1番と2番の間の間奏で「ハーフテンポ」という疑似的にテンポが半分まで遅くなる、というテクニックが用いられていたり、まさに「緩急」を味わうための楽曲と言えるでしょう。ほかにも、2・4の分かりやすい位置にタイム感早め(=あえて完全なタイミングから若干前倒しの位置で叩くこと)のDr.のスネアがアクセントをつけていたり、あとは何といっても「シンコペーション」というアクセントの位置を半拍前倒しにしたりする技術も用いられています。

が、

これらの要素が完全に「起き上がれないSUNDAY」から排除されているか、と言われると、私は「うーん…」と唸ってしまうよりほかありません。まぁ、確かに「ハーフテンポ」は使われていませんし、タイム感もわかりやすく早く取られているということはありません。しかし、シンコペーションというわけではないのかもしれませんが、裏の半拍ずれた位置にビートを持って来たりはしています。

となると、2者の違いは「テンポ」…そんなことが答で良いのでしょうか???

と、思って改めてスタート位置に戻ってみると、「~SUNDAY」は必ずしも「のっぺりしているだけの楽曲ではない」ということに気づかされます。たしかに、テンポは遅いですし、ビートは気怠い感じです。しかしながら、その中にも上手く「緩急」が練りこまれているのですね。それはCの歌メロのロングトーンと、細かく揺れる部分「こんなにも」の「にぃいぃ~もぉ~」や、「ムカつくのはなんで?」の「くぅ~ノハナ(早口)ぁ~んで」などに顕著に見られます。ほかにも楽曲が進んでいくにしたがって、inter2、B3やC3にはブレイク的な、無音やタイミングのずらしが見られますね。そのように、ちょっとずつ、ちょっとずつ、ゆったりとしたビートの中に変化点を設けて、「のっぺり」とした印象を払拭していたのです。

というわけで、単純に私の言葉のチョイスミスでした。長々と書いて申し訳ございません。しかし、明らかにおいしくるメロンパンの「シュガーサーフ」と「~SUNDAY」は質感が違う楽曲です。その差異をきちんと理論的に説明できるようになることを目指して精進してまいりますので、今後とも何卒よろしくお願い致します。

 

そんなこんなでかなり迷走してしまいましたが、この「起き上がれないSUNDAY」は小節数の構成だけ見ると、「じっくり、どっしり」という印象が強められているものの、細かいところでは様々な工夫を施して、「退屈ではない」楽曲に上手く構築されているのですね。前述の通り、「普通の楽曲で言うBメロにあたるものがない」というのも1つの要素ですし、1番低音のビートのタイミングを追っているだけでも、拍の表と裏を行ったり来たりしているので、そういう様々な視点で「どうやって退屈を打ち消しているのか」ということを考えながら聴くだけでも、色々な発見ができると思います。

人任せで申し訳ございませんが、私の能力不足ということで今回はお見逃しくださいませ。

 

>inter2(2.8.8)
>D
全然起き上がれないSUNDAY
無理だわ 動けないわ AH

さて、やって参りました。歌詞として書き出してみると、わずかこれだけの部分ですが、この長尺の間奏inter2とDメロこそがこの楽曲の真骨頂であります。

まず、inter2の最初の「2小節」「(2.8.8)」の「(2)」にあたる部分ですね。この2小節が、小節数による楽曲構成においては、本楽曲唯一のイレギュラーとなります。この2小節はC2の伸びやかなラストの歌メロから、ゴリゴリの間奏に移行する前段の緩衝地帯のような役割を担っていると言えます。これが無いと展開としてはやや急すぎますし、かといって4小節設けると冗長的になります。何といっても、ダサいです。このイレギュラーな2小節がめちゃくちゃお洒落なわけです。

が、さらにお洒落なのはその直後、「(2.8.8)」の真ん中の「(8)」の1小節目のビートが消されていることです。そして、2小節目から重いビートが開始されます。この「ずらし」によって、楽曲は立体感を強め、ただの無機質なダークさだけでなく、より有機的な狂気みたいなものを感じるようになるわけですね。

そして、伊勢鈴蘭。

はぁ、やっとこのキラーワードを出すことができました。「れらたん」、「えびちゃん」こと伊勢鈴蘭ちゃんですが、ぶっちゃけ顔が凄い好みです。いや、顔だけでなく、スタイルや髪型、身に纏う雰囲気の全てが素敵です…が、こういうのは人の好みの問題ですからあまり言いづらいところはありますね。

とは言え、この楽曲のどこか「気怠く優雅で妖艶な感じ」というのは、何となく「れらたん」の持っている雰囲気とかなりマッチしているように思うんですよね。正直まだそこまで「れらたん」のパーソナリティも知っていないので、何となくパフォーマンスを通して私が個人的に感じるのが、そういう「気怠く優雅で妖艶な感じ」というだけです。ただ、私の推しである宮本佳林ちゃんもあれだけ「儚い少女」という感じのパフォーマンスが得意なのにもかかわらず、パーソナリティは「イタい」、「凝り性」、「くそ真面目なスポコン的努力家」という感じですから、まぁ、パフォーマンスとパーソナリティは切り離して考えても差し支えないと思います。

ですから、単に「元宝塚志望でバレエ経験があるから」という理由なのかもしれませんが、この「れらたん」をこの楽曲の骨子である間奏(inter2)における1番目立つアイコンとして選び、バレエダンスをさせたのは本当に「ナイス判断!」としか言いようがありません。この間奏のダンス、もちろん「りかこ・ふなっき(「むすぅ」呼びの方が個人的には好きですが)・たけちゃん・むろたん」の「鋭く」かつ「しなやか」なダンスも素晴らしいです。しかしながら、そういった4人のダンステクニックや、もはや「れらたん」のバレエダンスのクオリティ云々も関係はなく、「伊勢鈴蘭という人間をアイコンに据えた」というその発想・表現思想こそが素晴らしいと思います。

例えば欅坂46平手友梨奈という人間をセンターに据えたように、この「全然起き上がれないSUNDAY」という楽曲に限って言えば、もう「伊勢鈴蘭」の楽曲としても良いんじゃないかと思ってしまうほどに、私の中で「~SUNDAY」の持つ楽曲の雰囲気と「伊勢鈴蘭」の雰囲気は合致しているのです。

もちろんアンジュルムというグループはメンバー全員がそれぞれ強い魅力を持っているグループです。でも、だからこそ、「この楽曲は、この子だ!」というものが見えたのなら、もっともっと贔屓してやっても良いんじゃないかと私は思ってしまいますね。例えば、「忘れてあげる」だったら「かみこ(上國料萌)」を、「46億年LOVE」だったら「むろたん(室田瑞希)」もっと中心に据えて良いと思います。まぁ、今となっては全員で楽曲を作り上げてる感も好きなので、あまり言ったもんじゃありませんが。

でも、例えば「かななん(中西香菜)」に「ヤッタルチャン」があるように、個性が強いグループだからこそ、そういう「あて書き」まではいかなくとも、「この曲と言えば誰々!」みたいなものを、いわゆるキャラソン的なものをもっと意識して作っていくのもアリだと思ってしまうんですよねぇ…(しみじみ)。そういう意味では、「まろ(福田花音)」の卒コンにおける、あのメドレーは素晴らしかったなぁ…(しみじみ)。なーんて、そんなことを私がこんなところで言ってても仕方ないんですけどね。

もうこれ以上長くなっても仕方がないので、これくらいでやめておきます。とにかく、もっともっと全編を通して「れらたん」の主張が強くてもいいなぁ、と思うくらい、この間奏における「れらたん」の輝きは素晴らしいものがありました。楽曲の良さと人間の良さが絡まる瞬間ってのは、得てして起こってしまうものなのですね!!!!

 

ふう。本当に余計なことを書いてしまった、という気分ですが、気を取り直して「Dメロ」の解説に移ります。

そして、この「Dメロ」も素晴らしいんですよ。そもそも最初に楽曲構成のところでも書いたように、「Dメロ」を入れるという選択が構成上素晴らしいです。そのうえで、この「Dメロ」の持つ特色を掘り下げていきます。

かなりの緊張感と質量を持った間奏(inter2)が終わってやって来るのは、かなり静かで穏やかなこの「Dメロ」です。そして、歌詞は「全然起き上がれないSUNDAY」。もう、どう考えても「ここを聴いてくれ!」と言っているようなものじゃありませんか。

ここまでほとんど歌詞の解説をしてきませんでした。が、どういう歌詞の内容になっているかを簡単にまとめると、

なんかそういう雰囲気になってついキスとかしちゃったけれど、別に「付き合おう」とかそういうのがあったわけじゃない。もちろん、軽々しく女の子の唇を奪う奴なんて許せないけど、それ以上に、そんな男に一瞬でも気持ちを揺らした自分が許せない。ていうか、一瞬どころかもう好きになっちゃったし、あなたと一緒にいる幸せな未来を妄想しちゃったりしてる。ほんとムカつくし、ムカつく通り越して、情けなくもなるんだけどさ。

 みたいな感じですかね。簡単にはまとまりませんでしたね。

という感じで、結構主人公の女の子には苛立ちとか悔しさとか、切なさとかそういう「キッ」と突き立ったような鋭利な感情が付き纏っています。楽曲の雰囲気が「気怠い」感じなので、そこには何というか、ちょっとした「達観」のようなものも見て取れます。色々とキーワードを並べましたが、この「達観=諦め」は非常に重要で、上段で「情けなくもなるんだけどさ」と書いたように、主人公の女の子はおそらく自分に対して、「自分の感情はこうである」と言い聞かせているような節が見受けられます。

それは実際の歌詞の中で、「認めない」「許さない」「性格は最悪」みたいにはっきりと自分の中の怒りを相手の男にぶつけようとしています。そして、曲が進むにつれて、「私がバカだな」「勝手に信じて」のように自分の情けなさを客観視しだします。そのうえでやっぱり「純真を返してよ」のようにまた相手の男に対して怒りを訴えかけるという流れになっています。

しかしながら、これらは全て本当の気持ちを隠すために、自分で自分の感情にレッテル貼りをしているようなものです。そのようにして、色々と相手を完璧な悪者にしたり、そんな悪者にしてやられた自分を情けなく思ったりして、まるで詐欺にあった被害者みたいに「あぁ、やられた、やられた」と呆れ返って見せている主人公ですが…様々な感情が渦巻く間奏(inter2)を経て、その後に現れてくる身体的な現象として、「Dメロ」の「全然起き上がれないSUNDAY」なんです。

つまり、本当は「好きで好きでしかたなくて」、だからこそ「めちゃくちゃ寂しくて」、「めちゃくちゃ傷ついて」いるんです。そうして、そういうめちゃくちゃ傷ついている自分を自分からも隠すために、怒りを露わにしたり、自分を客観視して情けなく思ってみたり、そういう「逃げ」をしているわけですね。でも、身体は正直で、ついに「全然起き上がれない」「無理だわ、動けないわ…」となってしまったという感じです。

そして、そんな感情の変化に合わせて音楽もまた、緩く、静かになっています。全編を通して、ビートは気怠くも洒落ていて、どこか緊張感があり、気取ったような部分さえ感じます。しかし、「Dメロ」はビートが消え、また最初に話した例のずっと鳴り続けている「intro」のフレーズもここではOFFになっています。つまり、ここでは気を張っていたのがプツンと途切れ、本来の弱く、傷ついた自分が一瞬だけ顔を覗かせてしまっているんです。

ふぅ、ようやくこの重要ポイントを書き出せました。ついでに、ちょっとした気晴らしで私の大好きな楽曲であるハヌマーンというバンドの「或る思弁家の記憶」という楽曲を紹介させていただきます。

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オフィシャルなものではないので、ぜひここで聴いた方はCDを購入してくださいね。ただ、この「或る思弁家の記憶」という曲も、「全然起き上がれないSUNDAY」同じような手法を用いています。楽曲のサビでは、重いドラムの上でギターをかき鳴らしながら、ずっと「共鳴はノーサンキュー」「本音などノーサンキュー」みたいに強がってガオガオと歌っています。しかし、中盤では一瞬だけ「あくる夜に馬鹿みたいに笑って暮らす夢を見る」「文明のない遠い町であなたと暮らす夢を見る」のようなことを、柔らかな伴奏の中で優しく歌い上げています。

この楽曲は、J. D. サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公「ホールデン」=「或る思弁家」として描かれた曲だと私は解釈しています。そして、そのホールデンよろしく、世を疎み、憎みながらも、ついつい「幸せになりたい」と思ってしまう人間の弱さが、この「或る思弁家の記憶」という曲では歌われているように思います。

このように、「強がり」⇒「零れる本音」を歌詞で表現しつつ、音楽的にも「強め」⇒「柔らかく」という展開と上手く絡めることで、より効果的に心情表現ができるわけですね

さて、かなり長くなってきたので、ここで間奏とDメロについては終わりたいと思います。

 

>B3(8.8)
一瞬たりともキュンした 私がバカだな
こんな出会いがあることに トキメイてバカだった
マジこのまま許さない 何も許さない
あんなにはしゃいだ あの気持ち返してよ 「ねえ返してよ」 (ね)

>C3(8.8)
ね Good Good-Bye Good Good-Bye この運命よ サヨウナラ
Ah Good Good-Bye 忘れられないみたい…

>ountro(4)   * = intro = inter1

Dメロからの流れで、半音上がって2段構成サビの1段目である、B3へ。半音上げることで、さらに感情が高ぶります。実際的に高い音になるので、声色も鋭くなり、より差し迫ったような印象も出せるようになりますね。

他にもビートがさらに厚くなったり、という点もありますが、言語化するのが難しいのでここに関しては、皆さん自身でB1やB2と、B3を聴き比べてみてください。

それよりも書きやすいのはB1では「絶対」という歌詞だったところが、B3では「マジ」となっていることです。音節が2つ分短くなっているので、それによって1拍削られ、それに合わせて楽曲も上手く1拍分の溜めを作って、変化をつけています。こういう細やかなこだわりが、楽曲の中では重要なフックとなって聴き心地を大きく変えてくれています。

C3に関しては、もはやC1, C2とはかなり歌メロの音程が違います。ただでさえ半音上がっているのに、さらに上へ上へと、かなり高音を駆使して、張り詰めた美しさが演出されていますね。「グ・グッバイ」というのは、まぁ、つんく♂さんしか選び取らない独特の感性と言えますね。常人のバランス感覚であれば、「グ・ゥッバイ」としてしまいそうです。しかし、音的には「グ・ゥッバイ」とするよりは「グ・グッバイ」とする方が聴こえが良いというのも納得できます。これはもはやつんく♂さんでなければ、できない表現と言っても差し支えないでしょう(仮につんく♂さん以外がやったとしたら、「は?」となってしまうと私には思えてなりません笑)。

さて、「グ・グッバイ」問題はそれくらいにしておいて、「この運命よ サヨウナラ」と「忘れられないみたい…」という歌詞に注目してみます。すると…はい。「Dメロ」の私の解釈がおよそ正しかった、と言えそうですね。「彼と結ばれない運命」に対して、「サヨウナラ」と甲高く切ない声で歌い上げながらも、最後には「忘れられないみたい…」と泣きのメロディで締められます。この「…」がまた良いですよね。私は結構困ったときには頻繁に使ってしまいますが、つんく♂さんは「ここぞ!」というところで入れてきますね。「…」によって、それが本音であり、心底傷ついているのだ、という感じがしますよね! 「れらたんめちゃくちゃ可愛い!」というのは私個人の意見ですが、ここは皆さんにもぜひ賛同していただきたいところです。

そして、最後のoutroはintroと同じフレーズで終わります。半音上がっているので、厳密には同じではありませんが。逆に「本当に半音上がってるのか?」と疑う方はぜひintroとoutroを聴き比べてみて下さい。きっとすぐに「あぁ、確かに」とわかるはずです。

 

と、こんな感じで「全然起き上がれないSUNDAY」のレビューも終わろうと思います。今日は2つも記事を上げることになり、めちゃくちゃ疲れました。出張の列車での移動時間をフルに使って頑張りました(笑)。

あ、もう1個だけ楽曲について言ってもいいですか?

「KOKORO&KARADA」でも言ったように思いますが、「全然起き上がれないSUNDAY」もまたコーラスワークが素晴らしいです。こういう言い方はアレですが、声を失ったつんく♂さんですが、それでも声の美しさをとても大事にしているんだな、ということが本当に強く伝わってきます。以前、まーちゃん(佐藤優樹)が、たしか「Are you Happy?」「A gonna」のレコーディング時に、「インストが良いから、自分たちの声が入るのが嫌だ」というようなことを言っていたように思いますが、決してそんなことはありませんよ。特に今回レビューした「全然起き上がれないSUNDAY」も「KOKORO&KARADA」も、めちゃくちゃコーラスワークが美しく、むしろ「声」によって成り立っている楽曲と言っても過言ではないと思っています。特に「全然起き上がれないSUNDAY」のCメロなんて、Bメロからかなり音数を減らして、「歌声を聴かせること」に特化させたようなブロックになっていますからね。色々と小節数がどうだとか、あれこれ言ってきましたが、アイドル好きたるものやはり「声」には注目していきたいですね!

はぁ、これでおそらく言いたいことは言い終えられましたかね。

 

最後に…

ちょい上でも書きましたが、今日は本当に疲れました。多分2万字以上書きました。疲れました。でも、今日のハロステでJuice=Juiceの新曲「プラトニック・プラネット」がまた良かったので、これも早いとこレビューを書きたいです。もう、ほんとに疲れましたが…明日…は無理なので…明後日…夜勤明けだが…いけるか…?

私が使う「…」は心の傷なんて美しく繊細なものではなく、困惑と疲労にしかなり得ないようですね。

さて、お後はたいしてよろしくもありませんが、これにて。

こんなに長い記事を読んでくださる方がいらっしゃったら、本当にありがとうございます…(感謝の「…」)