霏々

音楽や小説など

島田荘司「火刑都市」感想

島田荘司さんの「火刑都市」を読了したので、感想文を書かせていただきます。島田荘司さんの作品は「占星術殺人事件」、「斜め屋敷の犯罪」の2作しか読んでいなかったので、本作で3作目になりますね。

 

f:id:eishiminato:20210503130502p:plain

火刑都市

 

島田荘司さんとの出会いは「占星術殺人事件」でしたが、こちらは大学時代のバイト先の社員の方からオススメしていただきました。それまではミステリーと言えば、東野圭吾伊坂幸太郎しか知らないくらいの普通の大学生だったのですが、ミステリーも読書も普通に好きでしたし、その社員の方のセンスも信頼していたので読んでみたところ「島田荘司すげぇ!」となったのが思い出深いです。

そんな島田荘司さんの「占星術殺人事件」を何年か前に父に勧めたところ、父も島田荘司さんにハマったようで、今回のGWの帰省時に「これ読んでみな」と本作「火刑都市」をカウンターパンチ的に勧められました。直前まで読んでいた東野圭吾さんの「白鳥とコウモリ」がテーマ小説として面白いとは感じていたものの、「もう少しがっつりミステリーものを読みたいな」と思っていたところだったので、「島田荘司」という名前にはとても惹かれるところがありました。これまで読んだ「占星術殺人事件」も「斜め屋敷の犯罪」もどちらかと言えば、完全犯罪のトリックを見破る類のお話で、御手洗潔シリーズだったので、本作「火刑都市」もそんな感じかなぁと思いながら読み始めたわけです。

 

 

1章の「紹介」ではネタバレなしで、本書の面白さを頑張って伝えたいと思います。本格的な感想を書くためにはネタバレは必要不可欠なので、それは2章に書きたいと思いますのでよろしくお願いします。

 

1.紹介

まず今回私が手に取ったのは、上記の画像の通り、「改訂完全版」の文庫本です。初版とかと読み比べたわけではないので、その点はご注意ください。

本作「火刑都市」は、「占星術殺人事件」や「斜め屋敷の犯罪」のように完全犯罪のトリックを見破る系のお話ではありません。それでも事件成立の要には密室トリックなどもあるので、その点の面白さも多少あると言えるでしょう。しかしながら、その密室トリック自体は比較的放置されており、どちらかと言えば「風土」や「土地柄」、「歴史」といったものを重厚な基盤としつつ、物語の背骨には「ある女性」の半生が連綿と続いています。

掴めそうで掴めない「ある女性」に纏わる真相を刑事・中村と一緒に追い続ける中で、越後(新潟)における日本海の風土の描写や、江戸と東京といった歴史的な知見を楽しめるという部分が魅力かと思います。私なんかはどちらかと言うと「土地柄」や「歴史」といったものに無頓着な方だと感じているのですが、それでもとても面白く読むことができました。ちょっと大人なミステリーという感じもしますね。

私が読んだことがある御手洗清シリーズではブラフなども沢山散りばめられており、その中から読者がうまく辻褄の合う要素を見つけ出し、その上で最後にはとんでもない発想でトリックを見抜かなければならないという部分を楽しめる小説でした。島田荘司さんから「読者への挑戦」と銘打って、本当に私自身が謎解き対決をしているような楽しさがありました。それと比べると、本作はブラフなどはほぼ無く、何となく展開の2手3手先が読めてしまう部分があったと言わざるを得ません。伏線が綺麗に張られているからこそ、読者目線としては刑事・中村に対して「そっちじゃないと思うよ~」と言いたくなってしまう部分も多少ありましたね。ただあくまで御手洗清シリーズのかなり挑戦的な内容と比べると…というだけであって、普通にミステリー小説として楽しむ分にはかなり面白いと思います。

 

事件は1件の放火事件から始まり、その放火によって夜警のガードマンが1人焼死してしまいます。ガードマンの普段の勤務態度や、鞄の中から睡眠薬が発見されたこと(ガードマンは睡眠薬を普段服用していない)などから僅かな違和感の残る放火事件ではあるものの、担当刑事の中村以外はすぐに関心を失ってしまいます。ただ刑事の中村だけはその違和感から、「これは殺しだ」と考え、1人で情報収集に奔走します。

そんな何とも言えない物語の入り口から、中村が見つけ出す小さな情報や推理を読者も一緒に追っていくことができます。そのうちにほぼ孤独に暮らしていた焼け死んだガードマンには結婚を考えていた「ある女性」がいたのではないかということが明らかになっていきます。そのようにして、この物語の主軸はその「ある女性」の捜査の様相を呈していきます。

言い忘れていましたが、本作の舞台は昭和五十七年であり、西暦で言うと1982年です。そんなわけで「ある女性」が捜査線上に浮上しても、なかなか情報を集めることができずに刑事の中村はもうあちこち歩き回らずを得ません。監視カメラも無いし、携帯電話の履歴なんてものもない。ちょうど上越新幹線が開通したくらいの時期です。歩き回って色々なところから証言を引き出したり、今ならネットで簡単に調べられるようなことも街中で見つけたヒントを人づてに辿り、その道の教授に直接会って事情を聞くなどしています。しかし、この歩き回っては色々とその土地土地の人から情報を集めるというかなり原始的なやり方が、この物語を一層面白いものにしています。

その面白さに拍車をかけているのが、その焼死したガードマンと「ある女性」の交友関係の狭さ、そして「ある女性」による徹底的な痕跡の隠滅です。そうです、なかなか事件解決の情報が集まっていかないのです。そのせいで刑事・中村はとことん歩き回り、結局その女性の居場所を突き止めるのに相当のページ数を要します。「ある女性」の目撃者を探す過程で苦労したり、その女性がガードマンから「○○」と呼ばれていたという小さな小さなヒントを何とか辿っていくのです。そんなちまちまとした前進により徐々にその「ある女性」の人物像などが明らかになっていく過程で、刑事・中村は越後(新潟)のとある日本海沿いの集落を訪れます。この冬の日本海側の寒村の描写がとても素晴らしく、おそらくは島田荘司さんが自ら取材に行ったと確信できるほど濃密かつ繊細で生きた描写であると感じました。
そこからまた捜査は東京に戻るのですが、この時点では事件の解決には至りませんでした。そんな中、別の放火事件が起こりました。これが連続放火事件の様相を呈していき、ここからは江戸から東京への変遷の歴史を下地にした難解な事件へと変貌していきます。ほぼほぼ第2章のスタートという感じになるのですが、こうなってくると事件はかなり複雑になっていきます。しかもどう考えても「ある女性」はその連続放火事件には関与していないわけです。アリバイもしっかりしています。

さらに最初の放火事件の関係者の1人が絞殺されるという事件まで起きます。

そんなわけでもう何が何やら、という感じで事件は入り組んでいきます。頭の片隅には常に最初の放火事件、そして「ある女性」の影があり、そこに関係者が絞殺されるという事件も絡んできていますが、その方面からの捜査は一向に進まない。反対に連続放火事件は社会をも巻き込みどんどん肥大化していきます。刑事・中村はそんな難事件を捜査する主役として奮闘します。

 

複数の事件や人物がどのように関連しているのか、その糸を解きほぐすことは結構大変です。そこに放火の密室トリックといった問題が残っていたりもしますし、そもそもの連続放火の目的や意味もわからない。そういった複数の事件を渡り歩く中で常に背後には「ある女性」の存在が見え隠れしています。ある時には主人公的な立ち位置で、ある時には不吉な影として。そして、物語が最終段階に入った時、その「ある女性」の半生と事件との関連性が明らかにされ、そこには何とも言えない香りが残ります。冬の日本海のような陰鬱さと、江戸と東京といったロマンを携えて…

 

と、ちょっと格好つけた言い回しをしてみましたが、私はこの「火刑都市」をとても気に入りました。舞台は昭和五十七年ではありますが、物語の核となっているのは「都会の孤独」と「女性性」という現代においても普遍的なものであることが全部を読み通すことで実感できます。すると、様々な伏線やトリック、そして事件同士の関連性といった問題を越え、さらに日本海と江戸・東京といった風土を含みながら、私たち人間の「人らしさ」に何とも言えない哀愁を感じるのです。

 

2.感想

1章「紹介」では、なかなかネタバレせずにということが難しく、物語のあらすじまで書いてしまった感はありますが、それでも私が物語の中で面白いと思った部分の経緯についてはだいぶ隠せたのではないでしょうか。ここからはネタバレも含めて、本作で面白いと感じた部分を書き並べていきたいと思います。

 

まず面白いのは「方言」ですね。序盤から主人公の刑事・中村が江戸弁を使うようになった経緯などが語られており、中盤では越後(新潟)の方言がかなり強めに出てきます。このような土着のものが本作では意外と捜査上の手がかりになっていたり、また物語の雰囲気を一段と盛り立ててくれています。

そんな「方言」へのこだわりが描かれながらも、まずはやはり越後(新潟)を刑事・中村が訪れたときの冬の日本海の寒村の描写が素晴らしいです。「火刑都市」というタイトルでありながら、文庫本の表紙はこの冬の日本海沿いの寒村の写真となっており、非常に寒々しい雰囲気があります。この寒々しく陰鬱な空気感と言うのは、「ある女性」、すなわちネタバレにはなりますが、渡辺由紀子の半生を描く上で非常に重要なファクターとなっています。ある意味ではこの陰鬱な景色こそが由紀子そのものであるかのように感じられ、本作の主題が東京と田舎の闘いというような側面も持っているように思います。

この風土を存分に活かすという特徴は、日本海の寒々しい風景だけでなく、江戸や東京について語られるときにも見られます。上京した由紀子が東京の北東から南西に移り住んでいく経緯などはとてもリアリティを感じましたし、そこにやはり同じ東京と言えど場所によって少しずつ風土が変わって来るという面白味も感じることができました。水商売をする人の実態についても、私は何も知りませんが、本作における説明で納得できる部分があったように思います。そして、特に事件の要にもなっている、「東亰」という歴史上のユートピアの存在は、私も初めて知り、なかなかに面白いものだと思わされました。正直、この辺り推理において、「東亰」というものを誤字と考えてしまったり、あれだけ堂迫との話や「飯田堀を守る会」の話で「堀」というものが示唆されているのにそれらの関連性に思い至らなかったりする刑事・中村の推理は、ややまだるっこしく感じてしまいました。もちろん、私たち読者はキーポイントだけ読んでいるためすぐに推理できますが、現実的には刑事・中村のもとには莫大な情報が入って来るため、それらを結び付けることが難しいということもあるのでしょう。ただ、そこはあくまでフィクションなので、もう少しスムーズに謎が解かれて行っても良いかなと思う部分もありました。特に、「地の水」云々の辺りは、すぐに旧外堀沿いだということに気付きそうなものだけれどと思ってしまいましたね。しかしながら、ある程度の数の連続放火が起こらない事には読者側も「やっぱりお堀だったんじゃん!」と納得できないため、致し方ない部分もあるのかという気もしますね。連続犯行ものの難しいところは、いかに飽きさせずに、かつ答えも隠しつつ、というところにあるのかもしれません。

あまり他の作品と比べるのは良くないと思いますが、同じ「連続放火」が題材となっているものでも、伊坂幸太郎の「重力ピエロ」なんかはその辺りが結構楽しめたように思います。あれもまた生物や遺伝子などの知見が得られて面白いお話でした。

話を戻しますが、本作「火刑都市」ではそのような「連続犯行もの」としての部分でやや展開が透けてしまった部分もありますが、全体としては終盤まで謎が謎を呼び、かつ答えにも辿り着けそうで辿り着けないというバランスの良さがあり、ミステリーとしても十分に楽しめたと思います。

 

そして、そんなミステリーの裏で面白味を感じさせるのが、上京してきた見てくれの良い女の子の半生です。由紀子の全くの何もないところから、名家に嫁ぐまでの紆余曲折が面白く、またそれを「捜査」というファインダーを通して見ることで、かなりぬらぬらと生々しい読み応えが出て来るような気がしました。東京という大都会で孤独に暮らしながら、己の容姿のアドバンテージを活かしてある意味では強く賢く生きてきた由紀子の姿は刑事・中村の目にも逞しく映る程でした。そして、そんな彼女が自分と故郷に残して来た母のために企てた土屋(ガードマン)殺しは、ほとんど完全犯罪になりかけていたわけです。

自らの幸福のために殺人を企てるという暗く強い意思、それから誰にも頼れずに1人で子供を産むという強さ、それらは冬の日本海を思わせるようであり、とても印象的でした。

それと同時に、3人の男に対する由紀子の想いや行動というのも非常にどろどろとしていて何か感慨深さがありました。異母兄妹かと思われた連続放火犯の源一に関しては、そのいわゆる「クズっぷり」から一度逃げているものの、彼の子供を生み、そして結果的には彼との子供を守るために彼を殺し、それだのに唯一惚れて愛した男としています。対して、東京で初めて人の優しさを与えてくれた土屋に関しては、彼との結婚を考えながらも、より経済的な優位性のある永井との結婚するために、結果的には別れるどころか殺すまでしているのです。名家の長男である永井に関してはもう完全に金目当てですり寄っています。彼と結婚するために身を粉にして働き、痩せ細る程の努力を由紀子は行っています。

この異なる3人に対する由紀子の想いは全く共感できないようで、だからこそリアリティのようなものを感じずにはいられません。「惚れる」とかそういう感情というのは、優しさでもお金でもないのだと訴えているようです。

最後の由紀子の証言まで聞いてから、中盤にある刑事・中村と由紀子の喫茶店でのやり取りに戻ると、「なるほどなぁ」と思わされますね。

小説の結びでもその場面の事が語られており、「いつか喫茶店で由紀子が無いタンは、どういう理由でだったかなと思い出そうとした」と書かれていますが、確かにその場面を読みながら「どうして由紀子は泣いているのだろう」と私も読みながら不思議に思っていました。あの場面で、中村は「土屋を愛しているのか」「永井を愛しているのか」と由紀子に聞きましたが、彼女はその両方に対して上辺だけで返答しているようでした。そして、源一の写真を見せられた時だけ涙を見せているのです。

この不思議な対応はそっくりそのまま最後の場面へと繋がっており、ある意味では「連続放火」だとか「密室の放火トリック」だとかよりもずっと良く出来たミステリーになっていると思わされました。

 

文庫本の裏には「都市論を巧みに盛り込んだ社会派ミステリーの傑作」とありますが、確かにその通りであり、「東亰」というユートピアについての論説は非常に面白いポイントでした。ただ「都市論」とはそのような部分だけでなく、日本海の寒村と大都会の間にあるギャップや、東京の中での風土や歴史という意味でも非常に面白味を感じさせる作品でした。そして、その骨格、というか背骨にあたるのはやはり由紀子という女の半生であるように思われました。

総じて、「良い小説を読んだなぁ」という感じですね。とても面白かったです。

 

3.最後に…

このGWには、東野圭吾の「白鳥とコウモリ」に続き、島田荘司の「火刑都市」を読んだわけですが、どちらもなかなかに社会派な作品でとても読み応えがありました。特に「火刑都市」は気に入りましたね。個人的には「占星術殺人事件」よりも好きなタイプの小説でした。ただただ謎解きだけではない、風土や歴史、そして人生を濃密に描いている作品という感じがあったからだと思います。

そろそろGWも終わってしまいますが、こうして本が読めることの幸せを噛みしめながら暮らしていきたいと心底思いますね。