霏々

音楽や小説など

【妄想】キャメリア工房ユミの「はぁ?聞いてないんですけど」

2021年5月

晴れてデビューすることが決まり、これで私も芸能人の仲間入りという感じだ。これまで一応芸能事務所に所属して、ドラマだとか戦隊モノのちょい役としてテレビに映ることもあったけれど、何か継続した活動があるというわけではなかった。ほぼ習い事の延長線上みたいに歌やダンス、演技のレッスンを受けて、たまにオーディションに応募するくらいのものだった。

でも、数か月後からは違う。ほぼ毎週のように週末はライブ。そして何と言っても10月には武道館公演を控えている。もちろん私達新メンバー4人がその武道館公演開催をもたらしたわけではなく、偉大な先輩方のこれまでの活動の成果である。けれど、武道館公演を行えるようなグループに入ったのだと思うと身が引き締まる思いだ。

とは言え、まずは目の前の7月の初舞台。しばらくは歌・ダンスのパフォーマンスはなしで、挨拶のみと聞いている。たかが挨拶ではあるけれど、与えられた短い時間の中でお客さんに良い印象を与えることができれば、その後本格的にパフォーマンスをするようになってからも、気にかけてもらいやすいだろう。たくさんのオーディションを受けて来た私にとっては、ほかの3人よりもきっとこれまでの経験値で優位に立てるはず…

 

言わずもがな楽しく活動できることが1番ではある。他人を蹴落としてどうのこうの、みたいなことをしたいわけじゃない。でも、せっかくアイドルという人気商売に身を置くことになったのだから、所謂グループのセンターだとかエースだとか、そういう存在にはなってみたい。そういう野心みたいなものがあればこそ、ファンも応援したいと思ってくれるのではないか。「応援」ってそういうことなんじゃないか。最終的にバイプレーヤー的な立ち位置になるとしても、加入したてでいきなりそんなところに目標を立てるほど私は謙虚でも、ひねてもいない。もちろん大人でもない。まだぴっちぴちの17歳だ。

ただいきなり先輩方に勝てるとは思っていない。長年活動してきた先輩たちに人気で勝つためには、それなりの時間をかける必要がある。客観的に見ても、歌やダンスのスキルでは全然歯が立っていないのはわかり切っている。もちろん私には私の強みがあるけれど、まだまだその差をひっくり返すには足りてはいない。

けれど、少なくとも同期の4人の中では、1番になれるはずだ。そういう気持ちでやっていく必要がある。いや、気持ちだけではない。ちゃんと戦略を立てて、人気を自分のところに集めなければならない。そう、これからだ。がんばっていこう。

 

2021年7月

加入発表の動画がYouTubeで公開された。そのときの自分的には精一杯やったつもりだったけれど、いま思い返してみるともっとやれたとも思う。サプライズで発表がなされて涙を流せたのはよかった。もちろん計算して流した涙ではないし、本当にびっくりしたし、合格が決まって本当に嬉しかった。それは真実。でも、こうして客観的に動画を見返すと、うん、よく綺麗に泣けていると思う。これは好感度高いだろう。

ただコメントはあまり強くはなかったか。憧れの先輩としてキャメリア工房じゃなくて、サンクス!プロジェクトの別のグループの先輩の名前を上げてしまったのもあまり良くなかったかもしれない。事実、私の次にコメントしたシホリがキャメリア工房の先輩の名前を上げて、結構場を盛り上げていた。これは単純な私のリサーチ不足でもあるし、どちらかと言えば悪い方向で私の素直さが出てしまった。しかも、シホリに関しては、サンプロ研修生から一緒にデビューすることになったルナのことを昔から応援していたらしく、そこでもポイントを稼いでいた。シホリのことは2次オーディションからずっと見て来たけれど、彼女は器用に嘘や方便が使える性格ではない。天然でそういうことをやれてしまう。そこがなかなかに厄介なパーソナリティだ。

けれど、総じて見てみれば、私の立ち振る舞いは4人の中では1番新人アイドルとして期待感を感じさせるものだったと思う。ちゃんとは知らなかったけれど、キャメリア工房は毎年グループで浴衣を着て花火をするらしく、「一緒に花火してくれますか?」という質問にピュアっピュアな雰囲気で「ぜひ!」と答えられたのはナイスプレーだった。YouTubeのコメント欄でも、そこの私のリアクションに対し、「なんていい子なの」とかタイムスタンプ付きでコメントしてくれているのをいくつか見つけた。

これまでのあまりパッとしない芸能活動を通して、私はどのように振舞えば大人から好感を持ってもらい、出役からスタッフまで様々な人間が入り乱れる現場で自分の価値を高められるかを学んできたつもりだ。いや、芸能活動だけではないか。部活や学校生活でも同じことだ。結局、不機嫌な顔をせず、常にハキハキと、フレンドリーに人と接せられるかが重要なんだ。しかもそういった態度を偽装するのではなく、自然に醸し出せるか。作り物は結局のところ化けの皮を暴かれてしまう。

そういう意味では、私には「才能」がある。そういう明るく、フレンドリーな感じを私は割と素で出すことができる。もともとの性格が私は陽キャ寄りなのだ。けれど、私の陽キャ感の良いところは、決してギャルとかヤンキーとかそういう浅はかな感じではないというところ。勉強が得意なわけではないし、ときどきおバカ発言をしてツッコまれることもあるけれど、私の陽キャ感には威圧感や嫌味みたいなのはない。割と誰からも「接しやすい」と言われるし、時と場合によっては、真剣な話をしたり、陰キャトークにも付き合うことができる。「世渡り上手」と言うと、すごい聞こえが悪いけれど、どんな空気にも合わせることができて、そしてちゃんと心からその空気や場を楽しむことができるのは私の「才能」だと思う。

キャメリア工房は王道アイドルで、サブカル感の強いアイドルではない。綺麗に、清く正しく生きることが評価に繋がるタイプのアイドルグループ。そういう土俵でこそ、私の持ち前の清純な陽キャ感というのは、最大限に力を発揮するだろう。

 

ライバルである同期についてもオーディションやレッスンを通じて少しずつ素性が知れて来た。

まずはさっきも話した八田シホリ。年齢的には同級生。演劇が好きで将来は舞台女優になりたいと思っているみたいだけれど、合格発表のときに答えていたように、ちゃんとサンプロが好きという気持ちでオーディションに応募してきたようだ。こいつはライバルとしてはなかなかに厄介で、どこまでも天然で素直で嫌味のひとかけらも無い人間だ。私が思うに、普通「舞台女優を目指している」なんてことを発言したら、「キャメリア工房を踏み台みたいに考えやがって」とくさされるものだけれど、シホリが「舞台女優になりたい。でもアイドルもがんばる」と言うと、本当に両方を真剣に頑張ろうとしているんだな、という感じがする。まだシホリは動画やブログで「舞台女優になりたい」と名言はしていないけれど、何となくファンも「演劇好き」という情報からシホリの気持ちを見抜いて、その純粋な想いをどちらかと言えば前向きなものとして捉えている感じがある。そういう不思議な純粋無垢さがシホリにはあるような気がする。

でも、シホリは空気が読めるタイプではないし、よくマジレスをして場を凍らせている。ステージやカメラの前に立つ人間としては配慮する力に欠けている。これが私と対極にある特性だ。シホリの純真さはもろ刃の剣みたいなものだ。その点、私の方が安定して場を盛り上げることができる。だから、シホリは厄介な存在ではあるけれど、正直負ける気はしない。

 

次に福原マロン。1つ年下の地味顔一般人。すごい悪口みたいなことを言ってしまったけれど、正直私からしたらマロンは人前に立つタイプの人間ではないように思える。たぶん姉妹か母親が応募したら、なぜかわからないけれど、合格してしまって困惑してるのだろう。辛うじてバレエをやっていたから、多少はステージに立つ度胸というのもついているのかもしれない。でも、そのバレエだって、どれくらい自分の気持ちからやっていたのかはわからない。会話をしてみても、別に面白いことを言いたがるわけではなく、そこら辺の物静かな毒にも薬にもならないただの真面目な女子。委員長タイプというのでもない。委員長決めを推薦でやったとしても、周りが気を遣ってマロンの名前を上げることはないだろう。そんな感じの本当に地味な子。

ただ気をつけなければならないのは、やたら小顔でスタイルが良いということ。ちょっとひょろっとし過ぎているので、あまり一般ウケするとも思えないけれど、衣装やヘアスタイルやメイクを上手いことやれば化けるかもしれない。ただマロンの純朴さをゴテゴテとした装飾で損なう結果になってしまうとも考えられる。

それから歌声は妙な色気があるようにも思える。ピッチもリズムも素人丸出しって感じだけど、確かに何か素材の良さみたいなものは感じるかもしれない。ダンスに関しては完全にバレエ系で、アイドルっぽいダンスは全然上手いとは思わないけど、基礎ができているから今後伸びるということもあるのかもしれない。私が思うに、マロンは所謂「成長枠」みたいな感じで選ばれたのだろう。地味で冴えない子が頑張って努力して、まぁそれなりのモノになっていく、というストーリーをサンプロはこれまでも色んな子で見てせて来た。マロンもそのタイプだと思う。だから、当面は私のライバルとしては考えなくていいだろうし、将来的にも私とファン層が被ることにはならないだろう。玄人向けのアイドルとして頑張ってもらいたい。そういう枠も必要だろうから。

 

最後は、豫城ルナ。これはシホリの発言でもあった通り、サンプロ研修生からの昇格で私の同期となった。サンプロ研修生の中でも、歌が上手く、定期模試(研修生は半年に一度「模試」という形式で、既定曲と自由曲をパフォーマンスし、お客さんの投票と審査員の評価で順位付けがなされる)で優勝している実力者だ。年齢もまだ13歳と、将来を嘱望されている超期待のスーパールーキーだ。まだデビューしていないにもかかわらず、一般加入の私達と比べたら圧倒的なファン数を既に獲得している。大方の見立てとしては、このルナが新メンバーの中でのエースであり、センター的な存在になっているのだろう。

でも、だからと言って、ルナが本当にエースやセンターとしての役割を務められるのかと言われると、私はやや懐疑的だ。まず年齢の問題がある。さすがに13歳は若すぎる。喋っていても本当にただの子供だ。学校であった話を私に「ねえねえ、聞いて聞いて」と無邪気にしてくるし、学校のペーパーテストでちょっと良い点を取ろうものなら、「ねえすごいでしょ」としつこくアピールして来て、「すごいね」と返すと、「やったー」と本気で喜ぶ始末。ファンシーショップのキャラクターが描かれた水筒を持って来て、両手で持ち上げて水分補給をする姿はもはや赤子。確かにパフォーマンスで魅せる力には舌を巻くけれど、ルナの立ち振る舞いからはグループに対する責任感なんてものは微塵も感じられない。子供ながらに「ちゃんとしなきゃ」と躾けられていることをなんとか守っている程度のものだ。まぁ、年齢が年齢なのだからそれはそれで仕方ないことではある。

 

そう考えていくと、どうやら私の同期はなかなかに個性が強いみたいだ。個性ってのは良く言い過ぎか。クセが強いというか、うん、バランスが悪い。総合的に見れば、私が1番良いんじゃなかろうか。とは言え、アイドルとか芸能人ってのは総合力ではない。突出した何かが必要なのだということを、私が1番良く知っている。

それでも、私の同期はまだアイドルや芸能人としての基礎的な力が足りていないように思える。そもそも人前でちゃんとしたことを、ちゃんと喋るという能力ができていない。これから始まるツアーでは、自己紹介とちょっとしたやり取りをすることになっているが、正直同期として一緒に喋る私の方が不安だ。だが、この不安はむしろチャンスとして捉え、私がしっかりとした人間であることを示し、内外ともに私への信頼感を一気に高めるよう頑張ろう。

 

2021年12月

9月からのツアーで初めてのパフォーマンスが始まった。そのまま10月の武道館公演まで駆け抜けて、11月には新曲シングルが発売。もう怒涛の日々だった。

色々と語りたいことはあるけれど、ともあれ今ここに記しておくのは、私の成功と懸念だ。まず、私は自分の強みである繊細なウィスパーボイスを存分に生かして、新曲の出だしパートを貰うことができた。もちろん新人だから活躍の場を特別に与えられたというところもあるだろう。でも、評判は上々。実力派の先輩たちも多くいる中で、私の歌声は既にグループにとって1つの武器となっているようだ。これは想定内であり、歌のレッスンを重ねたことで何とか達成に漕ぎ着けたことでもある。これは正直、かなり自信に繋がる出来事ではあったね。

それからグループ内での人間関係や、私のバラエティ能力についても概ね私が望む通りの評価を受けてる。新人4人をまとめるのは自然の成り行きで私の役割となり、先輩やレッスンの先生との仲介役を任されることが多くなった。それに何人かの先輩とはもうプライベートでも食事に行ったりして、普通に楽しかったし、色々とビジネス上でもやりやすい面が増えていった。ライブのMCでも、そうやって培ってきた人間関係と私が元来持ち合わせているコミュニケーション能力を活かし、新人の割にはかなり上手く立ち回れている。トークが苦手な先輩からも既に頼られているし、自分の喋りたいことを見当違いな角度から喋るシホリや、箸にも棒にも引っ掛からない普通のことを喋るマロンや、子供過ぎるし電波過ぎる奇天烈なルナたちの発言を適切にフォローして笑いに変えるのも私の役割となっていた。

そういった実績を鑑みれば、私はグループ内での序列を順調に上げて来たと言える。

けれど、この間YouTubeに投稿された新メンバー4人のソロ歌唱動画の再生数が変な伸び方をしている。声楽を習っていたシホリは発声が良いし、ルナに関しては相変わらずの底力のある表現力。それらを絶賛するコメントも多かったが、再生回数で言えば、私の方が一回り多い結果となっている。私の武器であるウィスパーボイスは確実にファンの心を掴んだと思うし、日々の立ち振る舞いから私のアイドル能力の高さを買われ、再生数が伸びたと私は考えている。だから、この状態にはまずまず納得がいっている。欲を言えば、もう少し差を広げたいところだったけれど、まぁ、新メンバー4人全体が注目されているということを考えればむしろ喜ばしい。実際、私たち4人は、新曲の曲名に合わせて「G4(ゴールデン・フォー)」とか「ミニキャメ」とかという愛称で呼ばれるようになり、キャメリア工房だけでなく、サンプロ全体でもかなり注目され始めた。

だから、現状に不満があるというのではないけれど、いまいち腑に落ちないのが、マロンだ。相も変わらず地味顔で、面白いことも言わないパンピー・マロンのソロ歌唱動画が何故だかグイグイと再生数を伸ばしている。エース筆頭の私を軽々と追い抜き、シホリやルナの倍近い再生数を叩き出している。4人ともそれぞれに割と人気の高い曲を歌っているはずだったから、楽曲選定自体ではそこまで差がつかないはずだった。いや、むしろマロンの与えられた楽曲よりも、私が与えられた楽曲の方が人気がある楽曲のはずだった。にもかかわらず、マロンは硬い表情でぎこちなく曖昧な発声で歌っただけで、サンプロファンを魅了したようだった。コメント欄ではマロンの純朴な感じを褒めたたえる声や、奥底に隠れた色気のある声質に賞賛を送る声で溢れ返っていた。なぜか皆がこぞって、「自分がマロンを見つけた」とでも言いたそうな感じで、知ったような口を聞いていた。

もしかしたらマロンには何か隠された才能のようなものがあるのかもしれない。ただ小顔でスタイルが良いという以外の何かが。

 

2022年2月

また不思議なことが起きた。シホリの変人っぷりについては、もうデビュー当時から感じるところではあったけれど、正直シホリは周囲から呆れられるくらいがちょうど良いと思っていた。

彼女はもうデビューしてから1,2か月でそのヤバいセンスをブログで世界に発信していた。ブログをチェックしているマネージャーもよく止めなかったな、というくらいの粗野な手抜き料理の写真。具無しのインスタントラーメンの写真。あんなものを外に出して恥ずかしくないのか。ファンや周囲の人たちからどう思われるか、とか考えないのだろうか。しかも別に料理下手キャラを付けようとしているわけではないのだから驚きだ。自分が何をどういう風に普段食べているのか、ということをファンの人と共有することでファンが喜んでくれると思ってやっているのだ。単に他人の目が気にならない性質なのか、あるいは手抜き料理を見せるくらいでは自分の価値は変わらないというとんでもな自己肯定感の持ち主なのか。私には到底理解の及ばない行動を取るシホリだったけれど、このシホリのメシの写真がファンの間でとてつもない反響を呼び始める。

最初はそれがぶっ飛んだギャグとして、ネットミーム的に流行っているだけだと思っていた。しかし、次第にシホリの開けっ広げな料理やブログの在り方に、ファンの人たちが感動を覚え始めていったようだった。「前よりも上手になったね」と褒めるコメントもあれば、「上手くならないで!」という原理主義者も現れ始め、「八田メシ」なんて言葉も生まれ出した。

そして先日、彼女が愛用するキャラクター柄の鍋(シホリは調理したその鍋のまま、皿に移すことなく食事することを公言している)を作っている企業から、リアクションがあった。SNSでシホリの料理に対して、いちいちリプライが来るようになり、これがシホリの料理の価値をさらに高めることとなり、キャメリア工房の中でも一大コンテンツに登り詰めるまでになった。「(見た目はともかく)味は(ごく一般的な味なので)、美味しいよ」と言うと、シホリはそれを真に受けてとても喜ぶ。シホリがライブのMCとかで「ちょっと失敗しちゃうことが多いんですけど」と料理の話をすると、会場がドっと笑い声に包まれる。そんな現象まで起こるようになった。
シホリのそんなパーソナリティーはいつの間にか、サンプロファン全体にまで広がり、シホリが色んなファンの最推しとなっているかどうかまではわからないものの、明らかにファンに対してインパクトを与え、各ファンの推し上位何パーセントかに食い込むようになったのを肌で感じるようになった。インタビューでもシホリのぶっ飛びエピソードを聞かれることが増え、普段大人しくて上品なマロンがちょっと腐すようなことをぽろっと零すと、それがまたウケ、「ハタマロン」のカップリングがキャメリア工房の中でも大きな覇権を握るようになっていった。

私個人の人気が落ちたとは思わないものの、「ハタマロン」が異常な人気の取り方をし始めるようになり、少し焦る。いや、まだ私は彼女たちとトントンくらいの感じで戦えているだろうか。コンサートのペンライトの色味を見ても、まだ何とかなっているんじゃなかろうか。いやいや、何を弱腰になっているんだ。マロンはたまたまあの純朴さと秘めたる「何か」が一時的にファンの心を掴んでいるに過ぎないのだろうし、シホリの人気の出方こそ一過性の飛び道具みたいなものだ。私はパフォーマンスと、バラエティスキルで圧倒すれば良い。王道アイドル。それが私の生きる道だ。

 

2022年6月

新曲がバズってる。ノリの良い曲で、私も大好きな曲だ。何よりも良いのが、先輩たちが順当に賞賛されていることだ。1人ひとりに見せ場があり、次々とキラーフレーズのバトンパスが行われるから、グループ全体の評判もうなぎのぼりだ。

何よりも凄いのはMVのサムネになっているララ先輩。ずっとグループのセンターにしてエースを務めている尊敬する人で、やっぱりこの人にはなかなか勝てないと思う。けれど、いずれは追い越さなければならない存在。私も先輩くらいの華を身に着けたい。

でも、私は私でこの曲でまた1つ評価を高めた。曲の中盤にあるキラーパートを任されたのだ。YouTubeのコメント欄でも、私のパートを好きだと言ってくれる人が多いし、今回こそは同期4人の中でも私の実力が証明されたんじゃないかと思う。相も変わらず、「ハタマロン」の台頭には目を見張るものがあるけれど、それでもやっぱり私の人気が落ちているわけではないはずだ。良いパフォーマンスをすれば、必ずファンの人たちは見ていてくれるはず。今回の新曲でそのことを再確認できた。

新曲では私の得意のウィスパーボイスはなかったけれど、それでも自分の価値を証明できている。これを足掛かりにもっと凄いアイドルになるんだ。

 

2022年11月

やられた。今度は豫城ルナだ。

サンプロの先輩を指名して、1対1でパフォーマンスする企画。キャメリア工房のトップバッターは私が務め、お姉さんグループのエースにして、今や色々な雑誌やテレビに引っ張りだこの上白浜さんと共演をさせてもらった。これが大好評であっという間に再生回数が伸びていった。先輩の力も大きいに決まっているけれど、めちゃくちゃ歌が上手い上白浜さんとタメを張ってることを色々な人に評価してもらった。かなり背伸びをしたけれど、やっぱり実力者に挑んで良かった。ビジュアルの面でもしっかり仕上げていったおかげで、超絶美人の先輩に見劣りしなかったことも大きい。

この動画で私の地位も盤石になった。そう思っていた。そこへ2週間後、ルナの1対1の動画が投稿される。

ルナの相手はサンプロ・メイングループのOG佐原さん。神憑り的な人気を博し、芸能界や著名人にも彼女のファンを公言する人は沢山いる。後輩や同じアイドル業界からの憧れも圧倒的。とにかくこの人を出しておけば、動画が回る。パフォーマーとしての表現力も桁違いだけれど、ステージを降りた後の天真爛漫でトリッキーな言動は、ただのぼんやりとした「不思議ちゃん」というレベルを凌駕し、唯一無二のキャラクターを作り上げている。

私の動画の再生回数が、ルナの動画に抜かれるのにそう時間はかからなかった。まぁ、正直佐原さんが出ているし、再生回数で負けるのは仕方がないとは思う。それくらい佐原さんという存在は別格なのだ。でも、問題なのは、その動画内でルナが佐原さんと対等に渡り合っていたことだ。もちろんパフォーマンスの面では、まだルナには甘いところがあり、食らいつく場面が所々で見られても、どちらかと言えば、まだまだ及ばないといった印象があっただろう。でも、ルナは佐原さんに触発されてなのか、かなり魅力的なパフォーマンスを見せていた。そのことがファンの間で話題を呼んでいた。ルナにはもともと天性の表現力がある。まだまだ子供だからパフォーマンスは安定しないことが多かったけれど、一瞬の煌めきは昔から佐原さんに近いものがあると思っていた。そのことが今回の1対1の動画でほとんど証明されてしまったのだ。

さらにマズいことに、その動画ではパフォーマンスの後で、サシで2,3分喋るタームがあるのだけれど、そこでルナは佐原さんと異様な相性の良さを見せてしまう。天然・天才・奇想天外、宇宙人同士にしか分かり合えない波長とでも言うのか、そういう奇跡的な邂逅がルナのアイドル商品としての信憑性を高めた。それまではただの「子供」とか「電波」とか、風変わりなところがちょっと佐原さんっぽさを感じさせていたに過ぎなかったけれど、この動画のせいで空席と思われていた佐原さんの後継者争いの筆頭として、ルナの名前が上がるようになってしまった。

私がこの対決動画で2の名声を手にしたのだとしたら、ルナは4の名声に加え、佐原さんの御加護というとんでもないアドを手にしたのだ。ずる過ぎる…動画の時間も私より1分近く長いし。

とは言え、この企画においては、私の動画の再生数はシホリやマロンに倍以上の差をつけている。動画の投稿時期や1対1の相手の問題、選曲の要素も色々とあるけれど、そのことだけは私のささくれだった心を少しは宥めてくれた。再生回数だけに囚われているわけではないけれど、自分自身の客観的な評価指標やトレンド感を押さえておく意味では、これが結構参考になる。ルナの躍進はあったものの、私は今まで通り着実に努力を積み上げて、1つずつ信頼を高め、人気メンバーへの道を進んでいきたい。

 

2023年2月

この事態は新曲レコーディングの辺りから想定できていた。しかし、実際に目にしてみて、ここまであからさまな時代の変化点になるとは思ってもみなかった。

英語を多用した楽曲がキャメリア工房に提供された段階で、「あぁ、もうこれはマロンを全面に押し出したいんだな」とわかった。マロンは英語と韓国語を喋ることができる帰国子女という、そう簡単には打ち崩せないストロングポイントを持っていることは周知の事実だ。どういう風にしてなのかその道筋は全くわからないのだけれど、水面下で着々と人気を集めていったマロンはもう事務所側も無視できない存在になっていて、そんな彼女を飛躍させるためにこの英語まみれのが曲が宛がわれたのだと想像に難くない。

大人しく、あくまで上品で、面白味が欠けた常識人。小顔で首が長く、華奢という言葉を擬人化したみたいなスタイルだったけれど、顔のパーツはどちらかと言えば地味な印象で、瞼だって一重。そういう深窓の令嬢みたいな女子が好きな層が一定数いることは私も知っている。でも、そんなマロンがメインストリームに来ることはまずないだろうと思っていた。しかし、髪を伸ばし、その伸ばした髪を緩く巻いて、妖艶なメイクに暗色の衣装を身に纏ったマロンは、どこか浮世離れしていて、それまで何だったらちょっと見下していた私にすら輝いて見えてしまった。

そんなマロンがバリバリに英詩のラップを歌う。楽曲が与えられた時点で薄々と想像していた考えたくもない未来が少しずつ、けれど着実に具現化されていき、最後はMVのサムネがマロンのソロショットとなったことにより、もはや何一つとして口を挟む余地のないものが出来上がってしまった。

公開して間もなく、私のAメロの歌い出し、得意のウィスパーボイスを称賛する声もままあったけれど、もはやほとんどがマロンのお祭り状態。ミニキャメの序列が一気に覆された感じがあった。これまで私の積み上げてきたものが小っちゃく思えてしまうくらいの圧倒的な転換点だった。完全にやられてしまった。こういうのは才能の問題なのだろうか。でも、歌だってトークだって、まだマロンに負けたとは思っていない。数値化できるステータスでは負けるつもりなんてさらさらない。それでもマロンが持っている「何か」が色んな些末なごちゃごちゃとした議論をすべてぶっ壊し、世界に新しい秩序をもたらすものなのだろうということがわかった。というか、わからされた。

けれど、こういうショックが起こる度に思うのは、やはり私の人気が落ちた訳ではないということ。もちろんチヤホヤされる機会は減ったとは思う。でも、私を応援してくれる人は変わらず沢山いたし、その絶対数は何だったらマロンのおかげで増えてすらいると思う。悔しいけれど。マロンはそれまであまりキャメリア工房を知らなかった人や、興味なかった人たちを惹きつけ、グループ全体の価値を高めることにも一役を買っていた。それくらいの快進撃を見せていた。

ちなみに、この曲はグループのセンターにしてエースを長年務めてきたララ先輩の卒業シングルのうちの1曲でもある。ララ先輩がメインの曲も別にあったけれど、マロンを新機軸に沿えたこの楽曲が圧倒体な再生回数を叩き出し、界隈に衝撃を与えたという事実は、ララ先輩やキャメリア工房にとって良い事だったのか、悪い事だったのか。今のところそれらのことはあまり議論になっていないけれど、間違いなくグループの転換点にはなっていると思う。もしかしたらそういったこともマロン・フィーバーの前では些末なことに過ぎないのか。

 

2023年11月

色々なことがあった。4月にララ先輩が卒業し、そこから立て続けに、リノ先輩とユメ先輩2人の卒業発表があった。リノ先輩はキャメリア工房結成当初からのリーダーだったし、ユメ先輩はグループのムードメーカにしてグループ随一のディーヴァ。この主要3メンバーが卒業することでグループの戦力は大幅に下がることが確定的だった。しかし、私たちミニキャメの努力が認められてきたのか、グループ崩壊に対する懸念を示す人達よりも、ミニキャメによる新時代の到来を待ち侘びる人達の方が多いのではないかと感じることが多かった。

随分と昔のことになるが、エース・ララ先輩の卒業を控えたグループとしての少しナーバスな時期に、ちょっとした騒動があった。先輩方の何人かがお酒やSNS絡みでちょっと炎上してしまった。事務所からは特に謹慎処分等もなかったし、もちろん法的にもコンプライアンス的にも何も問題がない、可愛いお騒がせだ。ブログなどを通じて謝罪や反省があり、それで事態は収束した。ララ先輩の卒業公演も、大きな問題はなく、つつがなく、けれど壮大に執り行われた。それでももちろん一部のファンの人達の間ではぐつぐつと何か煮え滾るものもありそうだったけれど。

サンプロでアイドルをするには綺麗に生きなければならないと、昔の大先輩が卒業後にSNSで語っていたと耳にしたことがある。まさにその通りなのかもしれない。まだ20歳になったばかりの私やシホリ、まだ10代のマロンやルカは未だ清純なイメージを損なっていないはずだ。そういった経緯や、ララ先輩の卒業、リノ先輩とユメ先輩の卒業発表も相まって、グループの中でのパワーバランスのようなものが不安定になったような気がした。そしてそんな時期に、卒業発表を終えたユメ先輩が心の病気にかかってしばらくお休みすることになった。

ユメ先輩の心の中までは私には覗けないけれど、色々と無理もないことだという気がした。私だって環境の変化にうまくついていけず、「もっとがんばらなきゃ」と思ったり、「どうせ私ががんばったって」と思ったり、心が不安定な時期を過ごした。

そんな時期でもシホリはあくまで自分のペースでアイドル稼業に精を出し、ずっと続けてきた料理「八田メシ」で料理系の外部仕事を取って来たし、マロンは毎日ブログでユメ先輩に対して見舞いの言葉を述べ続け、好感度を上げていた。2人とも別に自分をよく見せようとしてそうしているわけではないというのはよくわかっている。2人とも根っからのそういう人間なのだ。例の英詩の曲でマロンは一躍グループ内で段違いの人気を博するようになっていたけど、シホリもいつの間にかその我が道を行くキャラクターだけでなく、演劇趣味から来るものなのか重厚な表現力を身につけ始め、グループの中で人気を高めていった。

そしてリノ先輩とユメ先輩の卒業公演。ユメ先輩の療養も何とか間に合い、メンバー総出で2人を送り出すことができた。卒業の寂寥感に浸る一方で、ミニキャメが引っ張っていく新しい時代がやってきたという声も聞こえて来た。ミニキャメの中では私が長女的な役割として残りの3人を引っ張っていくという構図は変わらなかったけれど、「ハタマロン」の人気にぶら下がる感じで私がいて、そこにルナがトリックスター的に絡んでくるという新しい布陣が固まりつつあった。武道館での卒業公演については、SNSを見る限り、マロンの圧倒的なオーラや、シホリの急成長する表現力、そしてルナの鮮烈な歌声を賞賛する声が多かった。私もビジュアル面や、安定した歌唱力、グループを牽引する力、そして儚げな曲でのウィスパーボイスを褒めてもらった。1つひとつのお褒めの言葉は嬉しいし、励みになるけれど、どうしても同期と比べてしまう。

持ち前のコミュ力を使って、先輩を食事に誘って愚痴を聞いてもらった。

「私に何が足りないと思います?」

先輩は笑いながら首を横に振り、「何も足りないところなんてないよ」と言ってくれた。「向上心があるのは良い事だけど、人気なんて水モノだし、1つのスキャンダルで砂の城みたいに崩れて無くなるもんだよ。むしろね、人気が無くなって落ち目になっても応援してくれるファンの人達がいて、そのファンの人達が『良い』と言ってくれるものが見つかったら、それを大切にするの。それがユミらしさになるし、人間ってのは自分らしくあることが何より幸せなんだから」。

それから先輩は、「だいたい私より人気があるユミにそんな質問されたくないよ」と机の下で私の脚をコツンと蹴った。

まったく、なんでファンの人達は私の魅力に気付かないんだろう。それにシホリは加入した時から空気の読めない猪突猛進人間ってのは変わらないし、マロンは相も変わらず根っこは普通のことを普通にいうだけのただの一般ピーポー。ルナは末っ子属性の電波で日に日にブログの内容が壊滅へ向かって行っている。それが何故だかわからないけれど、時空が歪んだかなんだかして、本来欠点だったはずのものが魅力的に見えたり、説明できないような高輝度の魅力が内側からUFOみたいに突如として出現したり。

ったく、やってらんねぇよ。

「先輩、やってらんねぇです」

「後輩、やってらんねぇです」

ゲラゲラと笑いながら、焼き肉をやけ食いした。

 

2024年2月

髪をショートカットにしたマロンが猛威を振るっている。インフルエンザよりも感染力の高い何かが、サンプロ界隈を揺るがしていた。まじであいつは何個ギアを持ってるんだよ。

「はぁ?聞いてないんですけど」