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ジョン・グリシャム「グレート・ギャツビーを追え」感想

ジョン・グリシャム作、村上春樹翻訳の「グレート・ギャツビーを追え」を読み終えたので感想を書きたいと思います。

これまでもいくつか読書感想文を書いてきましたが、結構あれこれと考えることが多くて長くなってしまいました。が、今回はさらっとまとめてみましょう。

 

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ジョン・グリシャムグレート・ギャツビーを追え」

 

 

作品購入の経緯

私はあまり多読家ではないため、「これは!」と思う本しか買ったり、読んだりしないタイプなのですが、「たまには息抜きの読書もしたいな~」ということで書店をうろうろしていました。そこで目に入ったのが、こちらの作品です。

何よりも村上春樹さんが翻訳というところに惹かれて購入いたしました。村上春樹さんが「グレート・ギャツビー」関連の作品の翻訳をしているということで、その作品性がどうであろうとも私にとっては気になりましたね。さっそく手に取り、邪道ではありますが、訳者のあとがきをさらっと読んでみました。

原文をそのまま引用するのは気が引けるので、ざっとあとがきを要約すると、作品や著者(ジョン・グリシャム)の簡単な紹介が大部分を占めるものの、本書の村上春樹さんが気になる要素がいくつか書かれていました。

1つは稀覯本(初版本やサイン入りなど、希少な本)のコレクションに纏わること、もう1つはサイン会の話です。これらの点について村上春樹さんは興味を持ち、また楽しめたそうです。

稀覯本蒐集(←「収集」の正式な表記。本書を読んで知りました)や作家の生活についてざっくりとした知識を得ながら、ちょっとしたミステリー?サスペンス?みたいなことが楽しめそうであることが「訳者あとがき」を読んで予想できました。うん、息抜きの読書としてはちょうど良さそうだ。

そんなわけで久しぶりにハードカバーの本を買ってみた次第です。

 

あらすじ・注意点

プリンストン大学の図書館から、スコット・フィッツジェラルドが手書きした「グレート・ギャツビー」の原稿が盗み出されるところが最初の章になります。FBIは犯人数名を取り逃がし、盗まれた原稿は行方をくらませてしまいます。いったいどこに原稿は消えてしまったのか……その後、盗品回収を専門とするある特殊な組織に、とある若い女性作家がおとり捜査員として見出されることになります。疑いをかけられているのは、独立系書店経営者として名高い色男。彼は本書の原題である「カミーノ島」で書店を経営しており、おとり捜査員に見出された女性作家はその土地にゆかりがありました。彼女は捜査員としての任務を果たすことができるのか…!?

と、そんな感じのあらすじです。

注意点としては、「娯楽小説であること」です。村上春樹さんの作品に見られるような神秘的かつ神話的な、何かこの世界の真理を見出そうとするような、そういった観点はこの小説からはあまり得られないでしょう。純文学がもたらしてくれるような、目新しい着想や入り組んだ人間感情のようなものもありません。ほか、ミステリー小説のように緻密に仕込まれた伏線・回収、サスペンスに見られる急展開といったものもありません。

では、この作品はどんなことが楽しめる作品なのか、それは次の「見どころ」で簡単にご紹介します。

 

見どころ

本作の優れている点として、「リアルで多様な描写」というのがあげられるでしょう。本作は全8章+エピローグから成っていますが、それぞれの章では「グレート・ギャツビー」の原稿が目的物として扱われているものの、実に様々な人生や生活が描かれています。

第1章では窃盗グループが描かれています。プリンストン大学に忍び込むシーンはかなり細密に描かれ、作戦を遂行する様子や窃盗団の中の関係性などが楽しめると思います。どうやって原稿を盗み出すのか。それだけでも読んでいて楽しいです。そして、本作では「盗む」だけでなく、どのように警察から逃げ、盗品をお金に変えるのか、という部分についてもかなりリアルに描かれています。所謂ミステリーであればそこに「アッと驚くトリック」みたいなものがあるのでしょうが、盗むのも逃げるのも実に現実的に最善と思われる手法が描かれているので、そんな臨場感を楽しむことができます。

第2章では主役が変わり、ある1人の青年の半生が描かれます。帯でも書かれているのでここでも書いてしまいますが、彼はいずれ独立系書店を営み、一般的な書店経営の傍らで稀覯本売買の仲介役としても利益を上げるようになります。また同時に彼自身が稀覯本のコレクターでもあったのです。そして、彼は盗まれた「グレート・ギャツビー」の原稿の現所有者ではないかと捜査線上に浮かんでくることになります。ここでは彼がどのように書店を経営するに至り、どのように店を大きくし、そして稀覯本に興味を持つようになったのかについて細かく書かれています。これらもリアルに描かれているので、「ある書店経営者の成功談」として読んでも面白いです。

そして、第3章ではまた主役が変わります。今度は過去に2作ほど小説を出したことのある若手女性作家が主役となります。彼女は現在大学で臨時教員として働いており、彼女のあまり恵まれているとは言えない半生も書かれています。奨学金の借金と安い給料、そして数か月後には大学の人員削減で職を失ってしまうというなかなか切羽詰まった状況。そんな彼女のもとに怪しい1人の女性が現れます。そして、この章でその女性作家は金銭的な好条件のもとに、盗品の捜査に勧誘されることになります。新作が書けず、生活苦に襲われている陰気な女性作家の未来がここから変わっていくことになります。

第4章からは、女性作家が主役となって話がどんどん展開されていきます。特に第4章ではその副題になっている「海辺」、つまりカミーノ島での彼女の新しい生活が描かれます。彼女に与えらえた任務は、疑いのかけられている書店経営の男に近づき、原稿そのものや保管場所に関する情報を得ることです。しかしながら、捜査の素人である彼女が当面求められているのは、カミーノ島にゆかりがある若い女性作家として、その町に馴染むことです。この章では、カミーノ島の温暖で平和な世界や、そこにある作家コミュニティでの様々なゴシップを楽しむことができます。彼女の子供時代の美しい思い出はこのカミーノ島に住む祖母との時間が大半を占めているため、亡くなった祖母への想いや懐かしい景色に対する感傷的な想いというのも、この章の見どころになっています。

第5章で一瞬だけ、窃盗団に視点が戻ります。そして、そのまま第6章ではじわじわと捜査が進み出します。同時に女性作家は書店経営の男と徐々に親密になっていきます。この辺りでは一歩一歩捜査が進んでいく小気味良さを楽しむことができるでしょう。計画は予期した筋書き通りに進むのです。1つひとつの行動に意味があり、それが絡み合ってじわじわと原稿に迫る展開は、ややミステリーっぽさを感じさせてもくれます。「あぁ、そういう計画だったのね!」という発見が読者を楽しませてくれます。

そして、第7章。彼女は原稿に辿り着き、そして同時に男とも関係を深めます。この章の肝は、捜査が実るところよりもむしろ女性作家と書店経営の男の情事にあると言えます。2人の結婚や性生活に対する考え方なども描かれており、ある種の恋愛ものとしても楽しむことができるでしょう。

最後の第8章は、事件の顛末が語られることになります。ネタバレになってしまうので詳しくは書きませんが、もしかしたら人によっては「こんな結末は受容しがたい!」となってしまうかもしれませんね(笑)。ですが、個人的にはとてもバランスの良い結末だったかなとも思います。そして、エピローグを読むことで、この作品が総じてどういう物語だったのか、ということを知るに至ります。

 

感想(読了前だと損になるネタバレも含みます)

見どころの章でお話した通り、この作品では非常に沢山の登場人物が出て来て、それぞれの人生がリアルに描かれています。それぞれの行動にはそれぞれの登場人物の思惑や人生観というものが反映されており、どれをとっても良く出来ていると思わされます。逆に言えば、表層的とも取れるので、人の内面世界やその交流といったところはあまり期待しない方が吉でしょう。

個人的に面白いと思ったのは、稀覯本というのがある種の投資になるという考え方ですね。攻殻機動隊の中で紹介される「ワインは良い投資」という話に通じるところがあり、年が嵩むにつれて確実に値上がりしていくものですからね。日本では「こころ」と「人間失格」がずっと販売数の2大巨頭となっていますし、そういった名作の初版本かつサイン入りなんてことになれば、きっと相当な価値になっていると思われます。それこそ直筆の原稿なんて文化財レベルでしょうし。

そして、そんな稀覯本の面白さを書店経営の男が明快に説明しています。もちろん確実に値上がりする資産としての価値も高いわけですが、同時に優れているのは「財産」と捉えられない場合が多いということです。彼自身、最初に稀覯本蒐集は父が実家に残した本でした。彼は父の遺産相続でもめたものの、その遺産の中には稀覯本は含められていませんでした。彼はとあるきっかけで戻った実家の書棚で父の蒐集物を見つけ、「これは売れば結構な金になるのでは?」と思い、数冊を懐に忍ばせて持ち出します。このときから彼の稀覯本ビジネスは始まっていく訳ですね。

また、女性作家は捜査の一環として、書店経営の男に自分の手元にある稀覯本を見せます。それは祖母が図書館からずっと借りっぱなしにしている本であると男には嘘をつきます(実際には捜査集団から与えられたもの)。「これは価値があるのかな? 図書館に返した方がいいのかな?」と男に相談しますが、男は「価値があるから返すべきではない」と主張します。つまり、図書館に返したところでどうせその本はその真の価値を見出されることもなく朽ちていくだけだというわけです。それにすでに図書館はその本を無くなったものとして財産から除外しているだろう、と。男は自分が100万円でそれを買おうと提案をします。

ほとんどの人がその価値を理解しないが、絶対に欲しいと思う人がいるもの。そういうものを題材にしたところにまず本書の面白さがありました。

 

その他にも、作家同士のお喋りなんかは読んでいて面白かったですね。売れる本とそうでない本。プライドや個性、個人の資質。キャラクターが立っており、その中に「全ての作家を尊敬する」という立場の書店経営の男が入ってきたり、と彼らの議論や討論、あるいはくだらないゴシップ談などは人間味があって「会話劇」としても品が良くて面白かったですね。

本を書き、売るという行為に対して色々な価値観があり、また書店経営の男が語る「売れる本の秘訣」なんかは、私もこうして文章を書く人間として反省させられるところがたくさんありました(笑)。まぁ、私のは売り物ではないので気にしなくてもいいのですが。

そして、そんな「物書き」としての世界に立っているときの女性作家は楽しそうでもありながら、どこか居心地も悪そうなのです。

そしてその居心地の悪さの原因はやはり「捜査」に関与しているからです。「物書き」と「捜査員」という真逆とも言える立場の間で、バランスを取ろうとしている彼女の真理描写はあまり深く内省的になり過ぎず、いい塩梅で現実的なので物語の進行を妨げることはありません。私なんかは気になったらどこまでもそこを掘り下げてしまうので、話の展開なんて放り出してしまうのですが、やはりプロの作家は違いますね。しっかりしてらっしゃいます。

 

さて、そんなこんなでまさに「フル・コース」的な感じのストーリーが振舞われているわけですが、私は結構本作のオチが好きです。

完全なネタバレになりますが、最終的に書店経営の男は、女性作家のおとり捜査を見抜き、盗まれた原稿の避難に成功します。しかも、おとり捜査の段階で運良く取り逃がした窃盗団の生き残りも捕まることになり、警察は「犯人逮捕」という着地点を見つけ出すことができます。警察は犯人を全て捕まえることができ、もはや盗品の行方には興味を失い、その段階で男は大学側と交渉します。大学は金銭的な余裕もあるし、原稿さえ取り戻せれば良いという態度。最終的に、大学側と交渉して書店経営の男は大金を稼ぎ、女性作家はおとり捜査協力の報酬として奨学金の返済も完遂し、手元にもそれなりの現金が残りました。損をしたのは、特別に捜査を行っていた組織と大学側ですが、ここはある意味共闘関係にあり、痛み分けのような形で決着を見ます。

「勧善懲悪じゃないのか!」と釈然としない読者もいるかもしれませんが、少なくとも窃盗団は逮捕されました。そして、書店経営の男はその信念に則り、稀覯本でビジネスをしたに過ぎません。彼はそのビジネスのリスクも承知したうえで、最善の対策を取り、見事罪に問われることはありませんでした。女性作家は捜査の目的が達成されなかったものの、それなりの金銭的な報酬を貰い、ともかく荒廃した生活から抜け出すこともできました。

エピローグではそんな書店経営の男と女性作家が、当時のおとり捜査の時の話を楽しげにする様子で終わっており、とても品のある結末と言えるのではないのでしょうか。

つまるところ、この作品は書店経営の男と女性作家の話だったように思います。2人とも魅力的なキャラクターであり、作家の愛が注がれているのを感じます。登場人物は様々であり、それぞれがそれぞれの価値観で動いているので、どの価値観も等価であるように見えますが、やはりこの2人だけは若干贔屓されているような感じがします。即物的過ぎもせず、観念的過ぎもしない。良いバランスの2人です。もちろん、2人にも欠点はあるのですが。

 

総じて、娯楽小説としてはかなり質の高い作品だったように思います。レーダーチャートで綺麗な五角形が描けるような作品ですね。ストーリー構成、切り口、人物描写、風景描写、文体のどれもが高水準なんだと思います。

ただ何度も言うように、「伊坂幸太郎みたいな伏線回収が好き!」とか「村上春樹みたいな圧倒的な世界観が好き!」とか「カフカみたいなシニカルさが!」とかそういうものを求めて読む本ではないので、テレビでクイズ番組を見るような感覚でお楽しみください。少なくとも個人的には、そんな感じの感想です。

 

最後に…

久しぶりの読書感想文です。今回は深い考察とか無しで、本当にただの感想文としてお送りいたしました。まぁ、所謂読書メモみたいなものですね。多読家ではない私がこうしてせっかく新しく本を読んだのですから、きちんとメモをとっておきましょう。

と、そんなくらいの考えで書き始めて早2時間が経過しました。もう寝る時間だ!

そして、宮本佳林ちゃんのインスタライブを見逃してしまった…残念。