霏々

音楽や小説など

D.A.N. Microsound 2.0

 2025.12.19は金曜日。年末ということで当然ながら職場の忘年会と被る。でも、結局のところ会社は僕の居場所じゃなかったりする。かと言って、僕の居場所がライブハウスだと言うつもりもない。どっちつかずの自己認識は変わらないまま、ただ年齢を重ね、「行きたい」と思うライブにふらっと訪れる。孤独なんて洒落たものじゃない。ただ自然と孤立していった先で、音楽みたいな救いがたまにあればいいかなと思うようになってきた。

 ユニクロで買った紛い物のスーツを着て、暗い照明の中で体を揺らす。めっちゃ自分らしくていいな、と思う。D.A.N.の音楽を聴きながら色々なことに考えを巡らせる。また地方に飛ばされたら、こんな風に平日の夜にライブに来ることはできなくなってしまう。如何に都市圏でしか達成できないキャリアプランを掲げて、人事に説明し、東京にしがみ付くか。少ない友人がどんどんと家庭に吸い込まれていくことに焦りを感じるべきなのか、祝福を伝えるべきなのか。どうせ他人の人生だ。僕の人生はここで止まっていればいい。停滞は後退だと色々な人が言うけれど、停滞は孤立だと思う。皆、新しい場所を求めて、四方八方へ泳ぎ出す。

「Temest」のミニマルなベースラインと一緒にステップを踏みながら、ふるさと納税で届いたコーヒー豆のことを思い出す。有機栽培されたペルー産の豆は、南米の軽やかさを感じさせる。第一印象の中に酸味が強く出ているからそう思うのかもしれない。けれど、落ち着いて味わうとしっかりとした深みが現れて来る。酸味と思っていたものは、尾を引く渋味に変わり、いつまでも残像が脳裏にちらつく。「Tempest」もそんな感じ。しっかりと時間をかけて、体感として心地良さが刻み込まれていく。

 新曲の「Daydreaming」は低気圧直撃の日曜の朝を思わせる、鈍い頭痛のような低音から始まる。映し出されるVJは鮮やかで、タイトルの通り白昼夢のように美しい。まだ眠りと覚醒の間のように奇妙でもある。体が重くて起き上がれない。部屋の電気ひとつ点けられない。まだ半分眠りの中にあるのに、「眠い」という言葉に囚われ、ペンローズの階段のように何度も繰り返される。日曜だからまだ寝ていていいのはわかっている。でも、何もしない寝るだけの休日はもう嫌なのだ。停滞は孤立だ。体を起こして生産的な活動をしなければ。そう思うのに体は動かない。白昼夢の魅惑から逃れられない。頭が痛い。でも、そのうち思考も体も痺れて来る。もうこのままでいい。再び眠りに沈み込んでいく。

 名前の知らない新しい曲。同じフレーズが繰り返されながら、会場に緊張感が染み渡っていく。D.A.N.にしてはかなりテンポが速く、攻撃的なリズムが開始され、白色の映像の中で黒い十字が振動する。不活性の休日から叩き起こされる。歓声が上がり、フロアは縦ノリの気配。網膜に映るのはモノクロの映像にもかかわらず、サイケデリックな色味が脳髄から湧きだしてくる。中盤からはややテンポが落ちて、1音1音に体重がかかってくるD.A.N.らしい音像。シンプルな構成だが、どこまでも心を揺さぶられ、楽曲が終わると会場からは力強い歓声が沸き上がった。その後も、8月の野音で見せた紫色の新曲が続く。崩れたフリーキーなリズムが特徴的で、紫色の映像とともにあの茹だるように暑い夏が思い出させられた。前日に長岡の花火大会に行っていたっけ。夜空を埋め尽くす花火は確かに綺麗だったけれど、あれはただ網膜に美しいものが写っていたに過ぎない。揺さぶられた心が描く麻薬的な色彩に勝るものはない。空になったペットボトル。新しい水を買いに行く時間も勿体なく、ステージ上に釘付けだった。

 いつまでもこの緩やかな興奮の中に居たいと思っているうちに曲が終わり、また次の曲へと。掠れた風のようなイントロに会場から興奮の拍手が巻き起こる。「No Moon」への期待は高く、急激に高まっていく緊張感に誰もが息を呑んだ。幾重にも積み上げられた音が反響し、脳味噌のキャパシティが破裂しそうなその臨界点で音が弾け、すかさず冷徹なベースのフレーズに引き摺られていく。そこからは宇宙的な揺らぎの時間へと移行していく。D.A.N.らしい無重力の浮遊感。「No Moon」というタイトルにもかかわらず、頭の中には月の裏側でふわふわと浮かんでいるイメージが沸き上がる。地球も太陽も見えず、ただ暗い宇宙だけが見えている。原曲にはないアレンジへと繋がっていき、たっぷりと今頭の中に描かれた景色を堪能させてくれる。いつまでも捕まえたまま離さないでほしい。終わらなければいいのに、と思っているうちにふわっと曲が溶けていった。

 緩く絡み合う電子音が幾ばくか続き、「SSWB」へ。高まった体温も悪くないが、都会的な夜光はさらりと涼しく、会場に軽やかなステップが広がっていく。カウンターで貰ったハイネケンを取り出そうかしら、とか思いながらも、やはりトイレに行きたくなるのが怖い。この心地いいビートに身を委ねながらお酒にも身を委ねたい。四次元ポケット的な膀胱があればな。なんでこんな洒落た音楽を聴きながら、膀胱のことなんて考えなくちゃいけないんだ。僕は僕が嫌になるけれど、でもそんな気の迷いすら楽しく心地いい時間になる。

「Sundance」はMVがVJで流れつつ、足元からオレンジ色の光が立ち昇る。D.A.N.の照明は足元から上方へと照らすのがお洒落だ。開演からずっとそういう照明だったはずだけれど、何故だかこの「Sundance」になってそのことに気づく。統一的なオレンジ色の光が感傷的で、もうそろそろ終わりが近づいてきている夕暮れのメタファーのように思える。烏が鳴いたら帰ろう。まだ踊れる。夜の舞踏会は大人たちの世界。でも、僕たち子供にしかできない特別なダンスがある。太陽とともに踊る。沈むまで夢中で踊る。

 消えゆくダンスの音に重なるように、聞き馴染みの深いサンプリングされた台詞が流れる。会場からいくつもの歓声が巻き起こり、誰もが待っていた「Ghana」が演奏される。遥か昔の出会いを思い出す。色々なバンドが僕のもとを通り過ぎて行った。どれも素敵なバンドだった。けれど、結局のところ僕はD.A.N.に惹かれたし、この「Ghana」のMVを何よりもお洒落だと思った。お金が無くてライブに行く余裕なんてなかった。あの淡い初恋のようなものがこんなにも熟成した深い愛に変わるなんて、当時は思ってもみなかったな。活動再開してくれてよかった。こうして観に来られてよかった。目一杯の拍手で彼らを送り出した。

 拍手は鳴りやまない。送り出した拍手がそのまま再び迎え入れる拍手へと変わる。夏の野音では大好きな「Curtain」を演奏してくれたけれど、今回は何だろう。何が来ても嬉しいことには変わりない。野太い声援を喜んでいる自然体なステージ上の彼らが何だか可愛らしかった。

 最後に演奏されたのは「Navy」。会場が青く染まっていく。エキゾチックなギターフレーズ。それに似つかわしくない重たいリズム。そして広がる世界。会場を照らす足元からの照明は、ネイビーというよりはアクアブルー。考えてみると、より暗色に近い色の光ってどのように作ればいいのだろう。暗く黒い光というのは、単に光が少ないことでしか表現できないはずだ。だから、ネイビーは発色できず、アクアブルーになってしまう。光を重ねると白に近づく、それが光の特性。逆に絵の具は黒くなっていく。それを解決するために、点のように色を置いていって画面を明るくしたのが印象派の技法。では、光でも何か工夫をすればネイビーを作れるのかもしれない。

 D.A.N.の音楽もそれと似ているかもしれない。よく響く音の粒を重ねて音楽が構築されていく。音は重ねすぎるとただのノイズのようになってしまう。表現したい色が上手く表現できず、白飛びするか色が潰れてしまう。そうならないように、丁寧に一音一音を置いていく。そういう技法で描かれた浮遊感溢れる世界は、騒々しくないのにしっかりと耳や心に響き、確かな手応えを残していく。余白すら美しく、音楽を聴きながら自分の考え事や気持ちを振り返ることもできる。音楽を聴きながら、ただ静かな一人旅をしているような気持になる。

 ライブはあっという間に終わってしまったけれど、心地良く孤立した良い時間だった。「インセプション」という映画では、睡眠中の人の脳では、現実の世界の何倍ものスピードで時間が流れていくという設定だった。夢の中でまた夢を見る。するとどんどんと夢の深いところに入っていき、現実の世界の5分が何日にも感じられるという世界だ。D.A.N.のライブもまた夢の深い階層の中へと入り込み、ちょっと現実とは思えないような世界をたった1時間ちょっとの間に体感できる。会場全体の熱気や一体感というのは感じるけれど、あくまで音楽や熱狂を受け取るのは僕の感覚ひとつだけである。孤立した個人として、この場を深く味わう。

 明日……というよりは、これを書いている今日は何の予定もないただの休日。誰からも求められていない休日。ただ疲れた体を癒し、昼過ぎまで暗い部屋の中で足りない睡眠を補うだけの休日。ようやくベッドから這い出して、熱いシャワーを浴び、コーヒーを淹れながらこの文章を書いていた。昨日のことだけれど、ずっと昔のことのようにも思えるし、現実のとおり「ちょうど昨日起こったこと」という熱の残り方もしている。

 

終演後 D.A.N. Microsound 2.0

 

 何にせよ、長旅の後の休日というのは良いモノだった。こうしてゆっくりと文章にまとめながら、感動を反芻し、旅を振り返る時間もまた乙である。書き終えたら推敲をする前に散歩にでもいこう。雨が降りそうだから、傘を持って。今日はどうやら暖かいらしい。