霏々

音楽や小説など

【日記】卯の花腐し、姫良々バーイベ、つばき武道館

 5月2日の金曜日。カレンダーを2枚捲る。私には4月という時間が存在しなかった…なんて言うつもりはない。むしろ4月は色々とあり過ぎて、カレンダーを捲る暇もなかったと言った方が良いだろう。

 3月末にはひなフェスに、ずとまよのライブ、そこから4月に入り、友人と日本酒・ホロライブの会、リトキャメ、SYNCHRONICITY、休職中の友人を励ます会…ここまで予定が詰まることも私にとっては珍しい。そしてラストスパートがこのGWである。Juice=Juice春ツアー、つばき武道館、姫良々バーイベとハロプロ三昧となったが、その間を埋めるように帰省や友人とのしまなみ海道チャリ旅が入っている。実はこれを書いている数時間後には空港へ向けて出発しなければならない。

 そんな感じで自分比でかなり活動的な1か月を送ってきたのだけれど、そのせいか最近はいくら寝ても寝足りない。10時間くらい寝ているのにまだ眠くて昼寝をする始末。起きている時間はイベントに行ったりしているのだけれど、それだけで精一杯だった。だからこうしてゆっくりとブログを書けるのは随分と久しぶりな気がする。1つ前の記事もGW中に書き上げたのだが、眠気を吹き飛ばすために酒を煽りながら書いたので、かなり怪しい内容になっている。

 色々と書きたいこと、心を揺さぶられたことはあるのだけれど、生憎私の集中力はそこまで長続きせず、起きた出来事の細かい具体までは記憶に残っていない。故に、何となく筆の赴くまま、この数日のこと書き留めておこうと思う。なので「感想」や「レビュー」ではなく、あくまで「日記」という形で。

 

 

5月2日~卯の花腐し~

 まず今日の事。朝10時に起床。10時間以上眠っていた。途中、トイレに行ったり、いくつもの取り留めのない夢が去来したりしたので、浅い眠りではあったけれど、それでもどうしても頭を覚醒させることができなかった。ようやく10時になり、ハっと目を覚ます。今日は11時から心療内科の通院があった。

 電車で隣町へ移動し、とりあえず珈琲豆店へ。焙煎に30分くらいかかるので、診察前に注文だけ済ませておくのが賢い。母の日特製のブレンドがあるので、買ってみた。GW最終日に母が舞台を観に東京へ出てくるのでそこで渡せるだろう。母の日や何かしらの記念日に何かをプレゼントするというのは私にしてはだいぶ珍しい。普段は推しの誕生日くらいしか気にしないで生きているが、それは他のものを蔑ろにしたいというわけではなく、単に覚えていられないのだった。朝起きてからスケジューラーを見て、今日は何をするんだっけと考えることがほとんどだったし、星の巡り会わせが良ければ前日の寝る前に翌日のスケジュールを確認することもある。酒を飲んでいなければ。

 場面転換。病院へ。

 GWだと言うのに、病院は混んでいた。間が悪く私の直前に初診の人が入ったのか、15分くらい余計に待たされた感じがする(2回目以降は所謂5分診療というやつですぱすぱ流れていくのだけれど、初診は15分くらい時間を取られることが多い)。そう言えば読めていなかったつばき武道館後のメンバーのブログを読みながら時間を潰した。やはり瑠乃ちゃんのブログが素晴らしかった。駅で一番効率的な号車に乗り込もうとするヤギシオリと離れ離れになる瑠乃ちゃん。でも、ふと「瑠乃ちゃんと話したいから」と残ってくれる時もあった思い出。それらの日常的な出来事が、卒業という儀式と重ねて描かれていて素晴らしかった。こういうのを文才というのか。

 私の番がやってくる。文才の無い私は、「気持ちはね、落ちたりしてないんですよ。ただね、異様に眠いというだけであって。現に10時間寝ても眠いんですから。えぇ」とだらだら主治医に伝える。主治医に「春は気温も安定しないですからね。外的環境に体がフィットしないときもあります。眠い時は沢山寝る、でいいじゃないですか」と宥められ、いつも通り処方箋も貰って帰る。

 つけ麺が食べたいな、とどこにでもあるチェーン店へ。満足とは程遠い味覚を、「つけ麺は食べたんだからそれでいいじゃないか」とクリアチェッカー的な人生観で宥める。医者が私の心を宥め、私の心が私の舌を宥める。世界は私の舌を中心に回っていた。店を出ると豪雨。バケツを引っ繰り返したような暴力的な雨だった。スクールバッグを頭に乗せて雨を防ぎながら走る女子高生。何故だかそれが光って見えた。

 ふと『花腐し』という映画を思い出す。卯の花腐しというのはちょうど今頃の季節ではなかったか。調べると私の記憶は正しかったようで、久しぶりに脳が良い仕事をしたと嬉しくなる。ブログのタイトルにいーれよっと。

 焙煎された珈琲豆を受け取り、つけ麺を食べる前に写真データを送っていた処方箋も準備が完了しており、薬局でもすぐに用事を済ませる。それにしても酷い雨だった。こんなに強い雨は久しぶりな気がした。そういえばSYNCHRONICITYの2日目も雨が降っていたけれど…でも、こんな酷くはなかったな。何と言うか今日の雨は神さまの気まぐれを思い起こさせる。それくらい苛烈で無慈悲で、徹底的な雨だった。

 濡れた服、諸々を乾燥機に突っ込む。雨で汚れているから洗っておこうとも思ったけれど、何となくの気分でいきなり乾燥機に突っ込んだ。洗濯機で洗ってから、乾燥機に入れるといういつもの手順を踏まないことが嫌に気持ち悪く感じられる。が、この気持ち悪さを飲み込むことが何かの訓練であるかのように感じられた。自分は発達障害なんだろうか、と幾度となく疑ったことがある。カウンセラーと相談した中では、グレーゾーンに入るか入らないか、というくらいのもので、まぁ許容範囲内ではないかということ。私の日常の生きづらさは発達障害の要素が拍車をかけている部分はあるかもしれないが、それが根本ではなさそうだった。もちろん、調子が悪い時には色々と発達障害のせいにしたくもなるし、実際に発達障害が苦しみを増長している部分はあるだろう。でも、それで手帳が出るほどではないのであれば、私はその苦しみにただ耐えるしかない。調子には波があるし、その波がまた浮上してくるまでは静かに耐えるのみである。

 

 さて、今、になった。今日これからのことも書いておくか。

 19時過ぎの飛行機で松山へと旅立つ。それまでに諸々の準備を済ませなければならない。3泊4日の長旅になる。どうやら向こうも天気が悪いらしい。私は自分が雨男である自覚などないけれど、何となく自分のせいではないかという気がしてくる。私がこのしまなみ海道チャリ旅に同行することにしたから、雨が降って、友人に迷惑をかけている。どこにも論拠なんてないことはわかっているのに。

 被害妄想というか、加害妄想、という被害。なんか何につけてもそういう風に考える節があるよな。もっと堂々と生きていればいいのに。でも、道や駅ではちんたら歩いている邪魔な人間を睨みつけては追い越していくような人間だった。こんな自分であることが本当に情けない。早く消えてしまえばいいのに、と常日頃思っている。

 

5月1日~きららバーイベ~

 昨日は米村姫良々さんのバースデーイベント2025に行ってきた。21歳になられたということでおめでとうございます。きららちゃん(辞書登録する手間を省き、平仮名で失礼)のことは、デビューからずっと注目していたけれど、バーイベに行くのは初めてだった。本当のことを言えば、バーイベに行こうと思ったのも、例の「お面」が欲しかったというのが最初の理由だった。

 しかし、メンバー2人が卒業をしてからのひなフェスでのOCHA NORMAの鬼気迫るパフォーマンスに圧倒されたのは事実だし、きららちゃんの顔がさらに強くなっているのを最近よく感じていた。具体的には冬ハロくらいからかな。かなり前にTikTokに投稿された『アイドル』の踊ってみた動画とかも凄い輝いていたけれど、最近は何か凄味すら感じる。

 バーイベの感想としては、やはり「度胸が並外れている」というところに尽きるだろうか。バーイベというホームな環境であることも大きいと思うが、ガンガン客と絡むし、イジるし、ベテラン漫談師くらい「喋り」で会場を一つにしていた。両部ともオチャのメンバーがサポート役として企画の補佐をしていたが、メンバーが出てくるとよりボケにツッコミに(どちらかと言えばツッコミが多いのかな)縦横無尽の活躍をしていた。この豪胆さに惚れるんだよな。

 企画に関しても、「イントロドン」と「格付けチェック」という定番のものを準備していた。

「イントロドン」ではきららちゃんVSヲタクという構図で、ヲタク側も挙手して答えたりと楽しい内容だった。1部で『ブラックバタフライ』が出たときはわかっている人が少なそうだったので、Juiceヲタとして答えようかと真剣に悩んだけれど、ほかの人が回答してくれて助かった。私の心臓が鼠ほどだからこそ、きららちゃんの心臓の強さに惹かれるのだろうか。

「格付けチェック」は、バーイベでは「きららどっち?」というタイトルになっていたが、「アルプスの天然水」と「いつもの楽屋の水」、どちらが「いつもの楽屋の水」でしょうか。みたいな問題だった。目隠しをしてそれを当てるのだが、きららちゃんに飲ませたり食べさせたりするのはオチャのメンバーで、1部では夏月姫ちゃんと円香ちゃんが、2部では七海ちゃんがアシスタントを務めていた。1部、2部ともに全問正解を果たすという、かなり繊細な感覚を持ち合わせているきららちゃんを発見できてそれも良かったけれど、なんと言ってもメンバーとの絡みがまた面白かった。

 特に七海ちゃんが「全問正解したらキスしてあげる。そのためにグロスも塗って来なかったから」と素晴らしいフリをしてくれたおかげで、きららちゃんが「ヤバい。全問正解してしまう。でも、きらら嘘ついたりできないから。難しい問題来い!」と終始狼狽えている姿が面白過ぎた。きららちゃんはタレントとしての才能を感じるよなぁ。

 一昔前なら、その豪胆さでそれなりにテレビタレントとしても売れたと思うけれど、今やただリアクションが良かったり、バラエティ対応能力が高かったりするだけでは難しくて、何かしら一芸が必要だったりする。大喜利が得意だったり、何かマニアックな趣味があったり、そういうのも求められる。その点、きららちゃんは良くも悪くも自然体に真面目に生きているだけだから、今風のタレントとして売れるのもちょっと難しいのかもしれない。でも、今のオチャとしての活動をしっかりやり遂げたその先で、もし本人に興味があるのであれば、真剣にタレントとしての未来も考えてみてほしいところ。それくらい楽しくて、笑えるバーイベだった。

 ライブパフォーマンスについて。まず、きららちゃんはスタイルが良過ぎる。顔も良過ぎるけどね。殊、見た目に限って言えば、間違いなくハロプロエースだと思う。ただハロヲタはスキルをよく見るし、きららちゃん本人的には歌に苦手意識があったみたいだから、そういった理由で前に強く出られず、パフォーマンスを評価されるということが少なかったのかもしれない。でも、普通にきららちゃんは歌も上手いし、ダンスもシルエットの作り方が上手いので観ていて飽きない。

 特にイカつい歌や、平成ギャル的なざくっとした歌がきららちゃんの性格ともよく似合っていて、それが楽しいバーイベだった。『愛の園』『あななし』『Please go on』あたりの往年の楽曲は、本当にきららちゃんの強さを出せていたし、それでいてどこか哀愁みたいなものあったから凄いよかった。『GIRL ZONE』も強めギャルという意味ではよく似合っていたけれど、上述3曲のようなどこかにアイドル性みたいなものを感じさせる楽曲の方が実はきららちゃんのキラキラ感ともマッチしていて良かったのかなと思う。

 特にラストの『お願い魅惑のターゲット』はとても良かった。会場もコールを心得ているヲタクが多かったし、きららちゃんのアイドル性にみな撃ち抜かれていた。

 個人的にはオチャとして『ちはやぶる』みたいなカッコ良くて泥臭いような曲が凄い好きだし、最近お披露目された『わかってるっつーの』みたいな曲も凄く良いと思う。こぶしファクトリーほど、ずっしり、どっしり感はなくてもいいけど、もっと軽快だけどゴリッとした切れのある一撃をお見舞いできるような曲を多くやって欲しいと思う。けれど、その中心にはきららちゃんの持っているサバサバした感じや、キラキラしたアイドル性みたいなものがあって欲しいと思う。言っても、きららちゃんは真ん中で輝くタイプだと思うし、今後のオチャをどんどんと盛り立てる存在であってほしい。

 そんなことを感じた姫良々バーイベ2025であった。

 

4月30日~つばき武道館~

 さらに日付を遡り、つばき武道館の話。

 私のブログを遡っていただければわかるように、私はかなりリトキャメに入れ込んでいる。そんなリトキャメがこの武道館公演で1つの終わりを迎える。ヤギシオリの卒業。それを納得しながらも、到底受け入れられないと、魂が2つに引き裂かれる想いでこの日を迎えた。『意識高い乙女のジレンマ』ではないけれど、どうかヤギシオリを2人にしてあげてほしい。そして、片方は女優の道へ、もう片方はリトキャメ継続の道へ。そう思わずにはいられない。

 そうは言っても、リトキャメとしての終わりは、既に「リトキャメ ファイッ!vol.2」で嫌と言うほど感じたし、そこで供養してきた。だから、今日は純粋にヤギシオリを華々しく送り出そう。そういう気持ちで臨むことができた。もちろん武道館公演でも、リトキャメのハイライトとなるようなシーンが盛り込まれていればいいな、と思いつつも、10周年記念と重なっているということもあって、あまりリトキャメリトキャメばかりも言っていられない。そういうわけで、心は決まっていたけれど、モチベーションの持っていき方はよくわからないでいた。

 初めての武道館のアリーナ席当選が、このつばき武道館だった。しかもかなりの良席だった。でも、いくら良席でも大箱だとステージとはこんなに離れるのね、という感じ。ひなフェスでも同様のことを思った。いつか地方公演で最前とか引けたらかなり違った感覚なんだろう。

 ヤギシオリの卒業。リトキャメの終わり。つばき10周年。全シングル曲披露。トピックがかなり取っ散らかっていると言えば、取っ散らかっている。でも、やはりここはヤギシオリをしっかりと目に焼き付けておくべきだろう。会場が暗転し、1分ほどが経つまではそう思っていた。が、ひなーずが登場し、瑠乃ちゃんが登場し、そして真琳ちゃんが登場する。そのとき、私の中で何かが瓦解した。

 真琳ちゃんはつばきの中でも1推しだったけれど、その美しさは私の想像を遥かに超えていた。

 

 
 
 
 
 
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 見てくれ。この美しさを。重ためのおかっぱは、同じおかっぱでも初期の頃とは一線を画すようなスタイリッシュさ。ブルーブラックの深い髪色も相まって、妖艶を通り越して神秘的なオーラさえ漂っているじゃないか。

 白いワンピースドレスが1着目だったが、この美しさに度肝を抜かれた。持ち前の儚げな面持ちは残しながらも、気品溢れる姿は憂国の姫君のようでもあった。

 

news.yahoo.co.jp

 

 真琳ちゃんの美しさには何か想像力を掻き立てられるものがある。ベタなストーリーで申し訳ないが、少し古臭い伝統に縛られた敬虔な王国にテロリストが入り込む。そのテロリストは悪質な情報操作などによって市民の暴動を引き起こしていく。そして内戦の戦火に包まれる王国から近くの丘の上へと逃げて行く。火の海に飲まれる王国を憂いつつ、月光に照らされながら姫はカスミソウを手に祈りを捧げる。そういう物語で主人公を務められそうなのが真琳ちゃんだと思う。そういう悲劇的で神秘的な美しさが真琳ちゃんにはよく似合う。

 白いドレスを脱いで2着目は、黒のすっきりとした衣装。こちらは一転、くノ一のような妖しさがある。珍しく脚がよく出た衣装で、ただすらっとまとまっただけではなく、ほんのりと丸みを帯びた体がやや可愛らしい。身長も決して高い部類に入らない平均的な感じだけれど、顔が小さいからスタイリッシュには見える。もう20歳であるけれど、そこには若干の少女性みたいなものも感じて、ただ大人っぽい色気を感じさせるのではなく、そこを超えた無垢さや天界を思わせる神秘的なオーラまで感じさせるのだから恐ろしい。

 1着目の白い衣装には吸い込まれたそのままに想像力を掻き立てられるようなところがあり、2着目の黒い衣装には整理のできないモザイク柄のギザギザとした感覚を突き付けられた。正直、曲目を追っている暇なんてほぼなかった。セトリを見返しても、どれが良かったとかが思い出せない。一言いえるのは、真琳ちゃんが美し過ぎたということだけ。強いて言うなら、新曲の『月夜のパ・ド・ドゥ』が良曲だったということくらいか。それくらい真琳ちゃんに夢中だった。

 これが誤算だった。本当ならつばき武道館についても詳細なレポを残すつもりだったのだけれど、開始1分でその目論見は打ち砕かれた。良席ということも相まって、これは真琳ちゃんを観なければ後悔するぞ、と本能が告げていた。

 それでも僅かな理性で、「今日はヤギシオリの卒コンなんだ」と自分に言い聞かせ、真琳ちゃんが逆サイドに移動した時にはできるだけヤギシオリのことも見るようにしていた。やはりヤギシオリはとんでもなくスタイルが良いし、所作が美しく、それでいて見せ方も上手い。こんな逸材がつばきから居なくなってしまうのか。そしてヤギシオリがいることで不思議な魅力を獲得していたかもしれない、リトキャメ。その4人の歴史も一旦ここで終わりとなる。そう思うと、ヤギシオリを目に焼き付けたのちに、結心ちゃんや瑠乃ちゃんにも目を配っていた。が、ビジョンに真琳ちゃんが映し出されたりしたら、やっぱりビジョンに目が行ってしまうし、真琳ちゃんが目の前に現れたりしたら、もうそこから目が離せなくなっていた。

 もしも自分が十代であったなら、これは恋と呼んでいただろう。それくらい真琳ちゃんに夢中だった。真琳ちゃんの歌声もダンスも好きだけれど、こんなにもビジュアルと滲み出る魂によって心を揺さぶられるというのも何だか久しぶりな感じがした。どうしてもハロプロを応援していると、スキルがどうだとか、グループ内での立ち位置だったり、先輩やこれまでの伝統との関係性などを楽しみがちになる。スキルが高ければそれだけ見せ場が増え、成長を楽しむ機会が増えるし、おのずとスキル面を推している方が安心という気にもなってくる。逆に、あまり目立たないけれど、密かに縁の下の力持ち的にスポットスポットで輝く子を推すのも、「自分だけがわかっている感」があって楽しい。どういう風に推せば楽しくいられるのか、ということが徐々にわかってきて、楽しみ方も玄人化してくる。

 それなのに、もうビジュアル一つでここまで揺さぶられるか。今さら。

 その衝動に身を任せてしまうのが怖いようで、どこか心地いい。今となってはすべてを諦めた恋心みたいなものが、今更になって駆動して、私は真琳ちゃんから目が離せなくなる。でも、諦めた以上それは恋心ではなく、独占欲や所有欲とは切り離され、ただただ崇高な存在へと君臨していく…狂信のようなものになっていく。心臓を捧げよ、みたいな感じかもしらん。真琳ちゃんの美しさを護るためであったら、剣を手に、醜い悪と闘うことも厭わないだろう。

 それくらいの気持ちが湧いてきておかしくなりそうだったし、実際中盤のVTRセクションで水彩の真琳ちゃんがビジョンに映ったときなんかはもう神々しい過ぎてその場でひれ伏してしまいそうだった。が、3ポーズ目の可愛らしいメンバーカラーのパステル衣装に着替えて出てきたときにようやく我に返った。

 そうだ、真琳ちゃんはアイドルだった。

 別に3ポーズ目が似合っていないとかそういうことを言いたいのではなく、それまでの異様な神秘的オーラが奥に引っ込み、代わりにふわふわキュートな可愛いオーラが湧き出てきた感じだった。衣装が変わる度に、その中核となるイメージまでも変わってしまう真琳ちゃんがやっぱり凄いと思った。そして、あまり神格化せずに、1人のすごいアイドルとして応援していこうとなぜか少し冷静になった。それでもVTR明けのリトキャメセクションが終わるまではそれまでの浮ついた心を抑えきれず、やはりセトリを見返してもあまり記憶がない。

 リトキャメセクションが終わって、ひなーずやさにこ、あんみぃのセクションが終わった辺りで私はようやく平常心を取り戻し、「あんみぃ、1人で3曲くらいやることになったらどうしよう…大丈夫かな…」と変な不安感を覚えていた(結局、あんみぃは『17才』を1人で歌い切っただけで、次の『うるわしのカメリア』では全員登場したので安心した。あんみぃ3連チャンも密かに見たかったけれどね)。

 むしろここからの怒涛の盛り上がり曲の方が記憶には残っていて、普段はシンガロングしたりしない私も『大好きなのに 大好きだから』で「うぉーうぉー」歌ったりしたのが楽しかった。アンコール前が『妄想だけならフリーダム』というのも、つばきの楽しい感じが出ていてよかったね。それにしても、つばきは良曲が多すぎる!

 コンサートラストの曲が新曲の『My Days for You』というのは意外っちゃあ、意外だったけれど、歌詞を考えたらすごい良かったと思う。ヤギシオリのソロ曲が『My Darling』だったのは、アイドルとしてのヤギシオリをここに置いていく…的な意味合いもあったのかなと、そんなことを思いながらの終盤戦だった。

 と、そんなわけで良くも悪くも、出鼻をくじかれてあまり具体的なことが思い出せない、素敵な武道館公演だった。改めて10周年おめでとうございます、だし、ご卒業おめでとうございます、だった。でも、たぶん私は変わらず、というか以前にも増して、真琳ちゃんに執着していくのだと思う。

 

5月2日~16時10分~

 昼過ぎから書き始めたこの記事も終わりに近づこうとしている。あと1時間後には3泊4日のチャリ旅に向けて家を出なくてはならないが、まだ何一つとして準備をしていない。マズい。が、記事を書き切らなければならない。いったいどうやって着地させるべきなのか。

 それにしても酷い雨だ。いつ終わるとも知れない雨。こんなんで明日からの旅は大丈夫なのだろうか。実に不安である。

 さて、今朝時間がなくてできなかった髭剃りを済ませた。そして床に落ちていた珈琲豆を拾った。何を書くか少し考えてみた。

 たぶん自分の人生に私は一抹の不安を感じている。幸せになれないんじゃないかとか、今のこの時間は空虚なんじゃないかとか。でも、何をしたら、何を達成したら幸せなのかはよくわからないし、逆に空虚じゃない時間なんてあるのだろうかと思う。そんなにやりたいとも思えないことを、「将来のため」と偽ってやり続ける人生には20代で愛想を尽かしていたし。

 GWという時間や稼いだお金をアイドルに溶かし、数少ない友人との旅行や、田舎で暮らす両親との時間に費やす30代というのは他者から見たら嘲笑の的だろうか。私はそう思わないけれど、もしかしたら影で笑っている人はいるかもしれない。ましてやこんな誰が読んでいるかもわからないブログに意味不明な狂信性を吐き出しているなんて知れたら、まともな社会生活など営めなくなるかもしれない。でも、たぶんこれが私が私であるために一番リラックスできる方法だし、もし誰からも咎められ、迫害されないのであれば、こんな生活を今後も続けていきたいと思っている。

 実家に帰省しているとき、1泊で温泉旅行に行った。その露天風呂で1人で考えていた。思えば、後悔なんてものと無縁の人生だった。もし私が職業としての作家を目指すのであれば、もっとやれたことはあっただろう。今の文章の書き方では圧倒的に色々な技術も感性も知識も足りていない。それはわかっている。でも、かといって、職業としての作家であろうと本気で思っていた時期があるかと言われれば、そこまでのことはあまりなかったように思う(瞬間的に「作家になりたい!」と強く願ったことは何度かあるにせよ)。あるいは、医者や弁護士でもいい。何かもっと立派とされる職業に就くという目標を持ってもよかったかもしれない。

 でも、私はそのどれも真剣には思えなかった。ただ楽をしていたいだけ。

 何か目標というのものがあって、そこに達成するために「あれをしておけばよかった」というのが後悔なんだと思う。そう考えると、まず私には目標というものがなくて、ただ楽に自分の人生を進められればそれでよかったような気がする。だから、仮に目標を立てた場合には、「あれが足りない」「これが足りない」ということはあるのだろうけれど、現時点では何も足りていないという感じはしない。いまここにいる自分が自分らしいと思うし、それ以外には特に何も求めていない。

 だから、別に投げやりになっているのでもなんでもなく、普通に明日死んでも構わない。何だったら、ちょっと旅行行くの怠くなってきたし、いま死んだって良い。まぁ、積極的に死にはしないけど。ちゃんと電車に乗って、空港まで行くけど。目標がないから、「やり残した」みたいなことで怨念になったりもしない。

 そういうわけで私は結構イイ感じである。超・超・超というほどではないにせよ、まぁ・まぁ・まぁイイ感じ。土砂降りの雨を窓の外に眺めながら旅行の準備を始める。旅が健やかなものであることを祈る。