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音楽や小説など

適応障害と診断されまして… vol. 74

適応障害と診断されて581日目(2022年5月18日)にこの記事を書き始めています。

 

前回

eishiminato.hatenablog.com

 

何だかんだと2か月以上ぶりの記事になりました。こうして記事を書くのは決まって「順調とは言えない何かがあったから」という感じなのですが、それでも以前に比べれば全然体調は良いと思います。段々と病気は治ってきていて、ただどうしても持ち前の人間性は変えるのが大変で…と、そんなフェーズに差し掛かっている気がします。

 

 

1.HSS型HSPという自覚

最近は割と調子良いなぁ。もちろん油断はできないけど。

4月、新年度になってからそんなことをよく考えるようになりました。前はブレーキを踏むのも、周りの目を気にしながらおっかなびっくり、という感じでしたが、徐々に柔らかく、あまり周りから悪目立ちしないようにゆっくりと自然な動作でブレーキを踏めるようになってきたように思います。本当に車を運転するのと同じで、こういうのも慣れていくものなのですね。コツというのもまだ上手く言語化できる気はしませんが、全ての始まりは「自覚」というところにあるのだと思います。

認知行動療法では、自分の中に認知の歪み(傾向)があることを知覚することに重きが置かれています。それはつまるところ「ストレス」をしっかりと把握することです。できればある程度定量的なイメージで。自分がどれだけのストレスを受けているのかを明確に知覚できるようになるほど、今どれくらいのブレーキが必要なのかがわかります。

例えば、職場で苦手としている人と関わって、「また迷惑そうにされた」とか「自分の行動を否定された」ということがあると、私は一旦仕事をうっちゃります。「はい。重たいパンチもらいました~。もうしばらくまともに頭は機能しません。ここで怒りの感情に任せて反発して仕事に打ち込んだところで、また頭痛やそわそわ感に悩まされます。なので、はい、一旦トイレ休憩挟みます。仕事はもう残業ほぼ無しで帰ります。これは私という人間の機能を保つために必要な措置なので、とやかく言われる筋合いはありません」と開き直り、ちゃんと療養のための時間を取ります。あるいは、帰宅してさくっとお酒を飲んで寝る、とか。

翌日目が覚めて、まだ体が重ければ、フレックスを活用していつもより30分くらいゆっくり会社に行くのもありです。テレワークなら思い切って、昼休みをいつもよりちょっと多めに取ってみたり(笑)。音楽を聴いたり、ゆっくり長風呂してみたり。そういうのも良いですね。

そういう風に、きちんと自分がダメージを負ったことを把握し、それに見合うリフレッシュをきちんと行います。そして、でき得る限り、そういったダメージを負う場面を避けるというのも非常に重要ですね。苦手な人、場面には極力近づかない。そういう苦手が避けざるを得ない場合は、仕方ないので手厚いケアで中和させるよう心掛けています。

しかしながら、そういう風にストレスやダメージにばっかり意識が向くと、どうしても日々を慎重に過さなければなりません。また、今の職場は前の職場に比べて圧倒的に、人間関係が希薄で、「この人のために頑張ろう」とかそう思わせてくれる人がとても少ないです。仕事が個人プレー多めということもありますかね。なので、正直仕事がつまらなく、気分が高揚することが少ないです。そんな状況で、さらに慎重に暮らしているので、結構「憂さ」みたいなのが溜まっていきます。「何か楽しい事を日々の中に見出していかないとな~」と考えることが増えてきました。

色々と不安が先行してすぐ疲れてしまうくせに、そうやって何か「刺激」を求めてしまう傾向がどうやら私にはあるようです。いや、もちろん多かれ少なかれ誰にでもそういう傾向ってあると思うのですが。しかし、まだ自律神経やメンタルが弱っている私は、そうやって憂さ晴らしのためにやった行動で疲れてしまうので、そこのバランス感覚が非常に重要なのだと最近よく思うようになってきました。こういうのって、まさにHSS型HSPの人間の大きな悩みだと思います。

本当に自分がHSS型HSPタイプの人間なのかはわかりません。ひょっとしたら私の思い込みかもしれません。しかしながら、どうも自分がそういう傾向を持つ人間なのだと自覚して行動するのが、今の私には色々と都合がいいみたいです。「憂さ」を溜め込まないように、ある程度「楽しい事」を求めながら生活をしつつ、それで疲れが溜まって来たらきちんとケアを行う。例えば、週末の土曜日に楽しい予定を入れたら、翌日は何も予定を入れないで基本的には家の中や散歩をして過ごす。そんな風に常にバランスを考えながら生活することで、今のところ割と上手くやれている気がします。

4月の休日とGWは予定が詰め詰めで、結構疲れる日々が続いていました。4月にはSYNCHRONICITYという渋谷のサーキットイベントに行ったり、高校時代の友人とキャンプをしたり、前の職場の先輩と2泊3日の旅行に行ったり。GWは仙台までライブを観に行き、軽く観光し、あるいは朝まで飲み明かす日があり、スカイウォークでジップラインを楽しんだり。それから恋人と2泊3日の旅行にまた出掛けたり。そんな感じでかなり活動的な日々を過ごしていました。平日もよく外に食べに行ったり、職場の引っ越しがあったりと、なかなかに刺激に満ちた日々だったように思います。正直、GW終盤は疲れ果てていましたね…笑

でも、そういう風に「今はとても刺激が重なっている。だから間違いなく自分は疲れている」という自覚があればこそ、GW終盤は部屋から一歩も出ない日を作ったり、数日間誰とも喋らなかったりというケアを行えました。また、5月に入ってからは、極力新しい店を開拓するのではなく、馴染みの店でランチしたり、あるいはコンビニで買って来た冷凍パスタやカップラーメンを食べて、刺激を減らすように心がけています。そして、そのように自分を労わっている時間も、それはそれで充実しているように思えているので結構いい塩梅です。

そういう風にダメージとケアのコントロールを上手くやっていくことで、この何とも操りづらい「自分(おそらくはHSS型HSP)」という乗り物でも何とかやっていけるのではないかと思えるようになってきたのが最近の実感であります。

 

2.そうは言っても…悲しいこともある

私は以前よりこの日記の中で「サンドリ」=有吉弘行のラジオが好きと言って来たように思います。なので、上島竜兵さんの死はかなり堪えました。その報道があった日は実家でテレワークをしていたのですが、正直仕事がほとんど手に尽きませんでした。実家とは言え、日中は両親とも働きに出ているので、家の中で一人きりです。一人きりだとずっと悲しみやもやもやとしたもの(それはやっぱりどうしても希死念慮で…)に囚われてしまい、適応障害で会社を休んでいた時のようにぐるぐると反芻思考に絡めとられ、具合が悪くなってしまいました。

なんで上島さんみたいな良い人が死ななくちゃならない世界なんだろう。なんで上島さんや有吉さんの悪口を言う人がいるんだろう。上島さんは何が悲しかったのだろう。こんな世の中じゃ、繊細な人からボロボロになっていくだけじゃないか。やっぱり死ぬのが1番楽だし、妥当なことなのかな。私ももう嫌だな、こんな世界。やっぱり死んだ方が賢い選択だよな。もう苦しまなくて良いんだもんな。上島さん、私ももうそっちに行ってしまいたいよ。あぁ、もうこんな風に何かある度にショックを受けたくない。あぁ、もうこんな風に何かある度に死にたくなるなんて嫌だ。疲れたな。面倒だな。何も考えたくないな。仕事なんてやってる場合じゃないよな。もうさ、死んだ方が楽だよな、絶対。

と、そんなことがぐるぐると頭の中を周り出して、適応障害になるより以前から抱えていた希死念慮をぶり返し、適応障害が発症した時のようなどうしようもない反芻思考の渦に囚われてしまいました。しかし、何とか夕方までのらりくらりと、軽く仕事をしたり、音楽を聴いたりして耐え凌ぎ、ようやく夜には両親も帰って来て、少しほっとしました。「上島さんが死んで、結構辛い。落ち込むわ~」とそういうことを言えるだけ、まだマシでした。この日、たまたま実家でテレワークをする予定となっていて良かったです。もし、今の自宅で一人きりで夜を迎えていたら、結構ヤバかったように思いますね。いざとなったら「いのちの電話相談」に電話していたとは思いますが、やはり気の許せる人に心情を吐露するのは、結構な救いになってくれます。

この辺は、やはり一度適応障害の時に両親と腹を割って話していたのが良かったように思います。心身の不調や、ちょっと繊細な私というものを理解してもらっていたので、そういうマイナスなことを喋れました。前までの私と両親との関係だったら、そういう弱音は吐けなかったと思うんですよね。そういう意味では、やはり親子関係というのはできるだけ正常化させておくべきだと改めて感じました。

しかしながら、そんな両親であっても、もう私が仕事に復帰して1年弱経っているので、だいぶ私の弱さには鈍くなっているように感じました。というか、私自身、それでも両親に全ての心情を吐露できたわけではありません。本当はまた希死念慮に囚われて死にたくなったのですが、「ショックだわ~」くらいのことしか言えませんでした。ですから、当然両親としても「上島さん、びっくりしたわ」くらいのことしか言ってくれず、そこは何と言うかちょっと不満も残ります。でも、まぁ、違う人間なのですから仕方がないですよね。両親だって私の弱っているところなんて見たいはずもないでしょうし。

両親の前で強がれるようになったのは、回復してきたからだと思います。しかし、両親の前で弱音が吐けないのは、また本音で喋ることに対して臆病心が出てきたことの証明かもしれません。くよくよして、それを他人に押し付けるのも良くないとは思いますが、できるだけ本当に弱っているときくらいは、ちゃんと言葉にできるだけの勇気を持ちたいものです。

 

最後に…

いつもよりだいぶ短めの記事になったと思います。たぶん、そんなに書くことがなかったからだと思います。上島さんの件で、久しぶりに渦巻いた負の感情を文章にして発散したかったのかな。書いたらちょっとすっきりして、「もういっかな」と思えました。こんな風にインスタントに自分の感情をコントロールするのは、あまり良くないのかもしれませんが、溜め込んで腐らせるのが前までの私のダメなところだったので、こうやって適宜ガス抜きをするのは大事なことかもしれません。

また気が向いたら、、、というか、ガスが溜まったらここで文章を書きたいと思います。書くことはやはり私には救いのようです。

それでは、また。