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音楽や小説など

Maison book girl <SOUP>レビュー ~上質な舌触り、「鯨波の街」とは~

Maison book girlのシングル<SOUP>のレビューをさせていただきます。

<SOUP>は

 

1.鯨工場

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2.長い夜が明けて

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3.まんげつのよるに

 

の3曲で構成されたシングルとなっています。

何はともあれ、「1.鯨工場」というタイトルと、ジャケットが最高です。

「鯨」と言うと、何となくsora tob sakanaを思い出したりもしますが、「海に生息する規格外の大きさの哺乳類」というその特徴は、不思議な神秘性がありますよね。その神秘性はMaison book girlsora tob sakanaといった前衛的な楽曲を生み出すグループを表現するアイコンとして、効果的ですよね。

 

さて、楽曲レビューを順番にやっていきたいと思います。

 

1.鯨工場

大局的にみれば、4拍子の楽曲です。4拍子なので、8拍が1つの塊となります。1拍あたり2カウントするとすれば、16カウントの音が詰め込めるわけですが、

イントロ、Aメロ、サビについては、

 

<1・2・3・4/1・2・3・4/1・2・3・4/1・2・3・4>

 

とカウントするよりも、

 

<1・2・3/1・2・3/1・2・3/1・2・3/1・2・3・4>

 

とカウントした方がリズムを捉えやすいです。どちらも16カウントですが、下側の3カウントを基本とした不規則なカウント方法を取ることで、3拍子っぽくも聴こえるのがこの楽曲の面白いところですね。

この手法はそこまで奇抜ということもないかもしれませんが、サクライケンタさんの楽曲で言えば、Maison book girlの前身である「いずこねこ」のプロジェクトにおける「fake town」という楽曲でも用いられた手法になります。

 

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2曲目が「fake town」です。1曲目の「END」という楽曲は3拍子3小節という特殊な構成の楽曲で、曲の質感も含めて大好きです。いずこねこにハマり、サクライケンタさんにハマった私にとっての大事な曲です。

「fake town」は<最後の猫工場>というアルバムに収録された楽曲ですが、ギターとピアノの感じも似ています。サクライケンタさんの使うギター音って、どこかチープなのに、チェンバロっぽい音が古風的で好きなんですよね。ちなみに、<最後の猫工場>というアルバム名に対して、「鯨工場」という曲名。比較というのではありませんが、地続きな世界観とコンセプトの変化を感じます。

「fake town」では「3カウント×4+4カウント」という16カウントの割り振り方を使いながらも、メロディラインが普通の4カウントなのでポリリズムになっていました。さらに、サビの前半は「3カウント×4+4カウント」のポリリズムなのに、後半は「2カウント」ベースとなり、切迫した感じに演出されています。

なので、正直言えば、「鯨工場」は「fake town」の要素を使いまわしているという感じで、「fake town」の方が音楽的に凝っていると言えば、凝っています。

ただ、「鯨工場」の方が音数的に多く、音像自体は濃厚な感じになっています。木琴やクラップといったサクライケンタさんらしい要素もよりふんだんに盛り込まれていますし、フルート?なども用いられており、煌びやかでもあります。

唯一、上記の「3カウント×4+4カウント」リズムから解放されるBメロは、アイドルらしい、

 

ド・ッ・ド・ド  パン!(おい!) ×4

 

というリズムが使われており、これによってかなりポップな印象も加えられています。

 

次に歌詞の世界観ですが、Maison book girlの世界観をまとまりのある文章で説明するのはほとんど不可能です。説明するためには、Maison book girlの歌詞のようにかなり感覚的な詩にするか、あるいはメンバーのコショージメグミさんが書くポエトリーリーディングのように長い物語にする必要があります。

ですが、簡単に要素を紹介するくらいは何とかやってみましょう。

まず「鯨波の街」という語句ですが、「鯨波」は「とき」と読みます。「鬨(鯨波=とき)の声」という言葉は、戦場などでの皆で叫ぶ気合い入れみたいなものです。今回は、海の音や街の音、それから雨の音や工場の音など、そういった意味をなさないノイズのような音を当て字の通り「鯨の声」と表現し直すというところから始まっています。

しかし、そのような「鯨の声」はただのノイズに留まるものではなく、歌詞の世界の主人公は「鯨の声=ノイズ」の中に何かしらの言葉や意味を見出すことができます。いや、ノイズそれ自体が意味を持つというよりも、聞こえるノイズの発信源に思いを馳せ、見えない世界を夢想するというその行為に意味が付与される、とでも言えば良いでしょうか。そして、そのような「向う」から聞こえてくる音の意味を考えるのと同時に、主人公は「僕らの唄はどこに届いているんだろう」と虚しい気持ちにかられます。

「鯨」という神秘的な生物、そして「工場」という至極現実的な存在。それらが相まって不可思議な感触が産み落とされます。そこに、「鯨波」という語句が「持ち主不明の声」のメタファーとして用いられています。

まぁ、楽曲の世界観としてはそんなところですかね。

余談ですが、「体だけ無い鳥」という言葉や「首だけの鳥」という言葉が出てきます。Maison book girlには「レインコートと首のない鳥」という楽曲があり、これも世界観が私の大好きな5拍子(10拍子?)の楽曲ですが、音楽から受ける印象は「鯨工場」とは真逆という感じです。

 

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これはこれでレビューしたい楽曲であります。

「鯨工場」はどこか軽やかで、MVの通り、透き通った無垢さを感じる空気感です。上述の通り、主人公は遠くから聞こえる音を夢想しています。

対して、「レインコートと首のない鳥」は重く、湿り気があり、陰鬱な夢幻の世界を思わせます。

すべて私の個人的な解釈ではありますが、「鯨工場」の世界線と「レインコートと首のない鳥」の世界線は、パラレルで存在しており、まるで鏡の外と中の世界を表しているように思います。特殊な「鳥」はそのパラレルな世界に跨って存在でき、「首」は「鯨工場」の世界に。「体」は「レインコートと首のない鳥」の世界に。そんな楽曲同士の世界観の相関性について思いを馳せるのも1つの楽曲の楽しみ方であるように思います。

 

2.長い夜が明けて

まずは再度リンクをば。

 

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この楽曲は上述の「レインコートと首のない鳥」以降では、最も好きになった楽曲ですね。というか、サクライケンタの作った楽曲の中でも1,2を争うくらい好きです。

私が素直に「1番好きだ!」と言えないのは、サクライケンタさんにしては珍しく、リズムや曲構成で特殊性をアピールするタイプの楽曲ではないからです。シャッフルビート(詳しくは、次の2つの記事を参考にしてください)を用いているだけで、それ以外は特にリズム的な特徴はなく、4拍子のノリやすい楽曲です。

 

eishiminato.hatenablog.com

eishiminato.hatenablog.com

 

この曲の好きなところは、アコーディオンの切ない音色と、エモい歌声(私は「エモい」という言葉を音楽的に昔から使われている「emotional=感情的」という意味で使います)。そして、「トン、カン」「ピン、ポン、パン」というような音、終盤の嵐のようなノイズが、どうしてか工場感を演出しているところです。

工場感つながりで、私の好きな楽曲のリンクを貼らせていただきます。

 

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星のカービィ64」。小さい頃、ずっとやっていましたね。トラウマBGMとして有名らしいですが、私は幼心にこの曲と、ブルブルスターのダンジョンの雰囲気が大好きでした。

 

つめたい雪とふわふわな雲でいっぱいのまっ白な星。
あんまり寒くて、住んでいた人はみんな引っ越しちゃったんだって。

 

ニコニコ大百科から引用した、ブルブルスターの説明。確かに、「つめたい雪」と「ふわふわな雲」というステージもありましたが、何と言っても「住んでいた人はみんな引っ越しちゃった」というディストピアな感じにとても惹かれました。置いてけぼりにされたテクノロジー。機械たちだけが孤独な星で暮らし続ける。ジブリの「ラピュタ」とは温度感が違いますが、そんな寂しさ。もの悲しさ。

YouTubeにアップロードされているのは、上記の通り、ライブ音源です。メンバーのエモいパフォーマンスが堪能できますが、正直歌唱はまだ安定しません。とは言え、声の出し方は初期に比べればかなり上達して、踊りながらのパフォーマンスだとピッチやリズム、発生がぶれる瞬間が散見されるだけで、表現力はかなり高いです。CD音源だと、もはや「これがあのブクガ!?」というくらい圧巻の歌声です。「空の~~♪」とか「古く~~♪」とか、メロディも長く伸びているのですが、太い声で感情が揺さぶられます。中でも間奏明けの矢川葵ちゃんの「そして~~♪」はめちゃくちゃエモくてカッコのよろしい!

またこのロングトーンに関して言えば、後半の狂気的なノイズに見るように、何らかの「バグ」を感じさせます。ゲームボーイ世代の私からすると、あのバグった時の「プー」という連続音は恐怖でしかないわけですが、このあからさまなロングトーンにはそういった趣を感じませんか?

そして、1番や2番ではこのロングトーンは合唱で、ラストではソロパートになっているのも非常に興味深いところです。普通のアイドル楽曲では、逆に1番や2番をソロパートで回し、最後は盛り上げるために合唱というのがスタンダードです。が、孤独な叫びが似合うブクガでは、そんなスタンダードとは逆を行く方が「らしい」ですよね。流れ作業でなく、細部に至るまできちんとブランディングと、楽曲の在り方を模索する周到さこそ、私がブクガを愛する理由でもあります。

 

歌詞の世界観については、あまり書きたくありませんね。私の中でまとまり切っていないというのもありますが、「まとめたくない!」というのがまだあります。この楽曲が好きだからこそ、まだ自分の中で固定的な見方をしたくない。だからこそ、歌詞のレビューはまだしないでおきます。

強いて言うなら、「鯨波の街」という歌詞が再度登場しており、「鯨工場」の世界とのリンクを感じさせるということでしょうか。

空の鯨から闇を造る合図の唄 

 という歌詞が、この楽曲の世界観を端的に表していると思いますので、皆さんこの一節と音楽を聴き比べながら、ぜひ素晴らしい「長い夜が明けて」を堪能してください。

 

最後に。「トト」とはなんでしょうか…? 私にもわかりません。

個人的にですが、ブクガの「レインコートと首のない鳥」の世界観はトルーマン・カポーティの「無頭の鷹」という短編小説を彷彿とさせます。「無頭の鷹」の中には「デストロネッリ」という人物が登場します。この人物は、主人公のヴィンセントを魅了する不気味な少女が口にする人物のことで、その正体は最後まで明かされませんが、少女はずっとその人物を恐れ、次第にヴィンセントもその少女の口にする「デストロネッリ」という人物に得体の知れない恐怖心を抱くようになります。また、「無頭の鷹」は「夜の樹」という短編集に収録された作品ですが、同じく「夜の樹」の中には「夢を売る女」という短編も収録されています。この「夢を売る女」には「マスター・ミザリー」という夢を金で買う人物が登場します。トルーマン・カポーティの小説には、ときどきそういった不可思議で象徴的な人物が登場し、おおよそその人物が象徴するのは人間の「恐れ」という感情です。ただ、その「恐れ」は排除の対象ではなく、どうしてかいずれの場合も「好奇心」の対象となり、登場人物を魅惑し、心に巣食うのです。

私が「長い夜が明けて」の歌詞をざっと読んで、音楽を聴いたときに感じた「トト」という存在の印象は、そんなトルーマン・カポーティの世界に現れる象徴的な人物に抱くものと近いものがありました。

 

3.まんげつのよるに

例によって、コショージメグミさんが書いたポエトリーリーディングの楽曲です。ゆえに歌詞を引用してしまっては、この楽曲の価値を無断かつ無償で提供してしまうことになるので、詳しくは話せません。

それにそもそも歌詞カードにも「ぼうぼうぼう ひゅーひゅるる」としか書かれていないので、すべて聞き取って、書き写すしかありません。それはさすがに面倒です。

ある程度、興味を煽る程度にすると、

 

くらげのマッシュは満月を見上げながら考え事をしています。

そこに細長い身体のへんてこな魚?が声をかけてきました。

風が吹き荒れる夜の海。

孤独なマッシュと、そこに付き纏うへんてこな魚の話。

 

そんな感じです。

鯨波の声」の中には、きっとそんな2人の話し声も含まれていたんでしょう。

私はブクガのポエトリーリーディングがかなり好きです。中でもシングル<river>に収録されている「14days」は秀逸で何度も聴きました。それを完全に真似て自分でも話を作ってみたくらいです。

 

eishiminato.hatenablog.com

 

まぁ、はっきり言って丸パクリの駄作ではありますが、せっかく書いたのでブログにて紹介させていただきます。アイディアはもろ「14days」からのパクリで、タイトルは凛として時雨の「a 7days wonder」から借用しました。14日分の話が書けなかったので、7日で挫折した結果です。

そんな「14days」に匹敵するくらい、この「まんげつのよるに」も好きですね。ただし、それはこの<SOUP>というシングルを構成する「鯨工場」と「長い夜が明けて」の2曲が作り出す世界観があるからこそ。

 

◇SOUPの味わい

昨今はエンターテインメントがどんどん時間的に短縮されてきています。YouTuberの投稿動画や、TikTokなんてまさにそれの極みだと思うわけですが、たまにはちょっと時間を取ってゆっくりと濃密な世界に浸るのもいいんじゃないでしょうか。この<SOUP>はたった16分ほどで上質な世界観を堪能できる素晴らしいシングルです。そのおともにこのブログも読んでくださったら幸いです。

 

最後に…

今回は割と短くまとめられたんじゃないでしょうか。

仕事が忙しくなってきたのと、書きたいレビューが増えてきたのが功を奏して、効率が上がってきたからだと思われます。良いことだとは思いますが、その反面、浅くなってしまっているような気もするので、そのバランスが難しいところです。

レビューを書いてみての感想ですが、2曲目の「長い夜が明けて」が好きすぎて、自分のしがない創作活動に活かしたいという思いから、深い考察ができなかったのが残念ではあります。が、まぁ、それはそれで良いのかもしれません。

そう言えば、話は変わりますが、この間ちょっと良いこと?スッキリしたことがありました。5~6年の間、何度も書き直しては、あげくボツにして、また設定や人物を総とっかえして頭から書き直して、というのを繰り返していた私小説がようやく半分完成したのです。「半分」というか、このままだとまたその私小説は自重でぽしゃりそうだったので、無理やり話を展開させて完結させたわけです。おかげで展開的には酷い代物になりましたが、我ながら表現したいものはかなり表現できたように思います。

もう「半分」については、また別の登場人物を一人称に据えて、後日談を書き足すことで完成させようと考えています。そっちは上手く完成させられるかわかりませんが、この<SOUP>のような美しい世界観を彷彿させるような場面も描ければいいなぁ、と漠然と考えています。

さて、今日はこれくらいにしておきましょう。

もうすぐ、GWですね。