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音楽や小説など

Juice=Juice グループの歴史 ~パロプロエリート集団の挑戦と苦悩~

Juice=Juiceの楽曲レビューをする前に、ちょっとグループ自体のレビューをしておこうと思いまして、この記事をまとめています。ハロプロで1番推してるグループですが、何と楽曲レビューはまだ1つもできていないという…とは言え、やなみんの卒業発表やゆかにゃの卒業発表についてはブログを書いているので、よろしければ読んでいただければと思います。

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さて、グループレビューをするにあたって、学生時代の苦手科目が歴史であった私にとって、「◇年:〇〇が起こる」みたいな年表的なお話はあまり得意ではありません。ですから、とてもざっくりとデビューからこれまでのJ=Jの音楽スタイルについて振り返りたいと思います。

 

【初期(結成から成長)】 ~J=J結成におけるコンセプト~

⇒「私が言う前に抱き締めなきゃね」~「Wonderful World / Ça va ? Ça va ?」

 

J=Jはもともとこれまでのハロプロに無い、お洒落路線のグループとして結成されたと私は思っています。モー娘。がEDM路線に乗って、楽曲ともに現代的なクールさを獲得していくのとほぼ平行に、J=Jが目指したものは言うなれば「教養のある音楽」です。

インディーズ時代の1stシングル「私が言う前に抱き締めなきゃね」。この楽曲は、ノリが良く、それでいて遊び一切なしでクールに仕上げられています。良い意味で可愛げのない感じです。衣装も私服チックなものになっており、「同世代の女の子ファッションアイコン(モデルではなく、より身近なアイドルとしての)」を目指していたものと思われます。メンバーのインタビューでも何度か「最初の頃は私服も大人っぽいお洒落なものを」と言われていたことが明かされています(が、衣装に関してはまた後程まとめたいと思います)。

「五月雨~」や「天まで~」はどちらかと言うとハロプロ研修生的はっちゃけ感やピュアな清涼感に比重を置いた楽曲になっていますね。こちらはどちらかと言えば、メンバーの等身大な感じが現れていますが、グループコンセプトを打ち出すものというよりは、「いま伝えられるものを」という意図で組み込まれた楽曲だったという風に個人的には捉えております。

メジャーデビューシングル「ロマンスの途中」とメジャー2nd「イジワルしないで 抱きしめてよ」は言わずもがな、ハロプロ楽曲大賞を取った名曲です。「ロマンス~」はファンクテイスト、「イジ抱き」はジャズファンクテイストを取り入れており、きちんとそのジャンル・スタイルを踏襲しながらかなり完成度高く作り込まれています。この2曲を聴いただけでも、初期のJ=Jが「既存の完成された音楽スタイルをさらっとこなしていく」というスタンスを目指していたことがわかると思います。

3rdの「裸の~」はフラメンコ、4thの「ブラバタ」はタンゴで、「風~」はケルト。5thの「背伸び」はムード歌謡とディスコサウンドの融合ですし、「伊達~」はフュージョンでありながらどこかアニソンっぽい取っつきさすさがあります。6thの「W=W」はテーマパーク感、「サバサバ」は一昔前のフレンチポップを題材に実質的には歌謡曲をテクノでアレンジした感じです。次第に複雑さが増していきますが、この辺りまでは明確に楽曲のコンセプトが見て取れました。

よって、この6thシングルまでを「初期(結成から成長)」とします。

この初期の間、ファンの方の中には、「また変なことやって」と言う人も多かったように思いますが、私は様々なジャンルの音楽を聴くことができて非常に勉強になりましたし、それに何と言っても、毎回タイプの違う楽曲に戸惑いながらもベストを尽くそうと努力するJ=Jメンバーの姿勢に心を打たれていました。いまハロプロの中でも断トツの表現力の幅を持つJ=Jが形成された土壌が、この結成から6thシングルまでの時期にあると私は思っています。

ここまでをまとめると、やはり「多種多様なジャンルの音楽をこなす」というグループコンセプトが目立ち、それはすなわち「教養のある音楽」を目指していたと言えるでしょう。

2ndの「初めて~」と3rdの「アレコレ~」は、アイドルアイドルした楽曲になっており、J=Jが「アイドルらしさ」にも挑戦した楽曲にはなっていますが、個人的にはあまりパッとしなかった印象があります。もちろん、どちらも良い曲ですし、ファンにとっては魅力十分なんですが、当時の彼女たちがフラメンコやタンゴの空気感を追求するのと同じようなやり方でしか「アイドルらしさ」を追求できなかったのが、パッとしなかった理由だと思うんです。「アイドルらしさ」って肩の力を抜くことが重要だと思うんですが、真面目な彼女たちにはイマイチ肩の力の抜き方がわからなかったんじゃないかなぁ…アイドルセンスがあると言われている佳林ちゃんも実はぶりっ子が下手で、彼女のアイドルセンスは「儚さ」や「青春感」という方向性なんですよね。思いっきり力んだ結果滲み出る切ない感じが佳林ちゃんさんのアイドルセンスだと思っているので。

ちなみに、「初めて~」と「アレコレ~」のような純アイドル路線の楽曲はそれからしばらく出てきません。あまり向いてない、ということを事務所側も悟ったんですかね。

インディーズ時代に掲げたコンセプトの一つである「同世代のファッションアイコン」という部分に関しては、もう2ndの「イジ抱き」で半分捨て去られてしまいましたが、2ndでは「初めて~」が、3rdでは「アレコレ~」が私服チックな衣装を使った楽曲になっています。4thからは純アイドル路線を諦め、私服要素は「風~」に微妙に引き継がれました。5thでは「伊達~」、6thでは「サバサバ」が微妙に私服っぽいです。それ以降も少しずつ薄まりながらも、ずうっと私服的衣装の楽曲が各シングルで登場しています(NEXT YOUは除く)。現時点('19年1月26日)では11thシングルの「微炭酸」と「ポツリと」ががっつり衣装なので(「微炭酸」の挿入ドラマでは私服映像もありますが)、「Good bye & Good luck!」ががっつり衣装だったら初めて私服衣装から離れることになる感じです。

 

【中期(熟成と到達)】 ~辿り着いたJ=Jのアイデンティティ

⇒「First Squeeze!」~「地団駄ダンス / Feel!感じるよ」

 

初期までで様々な種類の楽曲に取り組んできたおかげで、柔軟な表現力がついたメンバー。しかし、それはどちらかと言うと、場当たり的な思考錯誤によって成長してきただけであって、体系的な学習とは言えません。そろそろ限界が近づいてきます。毎回新しいジャンルの楽曲に挑戦しているものの、どこか抜けきらないような雰囲気が漂ってきます。

そして、それを打開したのが言わずもがな、ボイストレーナー菅井さんの登場ですね。何でも佳林ちゃんさんが直訴して、ボイストレーナーとして菅井さんを選んだらしいですが、しっかりと歌唱指導をしてもらうことで、J=Jの表現力は土台から一層深みのあるものへとなっていきます。たしか、5th~6thまでが半年くらい空いていて、その時期くらいから菅井先生の歌唱指導が始まったのではなかったのかなと記憶しています。6thの「W=W」が出る頃には、J=Jの歌唱力はハロプロの中でもかなり注目されており、力強い「W=W」の歌唱に「さすがJ=Jだ!」という賞賛が飛び交っていたように思います。

本格的に歌唱力・表現力がついて来たところで、満を持しての1stアルバム。ここからをJ=Jの中期の始まりとします。

この1stアルバムがなかなか面白いものになっていて、新規収録曲はそれまでのJ=Jを否定するような楽曲が多くなっています。一番わかりやすいのは色味です。「イジ抱き」や「裸の~」だったら赤黒、「背伸び」の青、「風~」の白、などはわかりやすいイメージカラーリングがあります。もちろんMVがそういうイメージを作っているだけという部分もあるでしょうが、先にも述べた通り、6thまでは明確な音楽ジャンル的コンセプトがありました。そして、悪く言えばそれに振り回されている嫌いもありました。

ですが、アルバムはどことなく普遍的な雰囲気があり、というのも「チョイチャン」のギターロックや「愛のダイビング」の決めを多用するオルタナティブロックテイストは、フラメンコやタンゴよりもずっと取っつきやすい音楽ジャンルだからでしょう。「未来へ~」はJ-POP的で「続いていく~」は合唱曲的ということで、それまでの奇抜なジャンル選定からは少し肩の力抜けた楽曲選定になっています。

そして、それに伴い、メンバーたちの肩からも力が抜けたんでしょうか。それまで苦手としてきたアイドルらしい楽曲「愛愛傘」や「チクタク~」もすんなり歌いこなせています。それとも、「W=W」のようにしっかりと世界観を作り込めばアイドルらしい世界も表現可能ということに気付いたんですかね。「初めて~」や「アレコレ~」はあまりにも放任主義的で、自由度が高すぎました。まぁ、いずれにせよ、それまで上手く表現できなかったアイドルらしさというものも伝えられるようになり、明らかにJ=Jが1ランクアップしたアルバムとなりました。「ガルビー」のようなキラーコンテンツもできて、それまである意味、楽曲コンセプトに全て操られていた人形的なJ=Jが人間味を取り戻したのが、当アルバムなわけです。

普通のアイドルだったら逆なような気もするんですよね。「技術がないから、人間味だけで勝負する。そして、技術がついてきて、高度かつ多種多様な楽曲にも挑戦できるようになっていく」。それが一般的なプロセスだと思うのですが、J=Jは先に背伸びした難易度の高い楽曲にチャレンジしていき、そこでかなり高水準な完成度を見せる。しかし、それ故に彼女たちの人間的な魅力が抑え込まれてしまう。徐々にそれまでのやり方に限界を感じるようになってきたところで、ようやく自分たちの人間性で勝負をするようになったわけです。「生え抜きのアイドルエリートが、アイドルエリートであることを求められた」というのがJ=Jの初期の物語で、その物語の続きは当然、「エリートがただのエリートから脱却する」というものであるべきです。J=Jの中期はまさにその「ただのエリートからの脱却劇」になっています。とは言え、その「脱却エピソード」も踏まえて、彼女たちがアイドルのエリートであることに変わりはないのですが…(笑)

しかしながら、そんなエリート脱却の契機となる1stアルバム発表後の彼女たちは、確かな実力を持ちながらも、まだ自分たちのアイデンティティが何になるのか、ということを見いだせずにいたように思います。

そして、ほとんど修行(というか苦行)に近い、「LIVE MISSION 220」が始まります(時系列的には、「6thシングル」→「L. M. 220開始」→「1stアルバム発売」が正しいですが、実質的には「1stアルバム発売」→「L. M. 220」と考えて差し支えないと思います)。このライブツアーは全国各地で220公演のライブを行うという武者修行だったわけですが、ある意味この時期がJ=Jが最も面白かった時期と言ってもいいかもしれません。途中テレビドラマ「武道館」を挟みながらも、ライブごとに成長していく彼女たちの様子がハロステなどでも紹介され、「J=Jの歌唱力・表現力の成長が止まらない!」という印象がハロヲタの間で生まれ始めます。

この辺りについては、きっと現場に参加されていた方々の方が詳しいですし、思い入れも強いと思うので、在宅の私には多くを語ることができません。「大変そうだなぁ」と思いながらもその大変さは実感できず、ただただ「どんどん成長急いていくなぁ」と感心して、これからのJ=Jにワクワクしていただけだったことをこをここに白状します。

さて、そんなこんなで「L. M. 220」のライブツアーが終わり、その集大成としてのJ=Jとして初の武道館公演が開催されます。この武道館公演、ラストの「W=Wの合唱が鳴り止まないというハプニング」も含めて、いかにこのツアーが長く苦しいものであり、またJ=Jというグループが大きな事をやり遂げたのか、ということを証明するためのステージでした。

もし、この瞬間、J=Jが解散していたら彼女たちは伝説になったでしょう。道重さゆみさんの卒業コンサートほど多くの人に知られることはなかったかもしれませんが、きっとアイドル通の人は「あのときのJ=Jは本当に凄かった。もし、まだ解散せずに続けていたらどうなっていたんだろう」と口を揃えて言うこと間違いなしです。

ですが、彼女たちはアイドルを続けます。220公演をやり切る中で、歌唱力・表現力が非常に高いレベルまで磨かれるだけでなく、グループとしての結束力も高まりました。この武道館公演はそれまでのJ=Jとしてのピークであり、実直な彼女たちの実直さが実った瞬間です。220公演+武道館公演を通して、彼女たちは自分たちの「パフォーマンス」というところに自信を持ち、J=Jを改めて「高水準なパフォーマンス集団」としてファンに知らしめることに成功しました。「実直にパフォーマンス向上と向き合って、一歩々々進んで行く」というその姿勢こそがJ=Jの手に入れたアイデンティティでした。

さて、こうしてJ=Jは1つの節目を迎えるわけですが、それでもまだ、どうしてか「売れる!」というところまではいかないんですよね。というか、最近のハロプロ全体がそうなのかもしれませんが、例えば、女優の松岡茉優さんがモー娘。好きを公言したり、これまた女優の蒼井優さんがアンジュルム好きを公言したり、そういう世間へ発信される機会は増えてきたは増えてきたと思っています。しかしながら、なぜかJ=Jはどこか日の目を見ないところがあると思うのです。

簡単に言ってしまえば、キャラが弱いんでしょうね。メンバーみんな「クソ」がつくほど真面目で、本当に良い子ばっかりなんです。「個性がない」って言っているわけじゃないんですよ。皆それぞれ良いところがあって、皆それぞれ愛しいですし、ちゃんとそれなりの年季が入ったハロヲタにはそういうところも伝わっているはずです。が、J=Jにまーちゃんやももちはいないですし、アンジュルムのような爆発力もないんです。

武道館公演ちょい前に発売された8thシングルは3曲とも良曲かつ、まろ作詞だったり、ヒャダインさん作曲かつダンス☆マンさん編曲だったり、MVでの逆再生使用だったり、と話題ある内容だったのにも関わらず、広く関心を集めることはありませんでした。9thでは「地団太~」がめちゃくちゃ振り切った楽曲で、対する「Feel」はスーパーナチュラルというシングル構成でしたが、「地団太~」がファンの間でちょっとウケたくらいでこれも結果的にはあまりパッとしたものが残せませんでした。

気がつけば、初武道館の熱も冷めつつあり、J=Jは高水準な実力を持ったグループという位置で落ち着いてしまいました。先輩の℃-uteに近づいているという言い方をすれば良く聞こえもしますが、果たしてそれだけで良いのか。「パフォーマンスを通じて信頼関係を築きたい」という佳林ちゃんさんの言葉通り、ハロヲタからは「J=Jのパフォーマンスは間違いない」という評価を得られましたが、果たしてそれだけで良いのか。私はそれだけで良いと思っていますが、やはりアイドルやアーティストとして活動していくうえで、何らかの波というのは必要だという考えもあります。

さて、ともすれば否定的に聞こえるようなことをダラダラと書いてしまいましたね。でも、決してJ=Jを否定したいわけじゃないんです。彼女たちの素晴らしさを私はよく理解していますし、彼女たちのお互いに良さを磨き合いながら実直にパフォーマンスと向き合う姿は、本当に素敵です。もし世界の人たちがもう少し足を長く止められる忍耐力を持っていれば、確実にJ=Jを好きになってもらえると私は思っています。だからこそ納得がいかないところがあり、同時に、好きだからこそ周りと比較して確かにまだ「惹き」が弱い部分があるなぁと思ってしまうわけです。世間の人に足を止めてもらうための「惹き」…1番難しい問題ですね…

と、そんなこんなで「ただのアイドルエリートからの脱却」、そして220公演を通じて「パフォーマンスを武器に」という方向性(=アイデンティティ)を得たJ=Jの中期でした。彼女たちは持ち前の真面目さでもって、パフォーマンスを磨き続けることで自らの「さすがJ=J。どんどん上手くなっていくな」という評価を得ることができ、また一層魅力的なグループへと生まれ変わりました。

 

【現在(変革、そして…)】 ~文字通り「生まれ変わる」ということ~

⇒「Fiesta! Fiesta!」~現在

 

中期では、ある意味、J=Jは一つの到達点に達しました。確かな歌唱力・表現力を軸に、パフォーマンスを磨いていくことでファンと共存していくというのが、J=Jのアイデンティティとなったように思います。方向性に実力が伴い、このままJ=Jを応援し続けていれば、「もう少し売れてくれたらなぁ」というもどかしさこそあれ、決して失望させられることはないでしょうし、グループの活動休止か解散までしっかりついて行こう!と思わせてくれるグループにまでなりました。

ある意味、私はJ=Jというグループに「安心感」さえ感じていました。安定して自己ベストを更新し続けてくれる彼女たちは、いつでも戻って来られる温かい場所です。卒業・加入で揺さぶられることもなく、またグループの維持がままならず、不安定な低空飛行を強いられることもない。確かに「惹き」は少ないかもしれませんが、「惹き」だけに気を取られている現代の有象無象のようなアイドルよりはよっぽどマシですし、むしろその「惹き」を度外視した実力主義にこそプライドがあって良いではないか、と思ってすらいました。

しかしながら、そんな淡い夢はあっという間に消え去ってしまいます。

そうです。新メンバー加入です。

先に予告動画で3人の新人加入とカントリー3人の兼任加入があることが知らされていましたが、勝手にJ=Jはないだろうなぁ、と思っていました。というか、そう思っていた人がほとんどだったんじゃないでしょうか。それくらいJ=Jは5人で完成されていたグループだったのです。

そこにやなみんとるーちゃんが加入して来て、J=Jの完璧なバランスは崩れることになるのですが、「破壊と創造」という言葉があるように、J=Jはこの新人加入をきっかけに新しいグループへと生まれ変わります。

まずは配信楽曲の「Fiesta! Fiesta!」。不安視されていた新人加入がこの楽曲で逆転され、一気に2人を歓迎するモードに。特にるーちゃん歓迎のムードが高まります。対して、やなみんは次の10thシングル「SEXY SEXY」で魅せます。このことについては、やなみん卒業発表に関する私のブログで詳しく書いています。「Juice=Juice」に加入した2人の新人が「Fiesta! Fiesta!」と「SEXY SEXY」という楽曲で輝く…何というか素敵な感じがしますよね。しかも、るーちゃんが「Fiesta=祝祭、パーティ」で、やなみんが「Sexy=色気」なわけですよね。なんともピッタリだと思うのです。

そして、まなかんの加入と同時に発表された2ndアルバム「ウナマス」。5人時代の未音源化曲も含めながらも、新しい武器を手に入れたJ=Jとしての新境地を切り開くアルバム。不思議なのは、新人が加入したにも関わらず、良い意味で大きな変化がないということです。もちろん、楽曲の幅は1stアルバムのときよりも格段に広がり、かつ味わい深さも増しています。しかしながら、1stアルバムがそれまでのJ=Jの否定という要素を少なからず含んでいたのに対して、2ndアルバムはそれまでのJ=Jを確実に引き継いだ雰囲気を持っています。これは、J=Jのグループとしての哲学が固まり、それが新人加入なんかでは崩れなかったことを意味しています。

グループ哲学を保持しながらも、新人加入によって良い意味でそれまでのバランスが崩れたJ=Jは、新たな完成形を目指して新たな挑戦を始めます。

しかし、いま近い将来に見えているのは、やなみんとゆかにゃの卒業です。これからグループはどんどんと変わっていくでしょう。メンバー加入を成功させたJ=Jですが、卒業の後も挫けることなく、グループを成長させ続けることができるでしょうか。

 

【まとめ】

初期:多種多様なジャンル音楽=教養ある洒落た音楽

中期:アイデンティティの獲得=パフォーマンス重視のグループとして成熟

現在:加入・卒業によるグループの変革

という感じですね。

J=Jメンバーはみなパフォーマンスに対して真剣に向き合っているので、最初に掲げた「教養のある音楽」というコンセプトは、当時の制作陣側からの一方通行的アプローチから変化し、今ではメンバーに対する制作陣側の信頼も上手く絡み合いながら、現段階でも守られています。新メンバー加入によって大きく変革されたグループではありますが、それでもグループとしての完成度の高さとしてはハロプロ1ではないかと個人的に思っています。ただ、その完成度の高さ故に、何か突き抜けるものがないという感触も否めないというところが、J=Jが生粋のエリート集団だというところ。初期から中期にかけて、最早J=Jの完成度はかなりのところまで高まりました。そして現在、加入と卒業によってグループはかなり掻き乱されるでしょう。しかし、それをチャンスに変えて、これまでのJ=Jのエリート集団というイメージを再び払拭し、真のアーティストアイドルとしての道を究めていってもらいたいと思います。

本当に応援してます! 正直、誰も卒業なんてしてほしくないし、一生このままで良いと思っているんです! 寂しさから抜け出すために、あえて挑戦的なことを書いているのだと思っていただけたら幸いです。

 

ゆかにゃ、やなみん、いつでも卒業撤回していいからね!

 

以上、突発的に生じてしまったJuice=Juiceのグループレビューでした。