茫洋
茫洋 裕也は黒いキャリーバッグを引きずりながら駅を出ると、まずはゆっくりと息を吸い込んだ。まだ夏の香りが残っているものの、温度それ自体は少し冷ややかだ。それから湿度が違う。東京の乾いた空気に慣れてしまうと、こっちの空気が持っているじめじめと…
帰り道。歩いているときに、裕也は中学の同級生に会った。最初は遠くて誰かよくわからなかったが、近づくにつれてその二人連れが日高浩輔と、笹山なんとかという女であったことを思い出す。イヤホンを外して、裕也も手を挙げて挨拶をする。 「おぉ、ユーヤじ…
家に戻ると、とりあえずシャワーを浴びた。数時間前にも浴びたばかりだけれど、とも思ったがとにかく汗が気持ち悪かった。何となく、あの成人式の日の最後の雨を思い出しながら、髪の毛に水を含ませていく。頭皮に打ち付ける水の粒。滝業でも行こうか。そん…