霏々

音楽や小説など

2018-11-04から1日間の記事一覧

ライ麦畑の風 vol. 1

ライ麦畑の風 ライ麦畑の色をした秋の風が私たちの隙間を通り過ぎて行く。私たちはみな紺色の制服を着て、奈良公園にまだら模様を描いていた。遠目から俯瞰して見ると、雨の日の車の窓ガラスに張りつく大小の水滴のようにも見える。 私を含めた多くの同級生…

ライ麦畑の風 vol. 2

トイレから出るともう絵具の匂いはなくなっていた。今ではそれが本当にこの世界に存在していた匂いなのかわからない。どこからどこまでが本当に存在しているもので、どこからどこまでが、ただ私が感じているように錯覚しているものなのだろう。デカルトなら…

ライ麦畑の風 vol. 3

「ありがとう」進藤さんはまず私にそう言った。「ううん」とだけ私は答える。 上原先生は言葉を失っていた。彼はもはや先生という役割を抜け出したところにいるみたいだった。ひどく怯えた一人の青年のように見えた。 私は静かにその場を後にして、もと来た…

ライ麦畑の風 vol. 4

水奈が手を振り去っていく。彼女が道の角を曲がって姿が見えなくなったとき、私の後ろにはそっと上原先生が立っていた。 「ありがとう。ここまで連れて来てくれて助かりました」上原先生は赤くなった目をいつものように細めて言った。私は「いえ」とだけ答え…